第131話 令和元年9月14日(土)「夢の宴」塚本明日香
ドレスコードなんて聞いたことないよ!
日々木さんから土曜日の夕食会はワンピース以上の服装で来るように言われた。
正装っぽい服なんて言われても、何を着ていけばいいのか分からなくてパニックになりかける。
日野さんには内緒にしておいてと頼まれたけど、不安を感じて日野さんに相談した。
日野さんからは日々木さんからアドバイスをしてもらったり、他の子から服を借りたりできるようにするからと言われ、少しだけ安心した。
成長期なので昔のワンピは丈が合わない。
もう少し早く言ってくれれば、夕食会を理由に親におねだりができたかもしれないが、土曜日はあっという間に来てしまう。
手持ちの服を写真に撮り、日々木さんに送って相談したところ、松田さんから借りることに決まった。
今日は急に秋が来たのかと思うくらい涼しい。
朝のうちは肌寒さを感じるほどだ。
日中も曇り空で過ごしやすい。
昼から学校でダンスの練習だが、気持ちは夕食会に傾いていた。
そんな生徒が多かったせいか、準備運動のあと、日野さんが今日の練習の予定を変更した。
「夕食会で正装なんて言い出したせいで、みんな気持ちがそっちに行っちゃったよね。仕方ないよ。でも、集中力を切らせると練習しても身に付かないしケガも怖い。だから、今日は運動場で歌を歌おう」
いったい何を言い出すのかと思った。
全員で歌の練習をしたあと、ひとりずつみんなの前で歌わされることになった。
日野さんが言うには、創作ダンスもみんなの前で踊るのだから、他人の視線になれる必要があるんだって。
「効果あるの?」と日々木さんが口を挟むと「あると思えばあるよ」と日野さんは笑う。
それ以上の反対意見は出ず、ひとりずつ歌を歌った。
上手い人、下手な人、大声で歌う人、小声でしか歌えない人、それぞれだ。
「歌のテストじゃないんだから、自信を持って歌ってくれればいいよ」と日野さんは言ったけど、それができれば苦労しない。
わたしはほとんど自棄のように大声で歌った。
歌が得意でないと自覚があったから、さっさと終わらせようと思った。
意外にも日野さんに褒められた。
開き直れるのは強みなんだって。
よく分からないが、自分の長所だと覚えておいて損はないそうだ。
予定よりも早く練習が終わり、各自いったん家に帰って準備をする。
わたしはシャワーを浴び、用意しておいた鞄の中身を確認して、松田さんの家に向かう。
松田さんに出迎えてもらい、二階に案内される。
広めの部屋に大量の衣装があり、大きな鏡や化粧台などもあった。
日々木さんがニコニコと楽しそうにしていて、わたしが部屋に入ると、じっと見つめられた。
「塚本さんは、これがいいかな」とハンガーに掛けられたドレスを渡される。
深みのある赤のドレスで、とても綺麗だ。
「派手じゃない?」と聞くと、「みんな着るから平気」と日々木さんは笑った。
着替えたあとには、上からポンチョのようなものを着せられ、髪を下ろして整えてくれる。
更に、鏡の前で頬紅をさしてもらい、淡色の口紅を塗られ、別人のようになってしまった。
「本当はマニキュアも塗りたいんだけど、全員にしてあげる時間がないから」と日々木さんが残念そうに言った。
「じゃあ、アタシがやってあげる」とちょうど入って来た笠井さんが楽しそうに言った。
「時間あるかなあ」と心配そうな日々木さんに、「先着順で」と笠井さんはすぐに準備を始める。
泊里が部屋に入って来た。
わたしを見て驚いている。
「感想はないの?」と泊里に聞くと、「別人みたい」とわたしと同じ意見が返ってきた。
日々木さんは泊里の着替えの手伝いをしに行き、わたしは笠井さんにマニキュアを塗ってもらう。
とても手際がいい。
「上手いね」と褒めると、「いつもひかりや綾乃にやってあげてるからね」と笠井さんは微笑み、「時間があればもっとデコれるんだけど」と言った。
乾くのを待っている間に、着替えた泊里が化粧台の前に連れられてきた。
彼女は黒のドレスで、胸元に白い大きな薔薇のブローチが付いている。
普段とはまったく違い、とても大人っぽく見える。
わたしが泊里に「別人じゃん」と笑い掛けると、「ほっとけ」といつもの泊里らしい言葉が返ってきた。
「せっかく大人っぽいんだから、中身も変えないと」とわたしは笑った。
わたしは最後に金のネックレスを付けてもらい完成となった。
ここにいると邪魔なので下の部屋で待つように言われた。
「手伝わなくて大丈夫?」と聞くと、「着替え終わった人はじっとしているのが仕事」と笠井さんに言われる。
階段を下りて、下にいた松田さんに部屋に案内される。
中には、春菜と田辺さんが座っていた。
ふたりともビシッと決まった正装姿だった。
家からこれを着て来たんだと思い、ちょっと笑ってしまう。
「母から借りてきたの」と言う春菜は、ラメ入りの淡い青のドレスだ。
