003 宙港周辺-3


 俺の目線の先を青白いレーザー光が走り抜けた。

「ギャルソン!」

 俺は相棒に向かって叫んだ。


『既に主の周囲1メートルには光学障壁を展開しています。直撃の心配はありません』

 即座に、相棒の、今度は感情のこもっていない淡々とした声が聞こえた。

「発射場所の確定!急げ!」

『確定もなにも』

 が、相棒の口調にすぐに普段のそれに戻った。

『左斜め後ろじゃ、見てみぃ?』

 相棒の指摘に、俺は左後ろを振り返った。

 人影があった…女の。

 ボリュームのある金髪が若干乱れてはいるが、それでもその顔が整っていることはわかる。薄闇の、わずかな光でもわかるほど、均整のとれた肢体。こんな場面じゃなきゃ、口笛の一つでもあげただろう。

 しかし、その女が手にしているのは、先ほど俺の鼻面を走り抜けたレーザー光の源だ。

「離れて!」

 女は、手にした銃を俺に向けながら叫んだ。少しハスキーな、いい声だ。

 銃を握る腕はガクガクと揺れている。

 さっきのレーザーの軌道は…たまたま、か。

「…ひっこんでな」

 俺は男に向きなおった。

「俺は構造式を持ち帰る。それだけだ。あとはあんたと他の星へいこうが好きにすれば…」

 また、光条が走り抜けた。今度は全く見当違いの方向だ。

「私は!」

 女は声を絞るように叫んだ。

「…私たちは、ただふたりでいたいだけなのよ!ふたりで、ひっそりと…それだけなのに、なのにあなた達は!!」

 女の、レーザーを持つ手がガクガクと大きく揺れだした。

 これは、だめだ。俺は障壁に守られているが、光条を誰に見られんとも限らん。それに、万が一男に当たれば、構造式どころの話じゃない。


 俺は相棒に告げた。

「…力場展開。レベルE。魔術回路は最小でオープン」

「…な、なにっ?」

 男が、俺の告げた言葉に目を剥いた。

「種別、攻撃。対象、局所限定、詠唱からゼロカウントで実行…」

 女が奇声を上げ、髪を振り乱して男へ向かって駆け寄る。

 しかし、もう遅い。

「ギャルソン、亜空間から実体化!」


 突然、倉庫街の暗がりが裂けた。

 それも、光ではない。

 暗がりよりもさらに深い、なにもかも飲み込んでしまいそうな闇が、倉庫街の空間を切り裂いた。

 その中から、圧倒的な「力」が這いだしてくる。

 切り裂かれた空間を、さらに押し退けるようにして、我々の世界へ進入してくる。

 その姿は、モノリス。

 高さ3メートルはありそうな、なめらかな光沢感のある、わずかな光すら反射しそうな、漆黒のモノリス。

 しかしその中央には、ぽっかりと穴があいている。

 くっきりとした輪郭で、何かが抜け落ちたような穴が。

 その中は…闇。

 表面が終わった瞬間、既に何を見ることもできない。


 男と女が、ガクガクと震え出す。

 誰もが知っている存在であり、しかし誰もが見ることのできるわけではない、畏怖の存在。


『魔法球』


 世に言う「魔術師」が引き連れる、常識を越えた現象を引き起こす物体。

 それが今、二人の目の前にいる。


「ギャルソン」

 俺は続けた。

「詠うぞ」

『了解した。コード入力準備終了。主よ、詠唱を待つ』

 俺は男と女の目を見据えた。女は僅かに首を降り続けている。現実を受け入れられない、受け入れたくない、と。

 俺は口を開いた。


 今回は、簡単な魔法でじゅうぶんだ。

 ひとつの単語で顕現する、シンプルな魔法。

「T」

 詠いながら音階を確認する。

「H」

 …うん、いい感じだ。ズレはない。

「U」

 テンポも合っている。好調だ。

「N」

 髪が、チリチリと帯電し始めた。視界の隅で、様々な色の光が乱舞する。

「D」

 意識が高揚し始める。たぎる血の音が鼓膜を叩く。

「E」

 魔法球…ギャルソンが低い唸りをあげ始める。魔術回路が解放された。

「R」

 俺は歌を紡いだ。

「…THUNDER」


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