第147話 令和元年9月30日(月)「新しい友だち」原田朱雀

 ゴチャゴチャと小物が所狭しと並ぶあたしの部屋に、ちーちゃんと山口さんを案内する。

 何度も来たことのあるちーちゃんは「ここは混沌の世界」なんて言いながらさっさと床に座るが、初めて訪れた山口さんは机や棚はおろか床にまで散乱するあたしの手作りグッズに感嘆の声を上げた。


「ごめんね、散らかしていて。適当に座って」とあたしが言うと、「すごいです」と山口さんは興味深そうに部屋の中を見回していた。


「たいしたものじゃないよ。作りかけで放置してあるものも多いし。自由に見てくれていいけど、タメなんだから敬語は禁止で」


「ご、ごめんなさい」


 謝ってもらおうと思って言った訳じゃないので、あたしはボリボリと頭をかいてしまう。

 ここで謝らなくていいよと言い出すとまた謝られそうなので、さらっと流すことにする。


 テスト前なので部活が休みとなり、あたしはちーちゃんを勉強会と称してうちに呼んだ。

 ちーちゃんが「新生の集いならば、新生の友を呼ぶべし」と言ったので、友だちになったばかりの山口さんにも声を掛けた。

 彼女は「そんな、あたしなんか」と恐縮していたが、嫌がっているようには見えなかったので、強引に誘い来てもらった。


 編みぐるみだったり、フェルトを使った飾りだったりは一応完成品だけど、刺繍や編み物などは未完成品が多い。

 時間が掛かると途中で飽きちゃうんだよね。

 他にも、なんだか分からないものがごまんと飾ってある。

 正確に言うと、片付けるのが面倒なのでそこらに置いたままなのだが。


「これは何ですか?」


 棚の目立つところに置かれた不可思議なものに山口さんが興味を持った。


「それは、ちーちゃんが作ったものだから、あたしに聞かれても困る」とあたしは苦笑する。


 ここにある奴の三分の一くらいはちーちゃんが作ったものだ。

 彼女はあたしよりもちゃんと完成させているものが多い。

 ただ独特のセンスを発揮しているので、完成してもこれは何? と聞いてしまうものばかりだ。


「それは世界平和を祈念したもの」とちーちゃんが答える。


「え? 前は、闇の勢力がどうとか言ってなかった?」


「そう。闇の勢力を倒し、世界を平和に導くためには、より強大な闇の力が必要。それを召喚するために作ったの」


 ちーちゃんの相変わらずの厨二っぷりにあたしは頭を抱えるが、山口さんは楽しそうに聞いてくれている。


「無理してちーちゃんの言うことに付き合わなくていいからね」とあたしが忠告すると、「いえ、楽しいです」と山口さんははにかんだ。


 山口さんにも座ってもらい、小さなテーブルに帰りにコンビニで買ったお菓子を広げる。


「さあ、食べよう」と言って、あたしは同じくコンビニで買ったタピオカミルクティーにストローを挿す。


 ちーちゃんが「血となり、肉となり、肉となり、肉となり……する大地の恵みね」とあたしを見て言うので、「うるさい」と一言返しておく。

 山口さんは普通のミルクティーで、ちーちゃんはほうじ茶ラテ。

 いつも何かしら変わったものを手に取る子だ。


「いいのよ。勉強で頭を使うんだから、カロリー取らなきゃ」と言い訳するが、「エア勉強」とちーちゃんがぼそりと呟き、山口さんが吹き出してしまった。


「山口さんはマンガとか読むの?」と尋ねる。


 美術部はオタクの集まりだと聞いている。

 オタク=マンガとは発想が貧困だけど、詳しくないので仕方がない。

 山口さんは警戒したように口籠もった。


「あー、あたしはちーちゃんにマンガ借りて読むくらいだけど、ちーちゃんはネットで小説とか読んだりしてるみたいよ」


 あたしには勉強以外で活字を読もうという人の気が知れないけど、たまにちーちゃんから「この作品素敵だった」とスマホ画面を見せられる。

 おそらくあたしにも読めということなんだろう。

 手芸も中学生で語り合う仲間がそうそう見つかる趣味じゃないが、小説を読んだりする人もそんなにいないんじゃないかと思っていた。

 でも、美術部ならいっぱいいるのかな?


「わたしはマンガやアニメを見るくらいで、ネット小説は読んだことがないです。美術部でもマンガ、アニメ、ゲームくらいですね、話題になるのは」


「そうなんだ。ちーちゃんと語り合えそうな人は美術部にもいないのかぁ」とあたしが残念がると、意を決したように山口さんが「もしお勧めを教えてもらえるのなら読んでみます」とちーちゃんに言った。


 その途端、「なら、なろうのブクマ送るから読んでみて。この作品は……」と堰を切ったようにちーちゃんが話し始めた。

 いつもの厨二病的な話し方ではなく、至って普通に。

 というか、引くくらいに熱心に、だ。

 山口さんは呆気に取られていたが、こうなると断れないよね。


「ほら、山口さんが困ってるからほどほどにしとかないと」とあたしがちーちゃんを注意する。


「山口さんも無理しなくていいからね。テスト勉強もあるし、そのあとは文化祭の準備もあるだろうし」とあたしがフォローすると、彼女は「時間が掛かるかもしれませんが、ちゃんと読みますね」とちーちゃんに気を使っていた。


 それからしばらく山口さんのお勧めのマンガの話を聞いた。

 あたしは手芸オタクだし、ちーちゃんは厨二病なので、彼女もあたしたちを同類だと認めてくれたようだ。

 言葉遣いは敬語のままだけど、だいぶうち解けて話ができるようになった。


 手芸部のメンバー集めではクラスの子だけでなく1年生の女子に片っ端から声を掛けて回った。

 だけど、山口さんは既に美術部だったのでスルーしちゃったんだよね。

 こんな良い子ならもっと早く友だちになればよかったと後悔した。

 結局、勉強はあまりできなかったものの、意味のある一日になったと感じた。


「今度はまつりちゃんも呼んで、やろう。というか、彼女はテスト大丈夫なのかな」


 同じ手芸部の1年生である矢口まつりちゃんもおとなしい子だ。

 彼女もちーちゃんからネット小説を薦められたが、「これって何ですか?」を連発してちーちゃんを諦めさせた。

 国語はもちろん、勉強全般が苦手だと話していた。


「神は言いました。他人の心配をするよりも自分の心配をしろと」


「それ、神様じゃなくてちーちゃんが言ってるだけじゃない!」




††††† 登場人物紹介 †††††


原田朱雀・・・1年3組。手芸部部長。1学期に手芸部を創部した。手芸のためなら行動力を発揮する。


鳥居千種・・・1年3組。手芸部副部長。顔も頭も良いのに残念扱いされることが多い。朱雀の幼なじみ。


山口光月みつき・・・1年3組。美術部。原田さんが積極的に声を掛けてくれて、友だちになった。お昼には憧れの高木先輩が心配して来てくれて、感謝と恐縮で何度も頭を下げた。


矢口まつり・・・1年4組。手芸部。初心者で、朱雀には振り回されているが、頑張れば形として残る手芸に惹かれつつある。

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