あまりオシャレなイメージのない春菜だけに、見違えた印象となった。
「似合ってるよ」と言うと、珍しく春菜は照れて横を向く。
田辺さんは上が黒のキャミソール状で下は白と青の混じったフワフワとしたボリュームスカートというワンピースを着ている。
子どものバレエ衣装っぽいが、小柄な彼女にはよく似合っている。
「笠井さんがマニキュア塗ってくれるから希望者は上に来てって」とふたりに伝えると、「先に行くね」と田辺さんが言って部屋を出て行った。
「小学校の卒業式で着飾ってる子がいたけど、それに近い感じがするね」とわたしが言うと、「うちは母が袴を用意するって騒いでいたけど、必死になって断ったわ」と春菜が苦笑する。
泊里が降りてきたので、入れ替わりに春菜が上に行った。
「なんだかみんな気合い入ってる感じ」と泊里が戸惑った感じで言った。
「ファッションショーもこんな感じになるんじゃない?」と言うと、「こんなの着て、みんなの前に出るの?」と泊里は言った。
「どうだろ。ファッションショーはデートっぽい衣装って話だから、ドレスはないんじゃない?」
「なんだか肩が凝りそう」と泊里はババ臭いことを口にする。
「地域の合唱じゃ、ドレスみたいなの着ないの?」と聞くと、「発表会だとそうだね」と答えた。
泊里は夏休み中に渡瀬さんたちと地域の合唱サークルの練習に参加していた。
「そっちで発表会に出るなら慣れないと」と言うと、泊里は顔をしかめる。
「応援に行くよ」と追い討ちをかけると、ふくれっ面になった。
しばらくして、田辺さんが須賀さん、高木さんと一緒に戻って来た。
須賀さんはフリルがたくさん付いた女の子らしい爽やかな青のワンピース姿だ。
「去年買ってもらった服だけど、子どもっぽいよね」と恥ずかしそうにしている。
「それで恥ずかしがっていたら、あたしなんて……」と口にする高木さんは、青いエプロンドレスを着ている
「それってもしかしてコスプレ?」とわたしが聞くと、高木さんは頷いて「叔母に無理矢理着ろって言われました」と泣く真似をして見せた。
テレビやネットで見たことのある衣装だ。
「金髪にしろとか、剣を持って行けとか言われましたが、なんとかこれだけで許してもらえました」
「その格好でここまで着たの?」と質問をぶつけると、「いえいえ、それはレイヤーとしてマナー違反ですので」と訳の分からないことを言う。
わたしが首を捻っているのに気付かず、「代わりに良いカメラを借りることができました。記念に撮影しますよ」とカメラを見せてくれる。
高そうなカメラだ。
それから撮影会が始まった。
春菜も戻ってきたので、一緒に撮ってもらう。
渡瀬さんと安藤さんもやって来た。
渡瀬さんはアイドルのような白いドレスで、とてもよく似合っている。
一方の安藤さんは黒いイブニングドレスで、肩をショールで隠し、女性らしく見える。
対称的なふたりだが、堂々としているせいか、場によく溶け込んでいるように感じる。
続いて入って来たのは、森尾さんと伊東さんのふたりだ。
参加できるかどうか分からないと聞いていたが、無事に来れたようだ。
少しふくよかな伊東さんは、かなりゴージャスなドレスで、濃い青に薄い色で花柄も紋様が入っている。
伊東さんは可愛いピンクのドレスで、普段の印象とはまったく異なるものだった。
これまでふたりに話し掛けたことがなかったのに、この場のノリで「似合ってるね」と声を掛けた。
「今日のために買ってもらったの」と小さな声だがはっきりと伊東さんが言った。
嬉しそうだ。
「いいなあ」とわたしは羨ましそうに言った。
もう少し準備をする時間があったらと悔しがっている子もいるし、ファッションショーに向けて新しい服を買いたいと言い出す子もいた。
「姉の昔の服なんだけど、あたしが好きだったのでお母さんが残しておいてくれたの」と森尾さんも照れながら説明した。
ふたりとも日々木さんに化粧をしてもらい、アクセサリを身に付け、垢抜けた感じになっている。
いつもは教室の隅で目立たないように息を潜めているような印象だったが、今日は晴れやかに見えた。
日野さんに連れられて麓さんが入って来た。
日野さんはまだ普段着のままだが、麓さんは鮮明な赤のワンピースを着ている。
顔まで真っ赤な麓さんは、日野さんに食ってかかっているが、日野さんは平然としたままだ。
日野さんが出て行くと、麓さんは「ジロジロ見んじゃねえ!」と周りに怒鳴る。
しかし、すぐに着替えを終えた笠井さんが入って来て、麓さんをからかい始めた。
「可愛いじゃない。高木さん、ちゃんと撮ってあげた?」
「殺す」と麓さんが笠井さんを睨むが、「おーこわ」と言うだけで笠井さんはニヤニヤしている。
「写真撮ってもらってネットに上げたら、お小遣いに困らなくなるよ」と笠井さんは際どい冗談を飛ばし、麓さんは反論すると余計に言われると思ったのか、ムスッとした顔で黙り込んだ。
