ユダの魔術師

大室 一樹

序章 ~エルフ少女と小さな人形~

第2話 起動!機械仕掛けの魔術師! (更新中)

 俺は腹を空かせていた。

 食料が尽きてから丸2日、何も食べていない。

 大樹たいじゅが沢山生える森で俺は彷徨っていた。

 おっと、自己紹介でもしておこうか。俺は『シロ』、ただのシロだ。見た目は10歳くらいの少女で肩まで伸びた黒髪にどこまでも暗く漆黒な瞳、きれいな鼻に唇の美少女。……自分で言うのも恥ずかしいな。

 2年前より以前の記憶はなく、とある魔術師に拾われた俺はその魔術師に魔術を教えてもらい、世界を知るために旅をしている。が、結果は御覧のありさまだ。財布の中には銅貨10枚程度しか入っていないし、肩にぶら下げたバッグには食料なんて入っていない。

「………。お腹空いたなぁ……。」

 グゥ~、という音がお腹から聞こえてくる。もう何度目の音だろうか、数えるのはやめてしまった。

 しばらく歩いていると、風に揺れる草木に交じって奥から物音が聞こえてきた。

 大体予想はできるけど面倒ごとは嫌いだ。特に飢えた野盗とかは厄介なもので、何も持っていない俺に襲い掛かってくる。

 当然、服は着ているが、魔法使いが被るトンガリ帽子に白いシャツの上に黒いマント、灰色のスカートと小物を収納するポケットが付いた革ベルトに黒く長い靴下と革の長靴を着ている。背中には背丈の半分くらいの魔導式ボウガン、腰に身長に合わせた長さの刀と杖をたずさえており、武器類はマントで隠れている。武器があるから野盗くらいは問題ないのだが、腹が減っていれば別問題である。

 お腹が空いていれば、魔力が貯まらないし、魔術を行使するために空気中のマナを集めることも難しくなる。魔導式ボウガンに関しても一部を除けばマナを必要とするから使い物にならない。刀に頼ってもお腹が空いていればいつも通りに動けないのだ。軽くするために無駄に多い武装を捨てるわけにはいかないしな。

 音に集中していると、こちらに近づいてくるのがわかる。

 あまり使いたくはないが、望遠鏡代わりの魔術でも使おうか。

 身体に魔力を巡らせて、息を吸うと空気中にあるマナが身体に馴染なじみだす。マナが十分貯まったところでスペルを詠唱する。

「スペル:テレスコープ」

 眼に魔術陣が展開して、視界が奥に進んでいく。

 奥に一人のエルフ族の女の子が映った。さらに、その奥に6人の盗賊が女の子を追っていた。

 今日は厄日だな。なんて思うが、女の子を放っておくわけにはいかない。俺のポリシーに反してしまう。

 そのポリシーについてだが簡単だ。救える人は救うこと、救えなかったとしても後悔をしないことだ。

 なので、ちょっと力を入れる。再び、魔力を全身に巡らせて、息を吸ってマナを馴染ませむ。

「スペル:ウィンドブーツ」

 これは、風属性の下位補助魔術だ。効果は移動速度上昇。下位だけど効果は覿面てきめんだ。

 早速、地を蹴り盗賊に向かって走り出す。目標は女の子を追っている盗賊共だ。速度は凄いもので走る速度の3倍以上は出ている。慣れていなければとっくに木にぶつかって気絶している。

 さて、盗賊共を血祭りにあげて女の子から報酬しょくりょうをもらうぞ!

 俺は風で纏った脚で大地を蹴り、木々を避けながら高速で接近する。まず、先頭を走っていた盗賊の首を移動の勢いを残したまま跳ね飛ばす。

「盗賊たち、首を貰うよ!」

「なんだお!?」

 いきなりの奇襲に盗賊たちは慌てふためいていた。その頃の俺は盗賊の後ろに回り、次の攻撃に備える。

 再び、ウィンドブーツで加速し、さっきと同じくそのままの勢いでもう一人の首を飛ばして女の子の前で止まる。

 俺は女の子に視線を動かし、安否を確かめる。

「君、怪我はないか?」

「え、えぇ、大丈夫」

 よかった。もし、もうダメだったら少し後悔をしていたかもしれない。

 女の子の状態を確かめる。

 白肌で腰まで伸びた銀髪に釣り目で蒼い瞳、綺麗な鼻に口で整った顔の美少女エルフだった。ただ、耳はやや短いからハーフだろう。背中に弓と矢筒を背負っており、腰には長いロングソードが携えてある。意外と彼女は近接タイプかもしれない。彼女なら戦えそうだな、できれば俺の代わりに戦ってほしいくらいだ。だって、空腹で倒れそうだもん。

 確認し終えると、盗賊の方から声をかけてきてくれた。距離は少し離れているがな。森の中だと聞こえにくいんだよね。

「おいガキ、何者だ? 只者ではなさそうだな」

「仲間を2人もやったんだ。ただじゃ済ませねえぜガキ」

「ガキだヒヒヒ」

 なんて、チンピラみたいなセリフを吐いているが、俺は”ガキ”という言葉にキンときた。

「おい、お前」

「は、はい?」

 俺は女の子に話しかける。

「お前は身なり的に戦えそうだな」

「私は戦える。エルフ族では師匠を除いて一番の剣士だから」

 と、自信満々に言うエルフ少女。俺的には満足な回答であった。楽ができるのは素晴らしい。

「なら、お前も戦え、こちとら体力が限界寸前でね。無理ができないんだ」

「わかった。私も戦う」

 楽は出来そうだな。おっと、忘れないうちに自己紹介をしておこう。忘れると後に響くからね。

「その前に俺はシロよろしく」

「私はレイラ・ハイウッド。レイラでいい」

 視線を盗賊の方に合わせながらお互いに自己紹介し、剣を構える二人。律儀にわめきながら待ってくれた盗賊には悪いが退場してもらおう。

「おい、お前ら死にたくなきゃ、ここに首を置いていけ」

「どっち道死ぬじゃねえかガキ!」

「ぬめとんじゃねぇぞクソガキィ!」

「オウトッタンジャァガキィ!」

 最後のなんて言っているかわからねえな。それより、ガキガキ言われてムカつく。俺は子供じゃないんだよ!

 俺は刀を納め代わりに杖を引き抜く、息をおもいっきり吸い込み、体中にマナを濃く馴染ませる。周囲のマナを片っ端からかっ食らい、自分の周りにあるマナはほとんど無くなった。マナが少なくなることで空気がズーンと重くなる。

「首を置いていかないならクタバレ!」

 俺は杖を前に突き出し、マナを体中で循環させ、魔術陣を構築しはじめる。

「お前魔術師か!?」

「お前らばらけろ!」

 魔術師かなんて、俺の頭に被っているトンガリ帽子を見ればわかるというのに、あいつらが頭が悪いのか俺が魔術師に見えないのか少し悲しくなる。

「今動いてももう遅い、俺の魔術を舐めてもらっちゃ困るぜ。スペル:ロックジャベリン! 乱れ撃ち!」

 杖から展開されていた魔術陣から大人サイズの槍状の岩石を何発も連続で射出する。岩石の雨が盗賊たちに降り注ぐ。

 体力が限界の中での本気の魔術だったが、俺が思う以上に威力は出なかった。岩石の雨がやんで砂埃が晴れてから立ち続けていた盗賊は2人だった。2人とも魔術防御を展開しており、それ以外の盗賊は地に伏していた。

