004 宙港周辺-4


 俺は唄を紡いだ。

「…THUNDER」


 突然、目の前が真っ白になる。

 鼻を突くオゾンの臭い。

 肌を走る静電気。

 鼓膜を破らんとする轟音。

 そして、次に訪れるのは…静寂。

 男と女のすぐ足下には、直径にして50センチほどのの穴があいている。

 深さは20センチほどといったところか。

 舗装された地面もなんのその、魔術で発生した「THUNDER」だ。

 しかも、規模はきわめて小さい。諦めを誘うだけの強さだ。


 男は女を強く抱きしめ、足下の穴を見つめて喉を鳴らした。

「わかるだろう?」

 俺は努めて静かに言った。

「これはサービスだ。おまえたちが、この地面のようにならないように、忠告だ。」

「…魔術師…だったのか…」

 男が熱に魘されたように呟いた。

 すでに肩の力も抜け、未だに身震いが止まらない女の肩を抱きしめながら。

「そうか…そこまでして彼女を…俺を…そこまでして…」

 男が空を見上げながら呟く。

 その声には諦めが…いや、諦め以外の何かがある。

 なんだ?


 男は女の、今の魔術に伴った静電気のせいで更にボリュームを増した髪を丁寧になでつけ、微笑むように瞳を見つめた。

 女も瞳を見つめ返し、ゆっくりと頷く。


 ドクン…と、鼓動がはねた!


「ギャルソン、障壁展開!」

 即座に、相棒の声が届く。

『準備は出来ています。展開します。』


 瞬間、凍りつくような音が周囲を駆け巡る。

 障壁を急激に展開したせいで、周囲の空気の分子運動に異変をきたした、その音だ。

 続けて、レーザー銃の発射音。耳に響く高周波。

 その光条は、空へ向かって伸びて、そして徐々に消えてゆく。

 俺の目の前には、レーザー銃を自分たちに向けた男と女がいた。

 今、目の前で起きたことに呆然と、しかし憤然とした面もちで。


 俺は、障壁を自分のみならず、男と女にも纏わせた。

 それこそ、体から1センチも離れないほどの近接した障壁だ。

 レーザーの光条など、簡単に曲げてしまう。

 絶対に、自殺なんざできやしない。


「…どうして…どうして死なせてくれないんだ!」

 そう叫びをあげる男に歩み寄り、俺は思い切りぶん殴った。

「死なせてくれない?寝ぼけるな!お前ら、一緒に生きるために逃げてたんじゃないのか!自分の命より、そんなに構造式が大事か!」

 俺は、血の上った頭を冷やそう冷やそうと考えて、でも、目の前で行われた馬鹿げた行動を許せず怒りを抑えられず、自分でもわかるぐらい震えていた。

「…じゃぁ、どうしろって言うのよ!」

 今度は女が叫んだ。

「どうしろってのよ!構造式が必要なら、私が戻るってことでしょ?だったら、一緒になんかいられないじゃない!それとも、なに?皮を剥いで置いてけとでも言うの?あんた、自分の言ってることがわかってるの?」


 …なに?

 今、女は何と言った?


 瞬間、俺の怒気が冷めた。

 そして女の言葉を頭の中で繰り返す。

 構造式が必要なら私が戻る?

 構造式を持っているのは女のほうか?

 なら、なぜクライアントは「男から構造式を取り戻す」と言った?

 そもそも、それなら女から俺に構造式を渡せばいいだけの話じゃないのか?

 私が…戻る?

 …渡したくても渡せない?何故?


 女は、たぶん怒りのためだろう、体を震わせながら俺を睨みつけている。

 それは、男も一緒だが、なにかこう…

『…悪役じゃの、おまえさん』

 相棒が的確な表現で俺を指す。

「うるせぇ…」

 俺は、サングラスをはずして目の前の男女を改めて眺めた。

 二人とも、俺の目の色にギョッとして身をすくめた。

『ヒト』の目としては、あり得ない…銀色の、瞳。

 カレンが言うところの「自分が丸裸にされるよう」と評する、銀色の、瞳。

「おい」

 俺はコートに両手を突っ込んで、一歩だけ前に踏み出した。

 無論、目の前の二人は後ずさるが、背後にあった壁につきあたる。

 もう、逃げ場はない。

「おまえ達を捕まえるのは簡単だ。構造式の在処を話さないならそれでもいい。ふたり揃えて突き出せばいい話だ」

 男と女が、二人そろって俯いた。

 最後の望みが、絶たれたのだ。

「…で、その前に」

 俺は続けた。

 今回の件、少々興味が湧いた。

「構造式とその女、どういう関係にある?」

 俯いていた二人が急に俺を見上げた。

 瞬間、再び俺の瞳を見つめ、身を堅くする。


「嘘はこいつがすぐ判別する」

 俺は相棒のボディを軽く叩いた。

「すべて話してもらおうじゃないか。今回のを」

 最初は、無言が続いた。

 別に釈放すると言っているわけじゃないし、そもそも俺はただの「雇われ」だ。

 何をいっても無駄なことは解っているのだろう。

 しかし、そのうちに男がポツリ、ポツリと話始めた。

 今回の逃亡劇の経緯を…


 4時間後、男と女は宙港から旅だった。

 行き先は、とりあえずは辺境の星へ向かうらしい。

 その後は、宇宙船を乗り継ぎ足取りを眩ませるつもりとか。

 まぁ、そう簡単にはいくまいが、せいぜい頑張るこった。


 …ようするに。

 俺は仕事に失敗した、ということだ。


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