002 宙港周辺-2
足音に追いつくのは、予想よりも簡単ではなかった。
相棒との無駄話は、けっこう時間を浪費していた。
しかし、見失うほどじゃぁない。
仮に俺が見失っても、相棒の目から逃れられるはずもない。
犯人は、
資料では
そんなことは、知っていても無駄だ。
今日の俺は狩人で、獲物はこの男。
捕まえて、盗み出したモノを持って帰るだけ。
依頼主は男の生死は問わないとは言っていたが、別に俺は殺人狂じゃない。
渡すモノを渡してくれりゃ、あとは放っておくさ。
あと200メートルも走れば倉庫街は終わる。
そこからさらにもう200メートルもすれば、宙港前の大通り、誰も手出しはできないだろう…と、思うわな、普通。
だったら、何か起こるなら倉庫街だとも考えるべきだろう。
逃亡するも者は、そんな簡単な理屈も忘れるもんだ。
「…残念だったな」
努めて押し殺した声で、俺は言った。
途端。
男の歩みがピタリと止まり、コマ落としみたいにぎこちない動きで俺を振り返った。
「お前は宙港には行けない。ここで、終わりだ。ご苦労だったな」
不意に、倉庫街を風が吹き抜けた。
その風は、俺のコートの裾を大きく広げる。
まるで猛禽類が獲物を捕らえようとしているかのように。
男の目に、俺はどの様に映っているのだろう。
背は、比較的高いほうだろう。
自他共に認める筋肉質な身体(カレンは「もっと肉を付けた方がいい」とは言うが)、黒い髪に黒い赤外線サングラス、黒いハイネックセーターに黒いスラックス・靴。羽織ったコートは、表も裏も黒。
街頭も少ない倉庫街で、そんな黒づくめの奴をみたら、顔だけが浮かび上がったように見えるだろう。
そう思い、俺は口の片方だけをつり上げ、笑った。
「ひぃっ!」
男は情けない叫び声を漏らした後、俺から離れようと、必死に駆けだした。
が、いままですらもつれそうな足取りが、そんなにうまく動くはずもない。
5歩程度で自分で足をもつれさせ、油混じりの水たまりにつっこんだ。
それでも、男は必死に離れようとする。
宙港へ向かおうとする。
その表情は鬼気迫るものがある。
「終わりだって、言ってるだろう?」
俺はゆっくりと近づいた。
「さっさと盗んだもんを渡しな。そうすれば、見逃してやるよ。どこでも好きなところへ行けばいい」
男は、俺を振り返り、憎しみのこもった瞳をむけた。
「人でなしどもが! お前等に彼女は渡さない! 絶対、絶対に!!」
「あぁ?」
…何言ってんだ、こいつ?
「なに言ってんだ、お前? お前の女なんざ、知ったことか。錯乱してるようだから、はっきり言ってやるよ。盗んだ構造式を、渡せ。構造式、だ。お前の女じゃない」
「だからだ!知ってるくせに!」
「なんだ? 頭のネジでも飛んだか? 俺の言ってることがわからないか?」
「…ちきしょう…バカにしやがって。お前等なんかに、彼女を渡してたまるか!」
なんか、話がかみ合わないな。
というか、全く別の話をしているようにしか思えない。
逃亡の恐怖が頭のネジを緩めたか、それとも構造式が女に見える特殊な頭をしているか。
なんにしろ、相手が俺の言うことを聞こうとしないのは確かなことだ。
まずは身柄の確保といこう。
俺は、しりもちをつきながらもジリジリ後ずさる男にむかって一歩を踏み出した。
瞬間。
俺の目線の先を青白いレーザー光が走り抜けた。
「ギャルソン!」
俺は相棒に向かって叫んだ。
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