 もう、魔力はさっきの魔術で使い切った。次は何で葬ってやろうか。

「トシオ!マサキ!」

「クソ、魔術防御が間に合わなかったか」

 仲間が倒れるてわめく盗賊2人、次はお前たちが倒れる番だ。

 俺は杖をしまって背中から魔導式ボウガンを取り出す。

「あん?なんだあの棒は?」

「舐めてんのか?」

 盗賊が興味深そうに俺の武器を見る。

 この武器の収納時はT字に開かれているのをI字に畳んでいる。その機能のおかげでボウガンとは認識されにくくなっているのだ。盗賊が勘違いするのも納得がいく。さらに、実はこの武器、魔導式だが魔力が必要という訳ではない。カートリッジを入れる穴があり、入れることで撃つことが可能になる特注品なのだ。ただ、カートリッジの数が少ないからあんまり使いたくはないのだがね。

 俺はさっそくボウガンを展開して、腰ベルトのポケットに入っているカートリッジをボウガンの穴に差し込む。入れた瞬間、ボウガンが自動でリロードを開始し、横にある排気口から薬きょうが飛び出す。

「やっぱり、リロードする時の音は気持ちがいい」

 疲れていてもこの音は気持ちよく感じる。すべてのリロードが終わるとボウガンを盗賊に向ける。

「へへっ、魔導具か、だがお前の魔術を防いだ俺には効かねえよ!」

 魔術が防がれてしまったのは俺が疲れているからだ。カートリッジでリロードした魔導式ボウガンなら確実に貫ける。だが、俺が撃つ前にレイラが動く。

「私なら斬れる!」

 そう言いつつ、一瞬で盗賊の懐に飛び込む。

 俺ほどではないが並の兵士相手なら圧倒できるほどの実力はあるかもしれない。それほど、レイラの移動スピードが速かった。

「小娘1人、やられる俺じゃねえ!」

 盗賊が余裕そうに言うが、盗賊の剣はレイラの剣を受け止めると容易く折れてしまった。同時に盗賊の胴体が斬られる。

「うがあああぁぁぁぁぁ!」

 盗賊が1人痛みに叫んで倒れ崩れた。

 続いて、レイラはもう一人に向かって剣を振り下ろす。

 対して盗賊は後方にステップして回避する。

「クソ! やってられっか! お前ら覚えとけよ!」

 負け台詞を吐いた残りの盗賊は背を向けて逃げて行った。

「ちょっと待ちなさい!」

 レイラが叫んで追いかけようとする。

 深追いはダメだ。他の仲間が潜伏している所におびき寄せて、袋叩きにする罠かもしれない。

「追うな、深追いは厳禁だ」

 レイラにそう注意して呼び戻した。

 俺は敵がいないことを確認してから武器をしまうと、不意に身体が空腹でふらりと揺れる。

「はら……へ…った……」

 バタンと俺は倒れてしまう。意識までは失わなかったが、これ以上は動けそうにもなかった。

 パタパタと足音が聞こえてくる。レイラだ。

「ちょっと、君大丈夫?」

「これをみて大丈夫だと思うならおめでたいもんだな」

 毒ついてみるも、口に力が入っておらず、呂律が回っていない。

 そうだ、彼女を助けたら食料を貰う予定だったんだ。さっそく、貰おうじゃないか。貰わないと俺が死ぬ。

「食い物くれ……」

「え?」

「腹が減ったんだ」

 口に力が入らないからレイラには伝わらないと思ったが、辛うじて理解した表情をする。

「あ、お腹が空いたんだね! 助けてもらったしお礼に何でも食べさせてあげるよ!」

 自信満々に無い胸を張るハーフエルフ少女、彼女は俺を背中に背負って走り出す。

 その間、俺は食料が手に入りそうなのに満足し、そのまま意識を失うのだった。


 俺は目が覚めた。

 木で造られた部屋の隅のベッドで俺は寝ていた。

 左の窓から風が流れ込み、カーテンを煽る。右を向くと、箪笥たんすと机と丸テーブルと椅子が視界に入る。丸テーブルの上には木の丸皿が置かれており、リンゴとバナナなどの果物類が入っていた。

 ここはどこだ?

 たしか、俺は空腹で気を失っていたはず。そうだ、俺はレイラに飯を貰うんだった。

 俺は身体を起こそうとする。しかし、思ったより力が入らず起き上がれなかった。

 なら、身体を引きずりながらでも食べ物を手に入れる!

 ベッドから這い降り、目の前にある丸テーブルを目指す。

 距離半ばまで進むと、部屋の扉が開く。扉を通ってきたのはレイラだった。

「あ、君動いちゃダメじゃないか!」

 白肌で腰まで伸びた銀髪に釣り目で蒼い瞳、綺麗な鼻に口で整った顔の美少女ハーフエルフのレイラが近寄って、俺をベッドに戻した。

 俺をベッドに戻す前に何かトレーを持っていたのが見えたが、ベッドに戻った後にそれを渡されて知る。暖かいシチューだった。この暖かさ、この匂い、懐かしい感じだ。

「こんなやつれて、何日も食べていないようだね。焦らずゆっくり食べてくれ」

 優しく話しかけていたレイラがスプーンですくったシチューを俺の口に運ぶ。俺はスプーンを咥えてシチューを口に入れる。暖かく、少し甘い、久々に食べたシチューであった。

 一口目を飲み込んだ俺はレイラからスプーンと皿を奪って、シチューをっ込む。

「あ、こら急いじゃダメでしょ」

 レイラが注意をしてくるが俺はお構いなくシチューを完食した。体の中で食べたものがエネルギーに変換されていくのがわかる。だが、完全に回復させるためにはまだ量が少なかった。

「もっと、もっと食べ物をくれ」

「え? あれで足りないの?」

 俺は首を縦に振る。

 そもそも、俺の身体は普通の構造をしていないのだ。身体をすぐに動かせるように食べたものを瞬時にエネルギーに変換する機構が施されている。戦闘時には効率がいい食事方法なのだ。

「あと10倍は食べないと満足できない」

「え、そんなに…食料足りるかな、確認しに行くからちゃんとベッドで休んでいるんだよ」

 レイラがそう言うと、食料の残りを確認するために部屋を出る。それと同時にエルフ族の男が部屋に入ってきた。金髪のショートヘアに蒼眼、顔は整った美男子な感じで緑中心のシャツとズボンを着た青年に見える。

