第49話 令和元年6月24日(月)「日野さん」藤原みどり

 今日は部活壮行会ということで、私が顧問をしているソフトテニス部でも代表の生徒が作文を読み上げる。

 ソフトテニス部の顧問は複数で担当しているが、国語教諭である私が作文を添削することになった。

 若いからと押しつけられたような顧問の仕事だし、実際の指導は体育の教師がメインで行っている。

 校外学習や期末テストなどの学校行事もあって、作文は苦手という生徒を宥めすかせなんとかギリギリで間に合わせることができた。


「藤原先生、よろしいですか}


 一仕事終わって胸をなで下ろしていると、別の厄介ごとがやって来たようだ。

 気を取り直して、私は日野さんに向き合う。

 十歳以上年齢が離れているのに、面と向き合って話すと緊張してしまう。


「何ですか?」


 それを気取られないように余裕のある微笑みを浮かべて返事をする。


「明日のホームルームで文化祭の発表内容を決定します。放課後には女子を集めて最初の打ち合わせを予定しています。藤原先生も参加されますか?」


 担任の小野田先生から生徒たちの動向に気を配るように言われている。

 日野さんたちが提案したファッションショーに反対する生徒がいないかどうか探ってみたが、すでに根回しが済んでいるようで多数決で決まるのは確実だろう。

 校長の肝いりということもあり、この提案自体を覆すことはもはや難しい。

 田村先生からは中学生らしさから逸脱しないよう内容をしっかり指導するように厳命された。


「参加します」


「では、ビデオカメラの持ち込みを許可していただけますか」


 実際には多くの生徒がスマホを持ち込んでいる。

 しかし、盗撮の一件以来教師による取り締まりも行われているので、わざわざ言ってきたのだろう。


「もう少し前もって言ってください」


 苦言を呈しながらも許可を出す。

 私が出さなければ小野田先生のところに行くはずだ。

 小野田先生はすぐに許可を出すだろうし、もしかしたら私がどう行動するのか警戒しているかもしれない。

 派閥なんて面倒なだけなので、どちらにも角が立たないように振る舞いたいのに難しいものだ。


 打ち合わせを済ませ、日野さんが礼をして去ろうとする。

 私がホッとした瞬間、不意打ちのように日野さんが言った。


「先生もモデルをしてみませんか?」


 驚いて言葉に詰まる。

 日野さんは微笑んで「考えておいてください」と言って、改めて礼をして去って行った。


 この私がモデル?

 冗談もほどほどにしてよ。




 2年1組の正副担任とクラス分けが決まって最初に話し合われたのは麓さんにどう対処するかだった。

 この学年の最大の問題児という認識は2年生を受け持つ教師全員が共有していた。

 1年の1学期に一人の生徒が不登校になり、夏休みに転校した。

 その原因が彼女を中心とする数名のグループにあるのは間違いなかった。


 教師が問題に気付いたのが6月で、対応する間もなく転校を決めてしまったからいじめを認定することはなかった。

 その後も他の生徒への嫌がらせはあったが、なかなか対処できなかった。

 麓さんの嫌がらせが陰湿、巧妙だったこと、被害を受けた生徒と教師の間に信頼関係が築けず、報復を恐れて声を上げにくかったことなどが原因だ。


 その麓さんが2年生になってから問題を起こしていない。

 教師の努力の成果ではなく、日野さんが単純に戦闘力で上回っているからだ。

 麓さんは改心した訳でなく、他のクラスではちょっとした問題を起こしたりもしている。

 体罰はおろか生徒からの暴力に抵抗しようとしただけで教師の責任が問われかねないご時世では麓さんのような生徒への対処は難しい。


 そのせいか、小野田先生は麓さんの対処を日野さんに丸投げしているようにさえ見える。

 その上、盗撮事件でも日野さんがほとんど仕切っていたと聞いている。

 いまやこのクラスは日野さんが支配しているようなものだ。

 日野さんが優秀なことは認めるけど、たかが中学生。

 図に乗せるからこんな中学生らしくない企画を出してくるのよ。


 この学校は服装や頭髪に関する校則の運用が甘い。

 私が通っていた中学校はとても厳しかった。

 スカート丈はもちろん、下着の色も確認された。


 中学生がファッションなんかにうつつを抜かしてどうするのよ。

 外見ばかり気にしていたら、谷先生のような人になるのが分からないの?


 ここは大人がガツンと言わないと。

 小野田先生は当てにならない。

 田村先生に頑張ってもらうしか……。

 でも、あの人も教師の労働運動にしか関心がないからなあ。

 あー、どこかに良い人がいないかしら。

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