ラップの神の人間観察

ー100万年後ー


「人間たちが、拙者の与えた石器を見事に使いこなしてるでござる!」


 「世界樹の種」に写し出されるのは、毛皮の服をまとい、集団で狩りをする人間の姿。それを見た石の神が喜びの声をあげる。クラスの神々も、順調に人間が繁栄していることに安堵感を覚えているようだ。


 しかし、ラップの神は全く満足していなかった。確かに、人間は複雑な音を発することができる生き物だ。猿よりは期待できるだろう。だが、それでも、自身の「神ラップ」を伝授するにはまだ足りない。


 「神ラップ」は、誰でも扱える代物ではない。人間を繁栄に導くには、それを伝えるに足る能力を持った人物を探さなければならないのだ。

 今はただ、期が熟すのを待つのみ。



ーさらに50万年後ー


「うっわー、また人間たちがいくさしてるよ。これはちょっとまずいかもね」


 「種」を覗きながら、火の神が神妙な面持ちでつぶやく。

 ここ最近、人間の集団は小さな無数の国に分かれ、お互いの領土をめぐって争っている。現時点では自然環境を破壊するには至っていないが、このままいけば、別のクラスのように世界を破壊するほどの兵器を生み出し、その兵器によって世界が崩壊、「種」は枯れてしまうだろう。


「始まる戦 切られる火蓋ひぶた 

 倒れる民草たみくさ 求むファンタジスタ」


 「神ラップ」の伝授に足るほどの逸材、そしてシチュエーションは、まだ訪れていない。



「そうだ。人間が無用な戦いを始めたら、天罰を下すっていうのはどう?さすがの人間も懲りるでしょ」

「それ、いいじゃん。おーい、雷の神。ちょっとゴロピカしてくんねーかな。雨雲は俺が出しとくし」

「了解」


 とうとう、神々による介入が行われる段階に来てしまった。もう、時間は残されていない。


―それからさらに1万年後―



「もう、ここが潮時でしょ!雨の神、石の神、人間を絶滅させて!」


 悲痛な声で、火の神が叫んだ。

 状況は切迫している。以前は何十と存在した人間の小国は、いまや三つの大国へと姿を変えた。そして遂に、その一つが残り二つの国に全面戦争を仕掛けようとしているのだ。

 人間は神々からの天罰にも臆さず争いを続け、武器や兵器を発展させてきた。以前は原始的な石器や弓、槍などの武器しか持ち合わせていなかった人間は、いまや一瞬で森を焼き尽くし、海を干上がらせるだけの兵器を所持している。この戦争が始まってしまえば、間違いなくラップの神のクラスの「世界樹の種」は枯れてしまうだろう。


 「種」に写し出されているのは、その国で最も大きな広場に集まった、おびただしい数の人間。これから攻撃を仕掛けるという段階で、国のトップに君臨する「大総統」が軍隊や民衆に向けて演説をしているのだ。この大総統というのがやっかいで、軍事国家をまとめ上げるほどのカリスマ性と、虎をも倒すという武力を併せ持った人物なのである。


 恐怖政治により人間を支配する、神をも恐れぬ独裁者。


 ――こいつだ。

 他の神が慌てる様子を尻目に、ラップの神は大総統を凝視した。

 「神ラップ」を伝授するに足る生物。それは、圧倒的なカリスマ性と強靭な肉体を持ち、多くの仲間にんげんに影響を与えられるコイツに間違いない。大勢の人間の前で注目を集めている今がチャンスだ。


 すると、隣から二つの声が聞こえてきた。


「任せときな、火の神。人間が船に乗り込む間もなく、大洪水を起こしてやるよ」

「拙者は、恐竜を葬ったときの倍の大きさの隕石を降らせてやりましょうぞ!」


 雨の神と石の神が、今にもその力を使って人間を滅ぼそうとしている。



 ……他の神を説得している時間はなさそうだ。



 ラップの神は助走をつけ、「世界樹の種」の中へと飛び込む。底なし沼に飲み込まれるように、彼の体が沈んでいく。


「ちょっ、ラップの神!? なにしてるの!」

「種に侵入 やばい人物 

 高鳴る心中 世界を救出」


 視界がゆがむ。

 ラップの神は10億年ぶりに、「世界樹の種」の中へと足を踏み入れた。






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