「私はエド・ハイウッドと言う。君が私の娘を助けてくれたお嬢ちゃんだね?」

「あぁそうだ。俺はシロと言う。ただのシロだ」

 お互いに挨拶を交わす。

 だが、一つ気になる点がある。俺自身、見た目が10歳前後の子供に見えるのは自覚している。だが、子供扱いされるのは我慢がならない。

「それに、俺は子供じゃないちゃんと大人だ、お嬢ちゃんなんて言うな」

「それは失礼、謝罪するよ」

 エドは律儀に頭を下げる。

 そう謝れると困るんだよな。まるで俺が子供みたいじゃないか。ここは俺も謝っておこう。

「いや、俺も悪かったよ。それで俺に何か用があって来たんだろ?」

 お礼に来ただけならそう言う必要は無かったのだが、目が覚めた時から外が少し騒がしければ聞きざるえない。

「あぁ、その通りだ、君が魔術師と娘から聞いたから会いにきた」

 真剣な顔で俺を見つめる。相当な問題なようだ。

「実は私の里である問題があるんだが」

 エドが顔を少し俯かせ、表情が暗くなる。どうやら、言うか言わないかどうか迷っているみたいだ。俺にとってはそれがもどかしい。

「さっさと言え、気になってしまうだろ」

 俺が言うと、エドは顔を上げて少し明るくなった。

「すまん、ありがとう。実は私の里を占領しようと盗賊が狙っているんだ、君にはこの里を護衛する傭兵として雇いたく―――」

 なるほど、そういうことか。俺を傭兵として雇ってこの里を守らせようということか。

「報酬は?」

「話が早くて助かる。ただ、お金は仲間の装備をそろえるだけで、お金はほとんど残ってなく、現物でしたら渡せるが?」

 お金は無理だが、現物はありか。俺は食料と寝床さえあればそれでいいが、やっぱりここを出るならお金を貰わんとな。助けてもらって早々残念だが、この依頼は断らせてもらおう。

「お世話になって悪いが、金がないならダメだ。もし俺を雇いたいのなら金を持ってきな」

「そ、そうか……、でもどうしても人手が必要なんだ、じゃないと帝国にも…」

 エドが再び暗い顔をする。

 そんな顔をされちゃうと、申し訳なくなるだろ勘弁してくれ。

 ただ、今聞き捨てならない言葉を聞いた気がする。

「帝国、今お前はそういったな?」

「あ、あぁ、里の付近を帝国軍がうろついているんだ」

 なるほど、帝国が関わっているとするなら少々厄介だな、この森に潜伏しているならおよそ一万はいるだろう。

「俺にも事情があってな帝国が関わっているなら協力してやる、最低条件で金貨50枚だ、後払いでも構わない」

「そ、そんな金額里中をかき集めても出せない!」

 当たり前だ。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚、一泊飯付きの宿は最低でも銅貨3枚、通常の護衛の報酬は1回で銀貨数枚程度。金貨50枚がどれだけ破格かわかるだろう。とはいえ、盗賊団と帝国を相手にするんだ。この森の盗賊の詳細は知らないが、全力で戦闘することになれば武器の修理や調整で金をガッポリとられてしまう。武器が無くても戦えはするがある方が便利だ。それに、エルフ族に従って働くつもりもない。

「出せないなら、俺はここを出る」

 出ると言ったのは、目的があるからだ。敵地に赴き偵察をする。エルフから依頼を受けなくても帝国軍は潰すつもりでいる。そのあとの盗賊はエルフにどうにかしてもらえばいい。

 俺はベッドから降りて、机に置いてあった俺の装備一式を取る。

「待ってくれ、まだ話は―――」

 立ち去ろうとする俺をエドが慌てたように肩を掴んで止めようとするが、俺はその手を払いのけた。

「話は終わったはずだ、金を払わない以上依頼を受けるつもりは無い」

「館をあげよう、あれなら金貨50枚をゆうに超える」

 俺は金を要求したはずだ、金にならない館をよこすなんてこいつは話を聞いてたのか?

「話にならない、これ以上余計な事をいうなら俺は依頼を受けない」

「そ、そんな」

 エドが椅子に手をついて倒れこむように座る。可哀そうだが、盗賊くらい対処できなければこの里は生き残れない。だから、俺はエルフの里の戦力にはなれない。

 一応、また来るかもしれないことを伝えておこうか。俺は部屋の扉まで歩くと、「あぁ」と声を出し、振り向く。

「もし用があれば里に来るよ。それと、盗賊の居場所を教えてくれ」

 エドの表情が少し明るくなる。少し希望を持たせた方が彼にはマシだろう。

「東に1時間ほど歩いた遺跡を根城にしているよ、あそこは娘が好きな場所でね、それが選挙されたのが悔しくて……」

「なるほど、だがお前が悪いわけじゃない、強者は強者なりに振る舞わなければならない。それができない愚か者は排除しなければいけない」

 なんてカッコいいこと言ってるけど、俺も愚か者の一人なんだ。だけど、愚か者であっても力を振りまくやつは許せない、俺はそういうやつなんだ。

「君は優しいんだね。だからそれほど強いんだ」

 エドが苦笑する。マシになったが表情はまだ暗いままだ。

 俺が優しいなんて一度も思ったことは無い、記憶が無くも挫折や後悔をこの2年間で何度も何度も味わってきたんだ。何があったかは正直思い出したくはない、だからここは隅に置いておく。

「俺は強くない、とだけ言っておくよ。情報ありがとう、来る機会があればまたくるよ」

「ありがとう」

 そう言って部屋を出た。

 途中、サンドイッチを持ったレイラがこちらに歩いてきたが、レイラが声をかける前にサンドイッチをすべて食べてから里を去った。


 里から東に1時間ほど歩き、やっとのこと盗賊が潜んでいるらしい遺跡にたどり着いた。見つけるのは簡単だった。近づくほど盗賊たちの笑い声が聞こえてきたからだ。

 俺は隠れて遺跡に一番近い木々に隠れて、遺跡の様子をうかがう。

 時刻は夕時、潜入するにはまだ早い時間だ。遺跡の周りには木々が全く生えてなく、近づくには見張りをしている盗賊を無力化する必要がある。見張りの数は見ただけでざっと20人前後、反対側にもいるとなると40人はいると予想できる。この人数では一人で相手するのは不可能だ。全員を無力化するには今ある魔力じゃとても足りない。

 どうしたものか、入り込むだけで骨が折れそうだ。

 他の物に視線を動かす、遺跡の近くにはテントが複数立ててあり、その内のいくつかのテントの前には様々な木箱やテーブルや椅子が置かれていた。テーブルの方では暇している盗賊が飲み食いしている者や、なにか小物のような物や武器を仲間に見せつけて自慢をしている者がいた。人数にして60人ほどはいる。

 遺跡の入り口に視線を動かす、入り口には木の板で塞がれており、盗賊たちの声で聞こえにくいが、中から獣のような声が聞こえてくる。俺はあまり遺跡を漁る趣味はないのだが、ある村の宿屋で飲んでいたトレジャーハンターの話を思い出した。

 あれはたしか、遺跡には稀に魔物を発生させる魔術陣が置かれていて、陣が壊されるか止められるまで魔物を吐き続けると言っていた。その話が本当であれば、今あの遺跡には魔物が沢山住み着いているのかもしれない。だが、エルフの里の村長は娘が遺跡好きだと言っていた。レイラが遺跡に通っていたとするなら、魔術陣のことも知っていて対処はしているはずだ。なのに、あの遺跡からは魔物のような声が聞こえる。なぜ遺跡の中に魔物がいるのか、俺は2つの仮説を立てた。

 1つ目は、魔物を発生させる魔術陣を設置したり管理する技術があること、2つ目は、魔物を遺跡に閉じ込めて増やそうとしていることだ。

 その二つのどちらにしても、遺跡に盗賊が入っているのは無いのがわかるから、索敵は楽になりそうだ。

 さて、あとはリーダー格を特定して、確かめるだけだ。俺は肩にぶら下げているバッグから望遠鏡を取り出す。スペル:テレスコープもあるが、魔術を使用すれば感づかれる可能性が高いからな。特に肉眼で見れる距離では盗賊側の魔術師に気付かれてしまう。

