第52話 令和元年6月27日(木)「想い」日々木陽稲
昨日は可恋が病院に行くために早退した。
いつも毅然としている可恋が、病院に行く時は負の感情を顔に出す。
それだけ大変で疲れるのだろう。
だから、夜に「泊まりに来て欲しい」と電話で言われて飛んで行った。
お父さんにお願いして可恋のマンションまで送ってもらう。
こういう時に「側にいてあげなさい」と言ってくれる両親がわたしは大好きだ。
出迎えてくれた可恋は目に見えて疲れていた。
新しい担当の女医さんが検査好きだと嘆いていた。
お泊まりと言っても、お風呂に入って寝る支度を調え、あとは寝るだけ。
会話らしい会話もない。
いつものように9時には就寝する。
本当に側にいるだけだけど、それだけでいいと可恋は言う。
灯りを消すと可恋はすぐに寝息を立てた。
朝、目覚めると可恋がベッドの上で難しい顔をしていた。
「稽古に行くかどうか迷ってるの」
即断即決しているように見える可恋にしては珍しい。
わたしは何気ない気持ちで可恋に質問した。
「可恋は、どうしてファッションショーのためにそこまで頑張るの?」
もちろん、わたしのためだということは分かる。
このアイディアを可恋から初めて聞いた時はそんなことができるのかと驚いた。
でも、担任の小野田先生や校長先生が許可を出してくれた時点ですんなりできると思った。
その後、可恋が生徒会や先生方と話したり、他のクラスの生徒や先輩たちにお願いして回ったりする姿を見て、ファッションショーを開くということがそう簡単なことじゃないと分かった。
そのせいで体調を崩したのに、可恋は頑張り続けている。
「たぶん、私は自分の能力を試したいんだと思う」
可恋は淡々と話し始めた。
「私はこれまで自分のことしか考えなかったし、それでいいと思ってた。自分の身体と心をいかにコントロールするかが重要で、それ以外はどうでもよかった。ようやく、病気以外のことは、そこそこできるかなって思えるようになった」
そこそこできるってレベルじゃないと思うんだけど、口をはさまずに頷いた。
「でも、ひとりじゃない楽しさを知った」
可恋がわたしに向けて笑みを浮かべた。
それは可恋がよく見せる作られた微笑みではなく、思わず浮かんだといった感じのものだった。
「ひぃなとふたり引き籠もって、ふたりだけで暮らすなんてできたらそれでいいんだけどね」と可恋が笑う。
「現実世界と関わっていこうと思えば、わたしひとりでできることは限られてる。単にひぃなを守って終わりじゃなくて、私とひぃなの手が届く距離を良くしていくことが大切なんだろうと思ってる」
わたしだって、いざとなったら可恋とふたりで全てを捨ててでも一緒に行く覚悟はあるつもり。
しかし、可恋の望みはもっと大きくてもっと凄いことなんだろう。
「わたしは……わたしは可恋が心配なの」
可恋は以前、将来のことをあまり考えたことがないと言った。
いつまで生きられるか分からないから。
「お姉ちゃんが可恋を二周目の人生じゃないかって笑って言ってたけど、わたしからは普通の人の3倍とか5倍とかのスピードで生きているように見える」
可恋は黙って自分の頭をかいている。
……そんなに頑張らなくていいよ。
喉元まで出かかったその言葉をわたしは飲み込む。
わたしが言わなくても可恋はわたしの気持ちを知っている。
わたしの気持ちを知っていても可恋が頑張り続けることをわたしは知っている。
結局、可恋は朝の稽古に行くことを決めた。
わたしもジョギングに行く準備をする。
「そういえば、ファッションショーのテーマはどうするの?」
「ひぃなに任せるよ」
丸投げされてしまった。
だけど、可恋に頼ってばかりもいられない。
「中学生らしさがあれば、あとは適当でいいよ」
「適当ってのがいちばん難しいよね」とわたしは苦笑する。
中学生らしさかあ。
中学生らしさって何だろう?
「さあ、行こう」
可恋に促されて外へ出る。
わたしは「中学生らしさ」という言葉に、もやもやした感覚を抱きながら可恋のあとを追った。
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