RAP of GOD
「大総統」は、国家の象徴ともいえる石造りの古城の頂点に立ち、民衆に向けて演説をしていた。
「我々は、今日、憎き敵国に最大・最後の攻撃を仕掛ける!この古城から始まった我が国家も、今や世界で最大になった。今こそ、我々が持つ全ての武力を行使し、残る二つの国を攻め落とす時!」
古城の周りの広場に集まった膨大な数の民衆が、歓声をあげる。その最中にも、古城を警護するように取り囲む軍人たちは、不審な動きをする者がいないかを見張っていた。
「今のところ、異常はありません」
「了解、引き続き監視を怠るな」
監視の軍人からの報告を受け、大総統の側近の男が重々しい口調で返事をする。
側近の男は、演説を続ける大総統を見上げながら、これまでの道のりを振り返った。
今の大総統は、この国を統べる家門の15代目の当主である。自分は大総統が幼い頃から教育係として彼に付き従い、勉強や武道を教えてきた。その全てが今日に繋がっていたと考えると、早くも涙が出てきそうである。
だが、まだ泣くわけにはいかない。大総統が武力によって世界を統べるさまをこの目で見るまでは、涙など不要だ。なにより、泣いているところなど見られれば、大総統に喝を入れられてしまう。
「長きにわたり反抗を続けてきた敵国も、弱りはじめている。攻めるなら、今が好機である!」
古城から広場へと響く、大総統の威厳ある声。側近の男は、その姿に惚れ惚れとしていた。
――だが。
「敵国の兵は痩せ痩せ萎え萎え、我々の国は夜明け前。
今がチャンス、敵は
大総統の様子が、どこかおかしい。
「やっときたぜ、神のラップ、パフォーマンスがバージョンアップ!
こいつはイイ、もしくは最高サイコー、俺の求める
口調が変わっただけではない。まるで神か何かが取り憑いたように、表情や仕草まで別人になってしまったのだ。
一体、どうなっているというのか。
側近の男の困惑をよそに、大総統はついに踊りはじめた。その動きは、武を極めた大総統にしかできないと思われるほど機敏かつ力強く、見る者を魅了する足さばきで華麗なターンが決まる。
「神ラップ、必要な肉体、実在するなら
何を言っているのかわからないが、激しく高揚した表情で大総統は歌い、踊る。
すると、その姿を見た民衆たちにも変化が訪れた。最初は側近の男と同じく唖然としていた民衆たちだったが、ある者が大総統の歌と踊りにつられて体を動かしはじめると、つられて他の者まで踊りはじめたのだ。瞬く間にその流れは広場全体を包み、もはや軍人たちの制止がきかないほどの大きな動きとなった。
「神ラップの
大総統は、満足そうな笑みで民衆を眺めながらも、その動きを止めようとはしなかった。
異様な雰囲気の中、側近の男ですらも、踊り出したい衝動に駆られる。
……と、その時だった。
ふいに、古城のあちこちから勢いよく火が溢れ出してきたのだ。
それはまるで大総統の踊りを盛り上げるための演出のようだったが、当の本人も困惑の表情を見せたことから、彼にとっても予想外であることがわかる。
側近の男は、すぐに警護兵を呼び集める。
「おい、警護兵たち!この火はいったいなんだ!?」
「わ、わかりません!一通り城の中を捜索しましたが、どの発火点にも火種となるようなものは見つかりませんでした。それに、火に対して水や砂をかけてみましたが、全く消えないのです!」
「そんなおかしなことがあるか!そんなもの、まるで伝承に残る『神の火』のようではないか!」
そんな言い合いをしている間にも、火の手の勢いは増し、石造りであるはずの古城を燃やす。
「ひとまず、大総統を避難させるんだ!」
狼狽しながらも警護兵に指示を出した、その時だった。
なにか大きな粒のようなものが、激しい勢いで城のあちこちに当たるような音。
「今度はなんだ!?まさか……銃撃か!?」
側近の男が音のする方向ーー上を見ると、そこには黒い雨雲で覆われた空から降りしきる大粒の雨。それは、人間の歴史を紐解いても類を見ないほどの豪雨だった。
「よ、よかったですね!これで火が消えます!」
「馬鹿者、さっき水をかけても消えんと言ったのはお前だろう!」
案の定、身を裂くほどの強さの雨を受けても、古城を包む火の勢いが衰えることはなかった。
眼下には、古城が燃え、大雨が降ってもなお踊りをやめない民衆たち。その目は生き生きとしており、これまでの圧政で溜まった鬱憤を吐き出すように彼らは踊り狂う。
そして頭上には、ますます激しい動きで謎のリズムを刻む大総統の姿。
「火の神、雨の神、地震カミナリ火事オヤジ!
神の踊り、一通り誇り、程よい喜び
豪火と大雨、そして謎のリズム。三つの力がぶつかり、渦を巻く古城は、人間の理解を超えて、神々の独擅場と化した。側近の男は、言葉も忘れて息をのむ。
……だが。その終わりは、突如として訪れた。
ゴツン!!
という鈍い音。
それと共に倒れこむ大総統。
どこかから飛来した拳ほどの大きさの石が、彼の頭にぶつかったのだ。
側近の男は、大総統の元に駆け寄るべく、近くの階段を駆け上り、気を失った大総統を抱き起こす。だが、返事はない。
雲の切れ間から差しこむ陽光が二人を照らす。
いつの間にか雨は止み、古城を燃やす火も消え失せていた。
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