 望遠鏡で一番でかいテントの中を窺う。そのテントでは人の出入りが激しく、入り口から見える範囲でテーブルを囲ってなにやら話し合っているのが見えた。里を襲う計画でも立てているのだろうか、テーブルを指さして何かを喋っている。これは、明日にでもエルフの里が攻められそうな雰囲気だな。

 望遠鏡でいろいろと情報を集めていると、突然後ろから声をかけられる。

「こんな場所にネズミが1匹紛れ込んでるとは見張りはなにをしてるのやら」

 俺は「なっ」といいかけ、後ろを振り向こうとすると、一本の剣が俺の首に向かって飛んできた。

 とっさの判断で後ろに飛び退き、気が付くとおよそ30人の盗賊が俺の周りを囲っていた。さっきまで普通にしていたのに、この対応の迅速さ、恐らく早く気付かれていたのだろう。

「ちっ、この俺が接近に気付けないとは不愉快だ」

 まずい状況だ。目の前にいるのは、リーダー格か? そこらの盗賊とは違う装備をしていた。どこぞの帝国の軍服を着て、腰の横には拳銃のホルスターと刺突剣が携えてある。顔立ちもそこらの盗賊とは違う。金髪オールバックで蒼い瞳に整った顔の貴族風の男だ。メガネもかけている。

「ふむ、私は盗賊団を指揮しているマルクス・フォン・リベリル。今はこの盗賊団のリーダーの役を預かっている」

 なんて言ってるが、俺はわかっている。こいつはこの大陸の西の果てにある帝国の軍服を着ているのだ。なぜ、俺が知っているかは実際に帝国の軍人に会っているからだが、気になるのはこいつがここにいる理由だ。

「俺はシロ、帝国の軍人がなぜここで盗賊の真似事をしている?」

「はて、何のことでしょう? 私はただの盗賊で帝国のことは存じ上げませんな」

 メガネをクイっと上げるマルクス、しらばっくれるとはいい度胸じゃないか、俺は決めた。エルフ族の里長の依頼を受けるとしよう。もしかしたら、帝国の陰謀がこの森でなにか起きているのはわかっているけど、盗賊団まで支配しているということはなにやらただならぬことがおきようとしているのかもしれない。

 俺は杖を抜き出し構える。最初から全力戦闘だ。俺に気付かれずに近づけたんだから相当の手練れなのは確実だ。それに、周りには30人ほどの盗賊が俺を囲んでいる。手を抜ける状況ではない。

「しらばっくれるならそれでいいさ、帝国が関わっているのはわかってるんだ、やることは一つ」

 言葉を終わらせると同時に、事前に貯めておいたマナを消費して魔術陣を展開する。展開した数は十数個。

「魔術師風情がこの間合いでこの私に勝とうとは」

 マルクスが一瞬で俺の懐に入り込む、彼の手にはいつの間にか抜いたのか刺突剣を握っている。

「なっ!?」

 一瞬の出来事に驚いた俺は詠唱を一瞬遅らせてしまう。マルクスが刺突剣を突き出し、俺の右肩に突き刺さる。だが、痛みは感じない。俺には痛覚が無いからだ。杖をマルクスに突きつけ近距離で魔術を発動させうる。

「くたばれ! スペル:フリージングサークル!」

 複数に展開されていた魔術陣が一つに集まり地面に広がる。陣内に氷の嵐が吹き荒れ、周りにいる盗賊とマルクスを巻き込んでいく。当然、俺もその中にいたから巻き込まれる。この魔術は水属性の上級魔術だ。魔術陣の内側に氷の嵐を吹き荒れさせるサークル系の魔術だ。

 俺もこの中には長くいられない、脱出しようではないか。

「スペル:ウィンドブーツ」

 自分の足に支援魔術をかける。地を蹴って風に乗り、魔術がかかった脚で調節しながら魔術陣から脱出した。

 地面に華麗に着地し、自分の右肩を確認する。傷はもう塞がっており、服だけに穴が開いただけの状態になっていた。

「ほう、自動治癒オートヒールか」

 マルクスが俺の前に立っていた。服には一切の乱れが無く、傷もついていない。表情もさっきと変わらず落ち着いているし息も切れていない。

 なぜマルクスは魔術陣から脱出してるんだ?

 奴は陣の中心にいたはず、魔術が発動した時点で俺の前に立っていた。なのに、マルクスは傷を負わずにここにいる。

「どうやって? いや、その剣ですべて氷を弾いたんだな」

「いや、上級魔術ともなると氷を弾くことはできない。私が弾かれてしまえば話は別ですが」

 あっさりと説明するマルクスだが、細い剣だけで弾かれて魔術陣を脱出するなんて相当な離れ業だ。だが、盗賊を30人も始末できたのは運がよかった。俺の見た目で舐め腐った態度をしていたからな、油断してくれて助かるよ。

 魔力の残りの量は一割、さっきの上級魔術で一割は使ってしまった。マルクスと残りの盗賊を倒すには全然足りない。

 周囲から別の盗賊がわらわらと集まってくる。

「親分、加勢しますぜ!」

 近づいてくる盗賊の一人がそういう。しかし、マルクスが静止の合図を出す。

「貴様たちでは足手まといだ。そこで大人しく傍観ぼうかんしていろ」

 盗賊が心配そうな目で見るが、俺にとっては好都合だ。

「しかし…、わかりました頑張ってください!」

 盗賊が観念したように言う。

 マルクスが俺に顔を向け、刺突剣を構える。と同時にホルスターから拳銃を取り出す。あれは帝国内部だけで生産されている拳銃だ。

「貴様の実力は理解できた。貴様は俺には勝てない」

「言うじゃねえか、俺もそろそろ本気を出すとしよう」

 俺は最初から本気だった。魔術に関してはだ。魔術でダメなら剣術も織り交ぜて戦うしかない。これは師匠に教えてもらった戦い方だ。魔術師は単騎では弱いし、複数でいたとしてもまず魔術師が狙われる。だからこそ、師匠は俺にこの戦い方を教えてくれた。正直言うと、消費が大きいからやりたくはないのだがね。

 俺は杖を仕舞い込み、剣を引き抜くとマルクスに向かって構える。

「魔術師が剣士の真似事か面白い」

 マルクスがメガネをクイっと上げる。

 魔術師が剣士の真似事か、俺も同じことは思っているよ。だって、魔術師が剣を振る光景なんて考えられないもん。この格好なら魔術を行使した方が恰好がつくでしょう。だからこの戦い方は嫌なんだ。

 お互いに、睨み合って隙を探り合う。先に動いたのはマルクスの方からだった。

 すごいスピードでマルクスが接近する。気が付けば刺突剣が俺の目の前に迫る。俺の剣でマルクスの剣を辛うじて受け流し、反撃するためにマルクスの右腕に向けて剣を振る。しかし、マルクスはあっさりと避けてしまう。

 今度は、マルクスが俺の左肩を狙って刺突剣を猛スピードで突き出す。俺は左肩を庇いながら避けるが、刺突剣の連撃で身体中にいくつものかすり傷ができてしまう。

 今のでわかった、マルクスはスピード特化の剣士だ。動くたびに奴のスピードは増している。このままでは俺が負けるかもしれない。俺が負ける?

