ラップの神の天地創造記

比良坂わらび

GOD of RAP


「ちょっとー、雨の神!あんたがサボってるせいで森が枯れてるじゃない。早く雨降らせなって!」

「うるせぇな、火の神。お前こそ、この前調子に乗って山火事起こしちまったくせによ」

「喧嘩はよくないよ……。私がまた森を作ればいいだけだし……」


 大きな球体を囲んで、多くの神々が騒ぎ立てている。


 水晶のように透き通ったその球体の中には、枯れて変色した森林が写し出されており、その様子を見た火の神が、「水やり」を忘れた雨の神を叱責しているのである。森の神がおろおろとした様子で止めに入るが、どちらの神も引こうとはしない。


「始まる口論 飛び交う暴論 

 俺には騒音 耐えれぬ高音」


 その様子を眺めながら、大きくため息をついたのは――「ラップの神」だった。



 ここは、神々が集う学校。教えられるのは、「世界の作り方」だ。各クラスに分かれ、「世界樹の種」と呼ばれる透明な球体を使って、その中に写し出される一つの世界を100億年かけて作り上げる。


 雨の神は世界に潤いを与え。


 火の神は古くなった森を燃やし。


 森の神は新しい木々を生やして生命を育む。


 それぞれに役割があり、みんな試行錯誤をしながらも、神としての力を成長させているのだ。


 その一方で、ラップの神はというと――。


「見つからぬ仕事 投げられる小言 

 俺は丸ごと 見事に用無し」

「40億年くらい言ってるけど、その喋り方うざいからやめてくれない?」


 火の神が辛辣な言葉を投げてくるが、ラップの神はそれを無視して、「世界樹の種」の中に広がる光景と、そこに息づく生き物を眺める。


 このクラスが始まってから、早40億年。「世界樹の種」に広がる世界の中に、様々な神が自然を作り、動物を生んできたが、「ラップの神」が自らの技術を伝えられる生物はいまだ誕生していない。猿とかいう動物は惜しいところまで行ったが、いくつかの条件がクリアできなかったため、失敗に終わった。


「わかるなぁ、その気持ち……」


 話しかけてきたのは、恐竜の神。一時期は徹夜続きなほど出番が多かったが、その人気に嫉妬した石の神が特大の隕石を降らせ、「世界樹の種」の中の恐竜を絶滅させてしまったのだ。恐竜の神はショックで6600万年ほど不登校になってしまったが、最近は元気を出してまた学校に顔を出している。


「僕なんか、ほら、もう仕事なんてないし」

「可哀そう だけどそれもそう 

 おまえの恐竜 ラップ三流」

「ひどいよ、ラップの神……」


 しょんぼりとした様子で、恐竜の神が嘆く。


 教室の喧騒に紛れて、ラップの神はとりとめもない思考に入った。


 「神ラップ」――ラップの神が「世界樹の種」の中に生きる動物に教えられる限り最高で、完璧なラップ――を習得することができる存在の誕生を、彼は待ち望んでいた。


 このクラスに在籍する神の中には、そのラップを伝授するに足る生命を「世界樹の種」の中に生み出すことができる者はいない。だからこそ、ラップの神は自分の役割も満足に果たせないまま、長い間くすぶっているのだ。


 幅広い音を発声できる喉と、高度な社会性を持つ生物が誕生することはないのだろうか……。



 そのとき、教室の扉を開け、先生の神が入ってきた。手には、なにやら怪しげな土塊つちくれ。顔に思わせぶりな笑みを浮かべ、先生の神が尋ねる。


「えー、みなさん。世界創造の方は進んでいますか?」

「雨の神がサボったせいで、3分の1くらい森林がなくなりましたー」

「ちょっ、火の神、お前、告げ口すんな!ただでさえ成績がやばいってのに!」

「……雨の神は、あとで職員室に来なさい」


 いつもの騒がしいやり取りを聞きながらも、ラップの神はその土塊を凝視する。


「えー、今日はみなさんにお知らせがあります。今日から、このクラスの『世界樹の種』にも、人間を導入しようと思います」


 その言葉を聞いた瞬間、教室にどよめきが起こった。


 ――やはり。


 ラップの神は、目を見張った。あの土塊は、「人間のもと」だ。別のクラスの神に聞いたことがあったが、他の動物とは一線を画する生き物が、先生の神から配られることがあるらしい。確か、もうすでに導入されているクラスもあるはずだ。


 これは期待できるかもしれない、とラップの神は胸を弾ませた。


「でも……先生。人間を導入した隣のクラスの『世界樹の種』は、すぐに枯れてしまったと聞いています……。なんでも、人間が森を破壊し、海を汚し、極めつけには争いによって『カクヘイキ』とかいう武器を使って、世界をめちゃくちゃにしてしまったとか……」


 いつもは大人しい森の神が、珍しく先生の神に反論する。自然を愛する神だからこそ、このクラスの「世界樹の種」を守りたいのだろう。


「そうだよ。そのクラスは枯らしちまった種の代わりに、全員でわざわざ世界樹まで行って、新しい種を持ってこなけりゃならなかったみたいじゃねーか。俺はゴメンだぜ、そんなの」

「確かにそうですね、雨の神。人間は扱いが難しい生き物です。目を離すとすぐに争いを始める。ですが、そんな人間を長期間ーーそうですね、5億年ほど存続・繁栄させることができれば、このクラス全員の成績を大幅にアップさせましょう」


 またもや、クラスにどよめきが生まれる。


「私たちのクラスは他に比べて落ちこぼれだって言われてるからね。これはチャンスよ!」

「待って、火の神……。私は反対……」

「人間を全滅させても、『世界樹の種』を枯らしさえしなけりゃ、特にペナルティはないんだろ?いざとなりゃ、俺が大雨を降らせて、人間を絶滅させてやるよ!」

「それをやった他のクラスじゃ、人間がでっかい船を作って、結局生き延びたみたいだよー」

「それなら、拙者がまたドデカイ隕石を降らせてやりましょうぞ!」


 ガヤガヤと、クラスが騒がしくなる。

 それまで人間について熟考していたラップの神は、やおら立ち上がると、机をバン!と叩いた。


 クラス中の視線が集まる。


「先生の提案 これは名案 

 分かれる明暗めいあん 破れ平安」

「ど、どういうこと……?」

「俺は賛成 目指せ完成 

 活かすは反省 浴びろ歓声」

「つ、つまりラップの神は人間を導入することに賛成で、隣のクラスの反省を活かせばうまくいくはずだって言いたいんだね……」


 ラップの神は、森の神の言葉を首肯する。 


「やっと誕生 俺の壇上だんじょう 

 俺が伝える ラップ歌える」

 

 すると、横から火の神の反論が飛んできた。


「ラップの神。やっと出番がきて嬉しいのはわかるけどさ、アンタのラップが人間を繁栄させるのに役立つの?この前だって、アンタが猫に憑依して歌ったラップがあまりにも変てこだったせいで、謎の奇病が発生したんじゃないかって騒ぎになったんだからね!」

「猫じゃ半減 俺の再現 

 できる人間 ラップ体現」


 そこで一呼吸置いて、ラップの神は宣言する。



「やれよ挑戦 ムズい冒険 

 できれば仰天 世界は騒然!」




 そうして、ラップの神のクラスの「世界樹の種」にも、人間が導入された。







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