005 魔術師の話 その1
さぁ、魔術師について話でもしようか。
俺は名はアル。無論通称だが、それ以上必要あるまい?
世間では通称の前に肩書きとして、「トラブルバスター」とか「スイーパー」、芳しくないのでは「トラブルメーカー」って言う奴もいる。
まぁ、そんなのは気にもしないが、とかく世間ではそう言われがちなもんさ…俗に言う『魔術師』ってのはね。
そう。俺の職業は、一般的には『魔術師』といわれている。
最初の頃は、なんだかいう職業名も考えられたそうだが、今は皆が魔術師という呼び名で俺たちを呼ぶ。
すでに解っていると思うが、俺たちはおとぎ話やファンタジィに登場する魔術師とは、全く違う。
人為的に成すことが非常に困難な現象を、魔法球を用いて具現化する、言うなればオペレーターだ。
ただし、同時に魔法球のオーナーでもあり、これは誰に隷属するものでもない。
主は自身。
誰にも支配されることなく、自らの意志で動く。
どこぞの企業に勤務する奴もいれば。
軍で戦闘魔術師として働く奴もいる。
裏社会で非合法の仕事をする奴もいれば。
カレンのように帝国の魔術師として名を馳せる者もいる。
そして…俺のようにフリーランスで世を渡る者も。
魔法は、科学の進歩の片隅で、ちょっとした間違いで産声を上げた。
そのきっかけを作ったのは、物理学者でも工学博士でもない。
医学博士…いや、その時は研究員だったか?まぁ、そんなことはどうでもいい。
とにかく、医者が作ったのさ。
魔法の生みの親の名前は、ウィリアム・コーンウェル。博愛と正義の医者だ。
コーンウェルの考えていたのは、別に魔法なんて代物じゃなかった。彼の専門は、治療用ナノマシンの研究で、それも、そのコストダウンというのが目標だったそうだ。
百何十年前か、詳しい時代は忘れたが、今でこそ普通に医療に使われるナノマシンだが、当時は呆れるぐらいに高価な代物だったらしい。当時は自立型のナノマシンはまだなかったから、投与した後、外部からの信号で患部を治療する方式だ。
しかし、体内に存在できるのは約150時間くらい。
あとは体細胞から「老廃物」と認識されて、排泄物と一緒に対外へポイッ、って感じだった。
しかも、本当の意味での「医療」に使われるのはほんの数パーセント。
あとは金持ちたちが延命のために、老廃した細胞の修復に投与していたらしい。
ようするに、「金持ちのための薬」だったわけだ。
そこで、コーンウェルの出番だ。
彼は、難病に効果のあるナノマシンが、実際には金持ちの道楽にしか使われていないことに非常に憤慨したわけだ。だから、誰でもナノマシンを利用できるようにコストダウンに挑んだ。
さて、ここで問題です。
コストダウンとはいうものの、ただ単に製造原価を下げれば目標は達成できるでしょうか?
答えは「否」だ。
先にも言ったように、当時のナノマシンは、体内に150時間しか留めておくことが出来ない。だから、単に単価を下げても投与回数が減らなければ、費用はかさむ。一般人への難病対策にはならない。
では、何故150時間しか留められないか。
これは、ナノマシンが機能を停止してしまうからだ。ようするに「電池切れ」になっちまうからさ。
電池のあるうちはセッセと働いてるから、体も「こいつ、俺たちの仲間?」って感じで手を出さない。けれど、電池切れになった瞬間から「こいつはゴミだ」となる。だから、体外に出されちまう。
そこでコーンウェルは考えた。
電池を長持ちさせるにはどうしたらいいだろう、ってさ。
反応速度を抑えて電池の減りを押さえる? 緊急性の高い治療もあるとすると無理。しかも、せいぜい200時間程度に延びるだけ。
それぞれの症状に併せて機能を絞る?
逆に管理費がかかって単価があがるだろう。
色々考えるうちに、コーンウェルは思いついた。
「電池が減る」なら「充電させる」って手段をね。
どうやって充電させるか、詳しい話は、正直俺にはよくわからない。百数十年前の話だし、俺は医学に関しちゃ門外漢だ。君たちに説明できるはずもない。
体内を流れる微弱な電気パルスがどうの、疑似的に体細胞と近似した構成を作ってどうの、聞いてると気味の悪い話になるから、やめておいたほうがいいだろう。
とにかく、コーンウェルはセッセとナノマシンの改良に励んだ。
色々な困難と、数々の妨害(利権争いってのは、いやだねぇ)を克服し、やっとの思いで新型のナノマシンを完成させた。
最初の被験者は、何を隠そうコーンウェル自身だった。
ナノマシンの開発を始めて、気がつけば35年も経っていた。その間、体は酷使され続けた。病気にもなるわな。
コーンウェルは、部下に命じて己の体に新型のナノマシンを投与した。
結果? 成功したに決まってるだろう?
だって、俺たち魔術師がいるんだから。まぁ、魔術師が生まれるのは、もう少ししてからだがね。
新型ナノマシンによって病気を克服したコーンウェルは、医者会の寵児となったにもかかわらず、今度はナノマシンの性能向上に励んだ。もっと短期間で効き目のあるものは出来ないか、新しい病気にも対応できるものはできないか。
被験者は、常に自分。
まぁ、その頃には既に老齢の域に入っていたから、病気には事欠かなかったらしい。
それにしても、一世を風靡して華々しい舞台に上がることも出来たのに、自身は研究の徒でありたかったわけだ。本当、ご苦労なことだ。
で、魔法が生まれる瞬間がきたのさ。
ある日、コーンウェルがあいも変わらず研究に熱中していて、ナノマシンの挙動を観察するために計測器のレンジを変えなければ、と「思った」そうだ。
すると、どうしたことか、レンジは自動的に望んだレベルに切り替わった。スイッチに手も触れず、プログラムが自動で切り替わるようになっていたわけでもないのに、だ。
最初、コーンウェルは呆気にとられたものの、「たぶん自分の勘違いだろう。歳はとりたくないものだ」程度にしか思っていなかったらしい。しかし、そんなことが週に数回、徐々に増えてきて日に一・二度になっちゃぁ、気のせいとも言ってられない。ナノマシンの研究を一度止め、この不思議な現象の解明に取り組んだ。
たぶん、聡明な君たちなら、もうわかっただろう。
この不思議な現象の原因は、ナノマシンだ。
外部からの信号で体内の患部を治療する…片方向の通信ならそれで終わりだ。
それが、コーンウェルの作ったナノマシンは、双方向通信の性能を有していた。
これは、長期間使用が可能になったナノマシンの滞在箇所を確認し、更に性能が保持されているかなどを確認するために搭載した機能だった。
それが、今度はコーンウェルの思考=指示を外部へ向けて発信し機器を動かした、って結論になった。
そう。
人類最初の魔術は、計測器を動かす為にふるわれたんだ。
納得いくやら、情けないやら…
ともかく、その日が魔術師と魔術が誕生した夜だったのさ。
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