 一瞬、身体の奥底から黒い感情が溢れてくる。咄嗟に黒い感情を抑えるが、その隙を突いてマルクスの刺突剣が俺の左脚のももに刺さる。刺突剣を引き抜くように後ろにステップするも、脚に空いた穴で姿勢が安定しない。穴からは血がだらりと流れている。

「ふん、やはり貴様は遅い、遅すぎる」

 俺が敗北することを想像したおかげで油断してしまった。体中にできた傷はほとんど再生して元に戻っているが、今空いた脚の穴は塞がるのに時間がかかりそうだ。

 再び、剣を構えてマナを体内のマナを集める。魔術陣を身体のあちこちに展開する。同時に周囲の空気がドンと重くなる。周りで傍観していた盗賊たちが倒れる音が聞こえる。

「ウォーミングアップをしてただけさ、次は本気で行くぞ。スペル:テンペストスーツ! スペル:ブレイズスーツ! 合成:炎嵐の衣!」

 全魔力を注ぎ込んで集めたマナで2つの魔術を合成する合成魔術だ。テンペストスーツはストーム系の上位互換で、脚に纏うブーツに対しスーツは全身に纏う。ブレイズスーツは炎属性の魔術の上級に位置する属性だ。その二つを掛け合わせ一つの魔術にしたのが、火と風属性を併せ持つ炎嵐の衣。それが、合成魔術だ。

 全身を炎と風が混ざり合い、赤と緑が混ざり合った炎を纏う。俺が立っている地面が炎の熱でドロドロに溶ける。

「これは…、面白い。それが私に通用するか興味深いな」

 興味津々に俺を見てくる。恥ずかしいからやめてくれ!

「もちろんだ! この魔術は師匠に教えてもらったもんだからな!」

 俺は地を蹴りける。支援魔術もあるからスピードは凄まじいことになっている。一歩踏み込んだだけでマルクスの目の前に迫っていた。俺が通った地面は溶けている。

「なに!?」

 驚愕の顔を浮かべたマルクスが後ろに下がる。俺の剣が空を斬った。そこで俺はもう一歩踏み出し、再び間合いを詰めて剣を振るう。だが、今のマルクスの表情は冷静で、俺の剣を容易く弾いた。

「速いだけでは私には勝てん」

 剣を交えながらマルクスが言う。俺だって知ってる。ならばこれだ。

 俺は剣に炎と風を纏わせ、剣速を上げる。

 マルクスに向けて剣を振るう。マルクスが俺の剣を弾く。だが、マルクスの剣が真っ二つに折れた。いや、折れたというより溶けて二つにわかれた。

「その炎は危険だな」

 俺の剣を避けながらマルクスの服に飛び移った火を手で消しながら言う。

 これがブレイズの特性だ。鉄を一瞬で溶かすほどの熱を帯びた炎、術者には効果が及ばないが、相手にとっては厄介な炎だ。

「であれば遠距離でいくのみ」

 マルクスが溶けた剣を投げ捨てて、拳銃を俺に向ける。俺は身構えた。

 マルクスが引き金を引くと、マナの塊が発射された。無属性の魔弾だ。俺は咄嗟に顔を庇ったが、魔弾は炎嵐の衣に弾かれた。

 あの拳銃、実弾で攻撃するものと思っていたが、魔導式拳銃だったようだ。あの大きさだと、グリップにカートリッジを入れるのだろうな。俺のボウガンと違って帝国はここまで技術が進歩していたか。だが、魔弾程度なら俺の衣が抜かれることは無い。

 勝負はあったか、俺はそう思いマルクスに駆け出して剣を振るう。

「おっと、貴様は勝利を確信したか、だがどうだ?」

 突然、マルクスの握っている右手に光が溢れだす。その光が棒状に収束し、一本の剣が生成される。光の剣は俺の剣を受け止めた。

 驚いた、見たことが無い魔術だ。いや、マナが流れてないところを見るとこれ技法アーツだ。

 マルクスが俺の剣を弾き、光の剣を俺の腹に突き刺す。俺は口から血を吐き出した。光の剣が引き抜かれ、身体の力が抜けて肩膝をつく。腹から血が溢れ出している。

「その武器は……」

 声がほとんど出なかった。痛みが無いのが幸いだったか、痛覚があったら今頃転げて悶えていた。

「ふん、腹を突いたくらいでは倒れんか」

 光の剣についた血を振り払う。

「これは私の気を集めて作った剣で、気の量によって威力が増す。貴様の剣を折れなかったのは残念だが勝負はあった」

 マルクスが光の剣を回しながら説明をする。

 俺は剣術指南でいくつか技法を持っているが、気なんてものなんて魔力やマナと違って全然知らない。剣術には全く興味がないからだ。

 続けてマルクスが喋る。

「目的を知りたかったが、まあよい、どうせエルフ絡みだろう。エルフ側がどう動こうとももうすぐ、この森は私たちの手中に収まる」

 俺は悔しかった。帝国が裏で盗賊を操り森を支配する。その意図は不明だが、言えるのは遺跡で魔物を増やしているとしたら、この森は住めなくなる。地形的にこの森は西の連合国と東の亜人国、北の竜人族国、南の極寒地帯に繫がる道しかない。それが魔物だらけになった場合、西の連合国が帝国に攻められれば、逃げ場が無くなってしまう。これが、帝国の目的なのか?

 ここは撤退するしかない、今の魔力量や負傷じゃ勝てない。炎嵐の衣もそろそろ効果が切れそうだ。込められたマナが少なかったせいで効果時間が短かったみたいだ。俺は脚に力を入れて立ち上がる。

「ほう、まだ立ち上がれるか」

 俺は口に残った血を吐き出す。

「違う、出直すのさ」

 そういうと、今まで使ってなかった左手から光を発する。

「―――待て!」

 マルクスの声が聞こえる前に俺は光に紛れてこの場から撤退した。

 閃光が晴れた頃には立ち尽くすマルクスと倒れた盗賊だけが残っていた。

「ちっ、逃してしまうとは私らしくもない、これは計画を前倒ししなければいけないな」

 そう言葉を残し、マルクスも残った盗賊を引き連れて遺跡前のテントに戻った。


 戦いの後、俺はエルフの里に向かって歩いていた。走るべきだと思っているが、腹に空いた穴がそうさせてくれない。治癒は始まっているのだが、塞がるのにまだ時間がかかるようで、いまだに穴からは血が流れている。なお、炎嵐の衣は効果が切れてなくなっている。

 この治癒効果は周囲のマナを吸収して身体を修復する魔術で、俺の身体の中のあちこちに魔術陣が刻まれている。傷が小さければすぐに塞がるが、大きい傷はすぐに塞げない。あれから、30分も経っているが一向に塞がる気配がない。

 身体の力がどんどん抜け落ち、木にもたれかかる。本格的にやばいかもしれない。少しここで休むことにしよう。

 肩にぶら下げていたバッグを漁る。中から食料を取り出して噛みついた。

 さっき使った閃光、俺の左手にある隠し芸の一つだ。左手にはマナを貯める機構が組まれていて、放出することによってマナが閃光を放ちながら溢れ出す。勢いよくやったため、今はほとんど空になっているが、時間が経てばすぐに満タンになる。まだまだ隠された機能はあるけど使う機会があれば説明しよう。