笠井さんは黄色いパーティドレスで、胸元が大胆に開いている。
お小遣いに困らなくなるのは笠井さんの方じゃないかと思うくらいだ。
「折角の機会だから、美咲に借りたのよ」と笠井さんは楽しそうに話す。
松田さんも大胆なドレスを着るんだと思っていたら、須賀さんが「それって胸元はリボンを付けるんじゃない?」と尋ねた。
「リボン付けると子どもっぽくなっちゃうから」と笠井さんはカラカラと笑う。
「ちゃんと付けなさい」とちょうど部屋に入ってきた松田さんが困ったような声で笠井さんに言った。
松田さんはエメラルドグリーンのドレス姿で、光の加減で色合いが変わってとても美しい。
「日々木さんが待ってくれています」と笠井さんを二階に向かわせると、他のクラスメイトに向き直り、「それでは、食堂にご案内しますね」と優しげに微笑んだ。
連れて行かれた部屋を見て、ほとんどの子が息を呑んだ。
真っ白なテーブルクロスが敷かれた長い長いテーブル。
外からだとそんなに広いと感じなかったけど、この家ってどれだけ広いのと思わせる部屋だ。
学校の教室二つ分くらいありそうな細長い部屋で、壁には絵画などが飾られ、正面部分にはステンドグラスまである。
正装した男女が立っている。
松田さんの両親だろうか。
「父と母です」と松田さんが紹介し、ふたりはにこやかに微笑んで歓迎してくれた。
そして、タキシード姿の松田さんのお父さんにエスコートしてもらい、ひとりひとり着席する。
こんな体験をしたことがないので、ドキドキものだ。
席はグループが基準のようで、わたしの隣りは春菜と泊里だ。
笠井さんと日々木さんも来ていた。
笠井さんは胸元を白の大きなリボンで飾り、セクシーさはかなり薄れた。
一方の日々木さんは……。
一言で言うと、金ピカだ。
金色のきらびやかなドレスに目が奪われる。
似合う似合わない以前に金色のド派手なイメージが強く、呆気に取られてしまう。
松田さんの両親は「楽しんでいってください」と挨拶して出て行った。
一緒にいると子どもたちが気を使ってしまうと考えたのだろう。
松田さんが細長いテーブルのただ一つある短辺の席に着く。
これで、日野さん以外が着席したことになる。
「お待たせしました」
最後に悠然と日野さんが入って来た。
ワンショルダーの黒のロングドレスだ。
タイトなので彼女のスタイルの良さが引き立っている。
大人っぽい子は他にもいるが、日野さんの場合大人そのものに見えてしまう。
日野さんは背後にメイドや執事を引き連れて入って来た。
それだけでざわめきが起こる。
執事のひとりが空いた席に日野さんをエスコートし、他の執事やメイド達が次々と食事の準備をしていく。
これだけで、人生のうちに二度と体験できないことじゃないかと思ってしまう。
でも、夢の宴が始まるのはこれからだ。
††††† 登場人物紹介 †††††
塚本明日香・・・カジュアルでスポーティな服が好き。デートの時はスカートも穿くが、ワンピースは滅多に着ない。
千草春菜・・・ブラウス&スカートが基本で、たまにパンツスタイルも。
三島泊里・・・楽な服が好き。部屋着のスウェットで近くのコンビニくらいまでは行く。
松田美咲・・・身だしなみの大切さは躾けられている。ワンピースを着ることが多い。
笠井優奈・・・ギャル系ファッションが好み。ボーイッシュなものからセクシー系まで、楽しければなんでもオッケー。
須賀彩花・・・服のチョイスはわりと保守的。手持ちの服と組み合わせやすいものを買う傾向がある。
田辺綾乃・・・人の目を気にせず、自分の着たいものを着るタイプ。そのため、不思議系とよく言われる。
渡瀬ひかり・・・可愛い服が好き。泊里や優奈から勧められたものを買うことが多かった。
日野可恋・・・制服以外でスカートを穿かない主義だが、ひぃなに押し切られることが多い。メンズを着ることも多いが、胸が邪魔だと感じている。
日々木陽稲・・・ファッションはインパクト重視。自分を表現するツールだと思っているので、周りから諫められることもしばしば。
安藤純・・・ジャージ等トレーニングウェアがいちばん落ち着く。
高木すみれ・・・長袖ブラウスにジャンパースカートのような地味系が基本。今回はカメラを借りる代償に某ソシャゲヒロインのコスを強要された。
森尾結愛・・・夕食会のみ参加が認められた。母親が娘の晴れ姿をと盛り上がり、大学進学を機に父親と大げんかして家を出た姉の古着を仕立て直してくれた。
伊東楓・・・森尾家とは違い、これを機会に松田さんと仲良くなれと両親に言われ、服まで買ってもらった。
麓たか良・・・日野に脅迫されて参加。普段はTシャツにショートパンツなどで、特に不良っぽい姿をする訳ではない。
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