第1章 帝星

001 宙港周辺-1


 宙港まで車で5分程度の倉庫群。

 所々にある切れかかった街頭が、その周囲だけ、ほんの少しの明かりで照らす、暗く湿った空気の裏通り。

 俺はそこで立ち止まり、じっと耳を澄ませた。

 宙港特有の、普段はこのあたりに満ち満ちている、いろいろなノイズ…シャトルの離発着音、トラックや車のエンジン音、荷役設備の駆動音は、今は既にない。

 帝星の7割以上の人間は夢の中、残りの人間にとっては活動の時間…午前3時。

 本当は、俺もこんな時間に働くほど勤勉な訳じゃないんだが。


 じっと、耳を澄ませる。

 ガサ…と、遠くから、ほんの僅かに音が聞こえた。

 まぁ、別に驚きはしない。ここら辺に潜んでいるだろうことはわかっていた。

 というより、ここら辺に来るように追いつめた。

 外れた方が問題だろう。


 音は、続く。

 ガサ、ガサと、最初は少しずつ、だんだん続けて、さらには音がつながって。

 標的ターゲットは、動き出した。

 俺が動かないことに、たぶん「見失った」と勘違いしたんだろう。

 俺から遠ざかろうと、宙港へ向かおうと。


 そんなこと、許しはしない。

 今回の依頼主クライアントは上玉だ。

 金額も十分。

 すべて成功報酬ってのがくせ者だが、なんのことはない、成功すればいいだけだ。


 俺は相棒に繋ぎをつけた。

「ギャルソン、標的が動いた。先回りして、終わらせる」

 …しかし、リアクションなし。

 反応がない?

「おい、ギャルソン。聞こえないのか?」

 そんなはずはない。

 接続が切れた感じはない。

 聞こえているはずだ。

 少しの間の後、ため息をつくような口調で相棒が答えた。

『なぁ、アルよ…』

 少々しわがれた老人の声…を模した音声。

 毎度のことだが、自分が年長だということをどうしても強調したいらしい。

『なにかこう…情けなくないか、今回の仕事は』

「あぁ? 何がなんだって?」

『窃盗犯じゃろ、ただの?』

「違うな」

 俺は胸を張った。

「報酬の高い窃盗犯だ」

『…単なる窃盗犯に高額の報酬、しかも警察には連絡していない。ふつうに考えてもおかしいじゃろ。子供でもわかる』

 相棒のぼやきを聞き流しつつ、俺は足音を追った。

 どれだけ疲れているのだろうか、歩く俺との距離は一向に開く気配はない。

「犯人は体力もない技術者エンジニア。裏社会に伝手があるわけでもない。次の行動はこの帝星を出ること。これだけ条件がそろってて、みすみす高い報酬を他の奴に譲る理由を、俺は知らない」

『ったく、お前さんは…』

「そもそも!」

 いい加減、相棒にも現実を見てもらおう

「もうそろそろ金を手に入れないとやばいんだよ!今週中にアパートメントの家賃を入れないと、すぐにでも追い出されちまう!」

『なんじゃ? そんなことか?』

 相棒の声が軽くなる。若干楽しそうに聞こえるのが憎々しい。

『なら、ホームに帰りゃよかろう』

「バカ野郎…家は、カレンのもんだろうが」

『カレンも喜ぶぞ、たぶん』

 なんとなく、今、相棒はほくそ笑んでる気がする。

 こいつ、どこかでカレンと結託してやがるか?

「そんな訳にはいかない」

 そうだ。そんな訳にはいかない。

「カレンは…老師の跡目だ」

『そうじゃの、帝国お抱えの宮廷魔術師、じゃの。それも筆頭の。だが、それがどうした?』

「…うるせぇ。人間様にゃ、いろいろあるんだよ」


 頭の中を色々と駆け回ることはあるが、考えてても仕方のない時がある。

 それが今だ。

 俺は気持ちを切り替えた。

「で、手伝う気があるのか、ねえのか、どっちだ?」

『む…ん、今回の仕事は、魔術師の仕事ではないと考えるが、いかがかな?』

「…魔術師じゃねぇって、何度も言ってるだろ…」

 俺は文句を返しながら考えた。

 相棒はどうしても今回の仕事がお気に召さないらしい。

 なら、どうしてもやりたくなるようにしてやるだけだ。

「…まぁ、そうだな。表沙汰にできないなんて仕事、まっとうな奴がやることじゃねぇしな」

 俺は、ふぅ、と息を吐きながら続けた。

「アパートメントを追い出されたからって、ホームに帰らなきゃすぐに死ぬってわけじゃなし」

『そうじゃとも、そうじゃとも!』

 相棒は声を上げて同意した。

『魔術師たるもの、仕事は選ぶべきじゃ。魔術師たる尊厳を胸に抱いて生きるのじゃ。なに、3日や4日、食べなくとも人間死にはせん!』

 …こいつ、いまサラッととんでもないことを言いやがったな。吠え面かくなよ…

「あぁ、少々辛いが我慢も大切だ」

『そうじゃとも。人間、辛抱じゃ!』

「…おっと、そういえば、ギャルソン、そろそろ定期メンテナンスの時期だったな」

『むろん、そうだが?貴様、忘れておったのか?』

「いやぁ、すまないな。今回の仕事でメンテナンス料を稼ぐつもりだったが、パァになっちまった。ま、1回くらい我慢してくれや」

『…ちょっと待て』

 一瞬の間の後、相棒は小さく呟いた。知るか。

「今回は報酬が大きかったからなぁ、久々にフルメンテ、それも魔術伝導回路のフラッシングもしようと思ってたんだが、次回にしよう。いつになるかわからんが」

『…待て。メンテナンスが行われないと、ワシの能力はフル活用できなくなる可能性が…』

「やっぱり、人間も機械も我慢だよなぁ。それが世の中をまっとうに生きる、ただひとつの方法だな」

『待てと言っている!』

 相棒が声を張り上げた。

『なぜメンテナンスが受けられない?!』

 即答する。

「金がないから」

『ないなら稼げばよかろう!』

「金の成る木は宙港へ向かって移動中。んでもって、その木を捕まえるのは魔術師の道に反する」

『くっ…この馬鹿者が…』

 相棒は憎々しげな声を残して押し黙った。


 さぁ、今回のターゲットは…もうそろそろ動き出さないと、ここに誘い込んだ意味がなくなる頃合いだ。

 相棒もそれを悟ったのか、本当に悔しげな声を上げた。

『なにをしておる、さっさと追わんか!ワシは先回りして障壁を用意しておく!』

「おいおい、ギャルソン。なんのことだ?」

 俺のすっとぼけた返事に、ギャルソンはのたまった。

『人間とは、日々の糧を得るために働くものじゃ!仕事を放棄しようなどとは言語道断!キリキリ働くのじゃ!』

 …わかっていたこととは言え。

 なんとまぁ、よくもこんなに早々と切り替えられるもんだ。

 一度、論理回路も見てもらったほうがいかな?

 なんにせよ、相棒も動き出したことだ、さっさとケリを付けよう。

「じゃぁ、予定通り倉庫街の終わりに障壁を作っておいてくれ。俺は後ろから追って、そこに追いつめる」

 俺の指示に、相棒はいつもの、仕事用の淡々とした口調で返した。

『了解した、我が主マスターよ』


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