 食べた食料をエネルギーに変換し、魔力を集める。腹に空いた穴に手を当てて魔術を詠唱する。

「スペル:ヒール」

 擦れた声で回復魔術を詠唱する。傷が塞がる速度が増加して、ほどなくして傷が塞がった。応急処置程度で完治には全然遠いが、これで動けるようになった。

 俺は立ち上がり、再び歩き出す。傷は塞がっても、やはり身体は重い。

 しばらく歩いていると、どこかで草を擦る音が聞こえる。

「シロちゃん大丈夫!?」

 草むらから女性の声が聞こえた。瞼が重くて前が擦れてよく見えない。少しして、俺の前に現れたのは銀色で髪が長い女性だった。俺の身体が傾き、彼女の前に倒れこんだ。

 既に俺の身体は限界を超えており、エネルギーも魔力も残っていなかった。完全に視界が真っ黒になり、暗い中で文字が浮かびだす。

I change energy to エネルギーをロスト、lost safe modeセーフモードに切り替えます

 それと同時に彼女の声が聞こえた。

「もう、もう大丈夫だからね」

 そこで俺の意識は途切れた。


 気が付いたら俺はエルフの里に戻っていた。

 前に助けてもらった時と同じ部屋で、隣に銀髪のエルフ少女がベッドにもたれかけて寝ていた。エルフの里の里長の娘レイラだ。

 身体を起こすと、腹に痛みが走る。どうやら、塞がった後に傷が開いたようで腹に巻かれた包帯に血が滲んでいた。

 視界に文字が浮かびだす。

Because energy reachエネルギーが一定値にed a constant value,達したため、 I usually changed it通常モードに切り替え to a modeました

 この文字は、俺がエネルギーと魔力を使い切って眠ってしまう場合に限って出てくる。なぜ出るかは不明だ。2年前以前の記憶が無いから自分についての知識が抜け落ちているのだ。今わかるのは、魔術回路が人より圧倒的に多いことと、身体が自動で治癒する魔術が施されていること、俺の左手にある物のみだ。それ以外は謎で調べようとも理解できることはなかった。

 ベッドにもたれかかって寝ていたレイラが起きる。欠伸あくびをしながら伸びをする少女はまるでおとぎの話に出てくるキャラクターのように美しく、窓から入ってきた光れで魅力がさらに併せられている。俺はその美しさについ唾をのんでしまう。

 こいつこんな可愛かったっけ、と考えてみるも答えは見つからなかった。

「あ、シロちゃん! よかった生きてたぁ!」

 レイラが安心したように再びベッドにもたれかかる。

「心配させたようだなすまない」

 こいつだけは悲しませるわけには行けない。俺はそう思っていた。なにより、人に心配されるのは嫌いだから元から心配されることはしないのだが、今回は俺のミスで失敗してしまった。

「よかった、心配したんだよ」

 立ち上がって俺に抱き着いてくる。鎖骨が当たっていたい。

 不意に俺の胃が音を鳴らす。腹が減ってしまったようだ。俺の頬が少し赤くなるのを感じた。

「ご飯にしようか、ちょっと待っててね作ってくるから!」

 レイラが俺の身体から離れ、そう言うと部屋から出て行った。

 時刻は昼時だろうか、俺は1日中寝ていたのかもしれない。あの盗賊兼帝国軍の動きを見るにもう時間は残っていないだろう。

 俺はもう一度ベッドで横になり、帝国について考えた。

 イドナス帝国、この国は西にある人間国家群の西の果てにある。巨大な帝国であり、隣の連合国とバランスが保てるほど戦力があるのだ。ついでに連合国についても説明しておこう。

 リズィ連合国、この国は西にある人間国家群のほとんどの国家が集まった国家である。多くの国が集まってできているため、帝国より圧倒的に領土が広く、人口も多い。現在の代表国はレガルド王国で、うろ覚えだがレガルド王国の王の名前はアーサー・レガルドだったと思う。そして、連合国の東はエルフが住む森の隣だ。

 それに、大陸は菱形ひしがたの形をしており、連合国より東に行くには森を通らなければいけない。遺跡では、帝国軍と思われる将兵が盗賊の頭をしていて、遺跡の内部で魔物を閉じ込めている。これは森に魔物を放つしか考えられない。もし、そんなことが起きてしまえば、戦えない人は森を通ることができなくなってしまうだろう。エルフが住んでいるので魔物はほとんど掃除されているが、これも不可能になるほど増えてしまうだろう。

 そんなこと、俺が許すわけがない。俺のポリシーに反してしまうのはどうしても避けたい。なら、帝国軍やつらを殲滅するのみだ。なら、どうやってあいつらを倒すか。

 俺は左手を右手でさする。

 マルクスと言っていたか、あいつの主武装は帝国製魔導式拳銃と光の刺突剣、特に奴の刺突剣はかなり厄介だ。気で練られて出来ているために、折ることもできず、折れたとしてもすぐに修復してしまう可能性がある。俺が稀に使う付与魔術エンチャントマギカも一部破壊されても修復する。それと同じことが起きるかもしれないのだ。自動修復も対策が必要か、問題がいろいろあって頭が痛くなる。痛覚は無いがな。

 対策その1、俺が完全な状態で複合極大魔術でマルクスごと森を吹き飛ばす。いや、やってしまったら連合国にも懸賞金をかけられたり、エルフに恨みで狙われてしまうそうだ。却下だ。

 対策その2、左手の力を使って威力のマシマシの魔術でマルクスを焼き殺す。これもダメだ。そもそも、マルクスの速度が速すぎて避けられてしまうだろう。却下だ。

 対策その3、これ以上思いつかないのでごり押しで倒す。論外だ。却下。

 ダメだ。頭が回らない、起きた後なのかお腹が空いてるのか、頭の回転が圧倒的に足りない。勝ち筋は無いのかもしれないけど、どうしても勝たなければいけない。

 ふと、あることが頭をぎる。

 やっぱり、あれを使うしかないのか、左手にある力、その応用方法を師匠に教えてもらっていた。だが、俺自身この左手の力があんま好きではない。大きい力を手に入れるが代償がでかすぎる。使えば勝てる可能性はあるけど、俺が無事に済むかわからない。迷っている暇はないのはわかっている。だけど、怖いんだ。この力を使うのが、使えばドス黒い感情が心の底から溢れてくる。飲み込まれてしまったらエルフまで巻き込んでしまう。だから使いたくないのだ。

 でも、一部だけなら代償が発生することはないから大丈夫だ。勝てそうでなければ全開する。これで行こうか。

 考えを終わらせると、部屋の扉が開き、レイラが入室してくる。

「シロちゃん、ご飯ができたよ」

 疲れ切った顔でレイラが近づいてきた。気が付いたら時間がだいぶ経っていたみたいだ。

「あぁ、今行くよ」

 起き上がろうとすると、レイラが俺の身体を支えてくれる。

「ありがとう」

 俺が礼を言う。

 レイラの肌が至近距離で見える。彼女から甘い果実の匂いがする。美少女に肩を貸してもらえるなんて経験はないから少しドキドキしてしまう。でも、胸が無いのが少し残念だ。鎖骨は可愛いから問題は無いけどね。

 レイラに連れられて居間に来た。テーブルの上には数々の豪華な食事が並べられており、普通の人では食べきれない量だ。

「これ…、全部……?」

「そうだよ! 前にシチューだけじゃ足りないって言ってたから、大量に作ったんだ!」

 レイラが俺の前に出て両手を大きく広げる。

 こうしてみると、レイラがどこかの貴族に見える。エルフ族だから服装は素朴なんだけどね。

「やあ、また会ったねシロ君」

 テーブルの奥で声がした。エルフの里の長、エド・ハイウッドだった。娘がいるのだから父親がいても不思議ではない。

「あぁ、すまんなこんなざまで」

「いやいいさ、答えは決まったんだろ?」

 お互いに笑い合った。

 全員が席につき食事を始める。俺はいろんな食べ物にガブリつく、その様子をレイラが嬉しそうに見ている。

「ところで、どうでした?」

 しばらく食べてからエドが話しかけてきた。敬語ってことは依頼のことだろう

「ふいふぉふふんばふぁらふへひた」

「………?」

 おっと、食べ物を口の中に入れたままだった。そのまま飲み込んで話を最初から始める。

「実は帝国が関わっていたんだ」

 エドが驚愕な表情をする。

「帝国ってことは森を支配しようと企んでいるわけか、だから帝国の兵がうろついてるのか」

 なるほど、帝国軍がうろついているなら納得がいく。やはり、帝国軍はこの森を支配するつもりだ。

「ならどうする、俺を雇うか?」

 俺はもう答えを決めていた。帝国と戦うことを。いや、正しく言えば俺は元から帝国と敵対しているのだがね。

「わかりました、金貨50枚も集められるかわかりませんが、その分現物で払います」

「金貨50枚も!? それに現物って言ったらシロちゃんの今の食事だけで金貨2枚分だよ!」

 レイラがエドの言葉を聞いて丸い目をする。そのあとに、同時に俺とエドが口からスープを思わず吐き出した。

 食事の安い宿屋で最低価格は銅貨1枚、高くて銅貨4枚だ。高級宿屋だと、安くて銅貨6枚、高くて銀貨1枚だ。今食べている食事は、レイラが言うに10人前らしい、それが金貨2枚分ということは1食銀貨2枚ということだ。高級宿屋より高いなんて驚いた。と同時に呆れもあった。

「レ、レレレイラァッ!? 金貨2枚ってどど、どういうことだ!」

 エドの顔が強張っている。エドにとっても予想外の出来事みたいだ。俺にとってもだけど。

「だってシロちゃんが食べたい言ってたから作ったんだよ?」

 確かに、俺は食べ足りないとか言ってたけどこんな高級な食事を食べたいとは言ったわけじゃない。

 エドの方をチラリとみると、エドが頭を抱えていた。

「金貨2枚も…、来賓用の食事を5日分も……」

「あっ」

 そこでレイラが何かに気が付いた。

 エドの言葉が正しければこの食事は来賓用だ。それを俺が食べてしまっている。金貨2枚分を…。少し申し訳ない気分になった。

「シロ君、食べて構わないよ。作ってしまった物は食べるしかない」

「すまない、お言葉に甘えて食べさせてもらうよ」

 謝っておく、言わないと俺の気が済まなかった。

「話をふぉどすとふおう」

 食い物を口に放り込みながら喋る。

「奴らが動くのは速くて今夜、ふうへひふぁふる…だろう」

 途中、口に物を入れて飲み込む。今ので6人前分は完食した。

「そんなに早く、すぐに兵を集めないといけないな」

「兵はどのくらいだ?」

「ざっと60人だろう」

 60人だと、少なすぎるな。帝国軍は遠征させれば2万はくだらない数を送ってくる。実際に俺が戦った時には10万もの帝国軍と死闘を繰り広げた。あれは相当大変だった。あの戦場で合成極大魔術を成功させたんだっけ、あれで帝国軍の半分以上を消し飛ばして撃退した。

「60人じゃ足りなさすぎる。帝国軍を相手にするなら最低でも2万は必要だ」

 戦場で戦った者としての意見を述べる。帝国軍と実際に戦うとしたら並の兵士を2万いないと話にならないのだ。だが、エルフ族は長寿なゆえに人口が少ない。知っていたことだが、ここまで少ないとは思っていなかった。

「2万…、森全体からかき集めたとしてもそこまでは集まらないな」

 顎を手で支えるエド、しばし長考を続けていると、何か思いついたような顔をする。

「人数が足りないのであれば、私たちにできることで補いましょう」

「いったいどうやって?」

 何を思いついたかはわからないが、聞いてみる。

「それは準備してからのお楽しみさ」

 それから、俺たちはエドから作戦を聞き、それらを調整しながら作戦を練りこみ、人員や設備の配置に夢中になって、気が付けば夕方になっていた。

「ふう、やっと完成したな」

「これも全部シロ君のおかげだよ」

 全ての作業を終わらせて満足した俺とエドは里の新築のやかたの広間で話していた。

「この館を使ってくれ、報酬はこの館だ」

 外から見た感じ、貴族が持っているような少し大きい館だった。元々、新しく貴賓館として建てていたのか、内装はとても豪華で金ぴかで目が眩しくなるほどだった。広間を見渡すと、天井には大きなシャンデリアがぶら下がっており、壁には薄ピンク色の壁紙が晴れており、床には大理石の床の上に赤いカーペットが敷いてある。

 俺はエドの方に向き、困惑した視線を送る。

「おい、これが報酬だと? どう考えて金貨50枚を超えてるだろ」

「そうだ、この館は値段にすると金貨250枚相当、シロ君の依頼に払う金貨50枚と比べれば50枚がくだらなく感じる値段さ」

「ならどうして俺に?」

「里を救ってもらえるんだ。この館ぐらいお安い物さ」

「なるほどね」

 現物と言った結果がこの館か、金貨250枚と聞いて驚いたが、理由を聞けば納得だ。といっても、こんな高い物受け取れるわけないのだが、依頼を受けた以上、断ることはできないだろうな。別に館は1つ持ってるから手に余るんだがな。それと1つ気になるのが。

「この館にはメイドはいるのか? 俺が全部掃除するのは勘弁だぞ」

「その点に関しては問題ない。里からメイドを数人持ってこよう」

「エルフにもメイドっているのか?」

 エルフ族は自然と共に暮らす種族だ。執事とメイドと言う職業があるのが驚きだ。そういえば、出稼ぎに行くエルフもいるんだったな。

「私の里は出稼ぎが主な収入源でね、執事とメイド経験がある者がいるんだ」

 ふむ、と頷く。

「エルフ族は顔がいい者ばかりだ。シロ君にとっては刺激が強いかもしれないぞ?」

 エドが耳打ちでトンデモ発言をした。つい、エルフメイドが悶える想像をしてしまい、顔が真っ赤っかに染め上がる。

「お、俺を子供じゃねえ!」

「ハハハハッ、そっち系はまだと見える、顔が真っ赤だぞ」

 エドにからかわれる。赤い顔を両手で隠し、エドに背を向ける。想像してしまったとはいえ、経験が無いのが悔やまれる。だって、今まで魔術の修行をしてたんだもん! ここまでだって、独りで旅をしてたし、修行だって師匠と2人だけだったし、他人とはほとんど話したことないよ!

 俺はエドに弄られながらも楽しく話した。

 じきに執事とメイドが到着した。総勢10人、俺にとってはやや少ないが、この館だけの管理ならできるだろう。エドの言った通り、全員の顔が綺麗で美しく、礼儀作法もしっかりとしていた。

「ユダの館へようこそお嬢様、私は館の執事を仰せつかります、エルウィンと申します。よろしくお願いいたします」

 執事のエルウィンが前に出て挨拶をする。エルウィンがお辞儀をすると、後ろのメイドたちもお辞儀をする。

 ユダと言うのはこの里の名前である。今まで喋られてはいなかったが、この里の名前だ。

「お嬢様はやめてくれ、シロでいい」

「では、シロ様でよろしいでしょうか?」

「よろしい」

「かしこまりました」

 再び、エルウィンがお辞儀をする。

 今の時間は夕方だったかな、お腹が空いてくるころだし、身体を完全に近づかせたいところだな。俺はパンと手を叩き執事たちに命令を下す。

「最初の仕事だ、夕飯の準備をしてくれ」

「そういうことがあろうかと、既に用意は出来ております」

「ほう」

 なんと有能な執事だ。会う前に俺の欲しいものを当てるとは、とはいえ夕時で腹が空いてくる時間だし、用意しているだろうとは思ったが、それができるならなかなか有能そうな執事ではないか。

「エルウィンには事前にシロ君のことを伝えていたんだ」

「ふむ、それで」

 俺はうんと頷いた。

「よろしい、期待していするぞ」

「仰せのままに」

 大陸の北で館を持つ主の経験は詰んでみるものだな、なければ扱いに困っていたものだ。

 ともあれ、まずは帝国軍との戦闘のために腹ごしらえしなくてはな。

「シロ様、私が食堂までの案内をいたします」

 一人のメイドが前に出てお辞儀をする。レイラには及ばないが綺麗な金髪ショートのエルフメイドだ。

 メイドに案内される前にエドに振り返って話しかける。

「そうだ、エドも食事どうだ? 館をくれるんだ、お前も食うといい」

「あぁ、今の所有権は君にある、ありがたく招待されよう」

 エドに快諾してもらったので、最終調整を含めながら食事をすることにした。

 ユダの館のメイドが作る料理は絶品だった。流石、出稼ぎでメイドとして料理を学んでいただけあって、貴族のように美しく美味しい出来だった。

 今日起きてから食べている気がするが、これでも体内のエネルギー量は半分にも達していなかった。今思えば納得できる。レイラが振舞ってくれた料理、あれは高級であるがために食材に元からあるエネルギー量が少ない。今食べている料理は素材そのものを活かしており、エネルギーができるだけロストされないように調理がされている。これも、俺の事情を汲んだ執事の手腕だろう。それに、俺は今までの旅では木に生えた木の実や狩った動物の肉を食べていた。素材そのものを食べていたからエネルギーを多く得ることができた。

 仕組みを解説すると、物にはエネルギーと言うものが中に内包されている。それらは、例えば焼いたりとか凍らせたりなどすると、エネルギーはその分ロストする。時が経つだけでもエネルギーは消えるし、元々少ない物もある。人間もそうだ。人間には物のエネルギーを直接吸収する方法はないが、消化のプロセスを得ることによって、エネルギーを手に入れることができる。俺の身体はそこが特殊で消化せずに直接エネルギーに変換する機構になっている。そこんとこは謎で俺にもわからない、俺の身体は謎だらけなんだ。

 だが、わからないからと言って使わないわけにはいけないんだけどね、謎のまま終わるの嫌だしね。

 食事が終わり、体内のエネルギー量が7割に達した。完全とはいかないが、ほぼフルパワーを出せる。あとは左手を使えば帝国軍は蹴散らせるだろう。

 メイドたちに食器を片付けてもらい、エド側の使用人たちが資料をテーブルのいたるところに置く。

「では、作戦の最終調整を行う!」

 これには、日が完全沈んでから1~2時間くらい費やした。あたりが闇に包まれたように真っ暗になっている。戦闘できない者は全員避難してある。

 俺は最終調整が終わってから里の中心に立ち、刀を地面に刺して両手を柄に置いていた。

 俺の予想ではあと少しで帝国軍および帝国の操り人形となった盗賊共が攻め入ってくるはずだ。エルフの偵察が帝国軍の動きを掴んだからだ。ほぼ同時に盗賊側も動き始め、歩きで20分の距離まで進んでいるとも報告があった。

 この動きはエドが予測しており、作戦は予定通りの進行だ。エドの作戦設計はとても才能があるもので、敵の心情や意図を読んで作戦を練っていた。一緒に練っていた俺としては驚きであり、羨ましいとこもあった。

 

 まもなくして、エルフと帝国軍、盗賊の闘争が幕を開ける。

 戦闘に参加した人数。

 エルフ側、弓兵38名、魔術師10名、剣士16名。

 盗賊側、剣士125名、魔術師27名、弓兵20名。

 帝国側、剣士563名、魔術師210名、弓兵147名。

 総勢、エルフ64名、盗賊152名、帝国920名。

 戦力差は圧倒的に相手の方が上だった。これにエルフは恐れると思いきや、そんなことはなかった。むしろ戦意が溢れんばかりにある。

 先制攻撃は盗賊が先行し、帝国軍が後方で支援をする形で里に接近してきた。

 この動きはエドが完全に読んでおり、盗賊の進行を防ぐべくエルフの弓兵隊の約20名が臨機応変に迎撃する。エルフの弓から放たれた矢が盗賊を次々に貫いていくが、帝国の遠距離射撃により効果はあまり見られなかった。特に帝国軍の圧倒的な物量により戦線は着々と里側に後退していった。

 戦闘開始から10分が経過した。

 戦況の変化は帝国側の悲鳴によって変化する。

 里の指令室に一報が届き、座っていたエドが立ち上がって次の指令を出す。

「魔術師に伝達! 各種罠を起動せよ!」

 エドの一斉により、魔術師が戦線のあちこちに仕掛けた罠を起動しはじめる。

 帝国軍の東側で大きな砂埃が巻き起こる。一部隊が落とし穴によって消えていった。下には鋭く削られた槍が設置されており、槍には家畜や狩りで狩った動物のフンが塗り付けてあった。生き残った兵士が叫ぶ。

「なんだこの匂いは?」

「クソだ、クソが塗り付けられてる!」

 落とし穴の周辺にいた帝国軍が一歩後ずさる。その隙をエルフが絶妙な射撃で仕留めていく。帝国軍の悲鳴が森に木霊した。だが、それだけでは帝国軍は止まらない。

 落とし穴に岩が飛び入り、どんどん落とし穴を塞いでいく、魔術師による土属性の魔術だ。細かい魔術操作によって落とし穴は平らな地面に変わる。その上を帝国軍が突き進む。

 エルフ側もこれ以上進めまいと矢を放つが、効果は薄かった。

 指令室にいるエドが命令を下す。

「本隊は前線を後退、次の段階に移る。別隊の状況はどうだ?」

 報告を受けていた一人のエルフがエドに向き口を開く。

「はい、現在西側で帝国軍の別動隊と交戦中とのこと、作戦に支障はありません、西では罠が絶大な効果を上げているそうです」

 エドがうむと頷くと、里の中央の広場に佇むシロに視線を向ける。

 シロの足元には広場を埋め尽くすほど巨大な魔術陣が展開されていた。周辺にあるマナは魔術陣に集まり、魔術陣がある場所以外の空気中にはマナが極限に薄くなっていた。しばらくすれば、里周囲の戦場にも影響は出るだろう。だが、戦場に魔術師は一人も出ていない。それがエドの狙いだった。

 作戦は、まず第一段階に敵主力を東に誘導、後に交戦を開始する。弓兵本体が前線を後退し、帝国軍を罠に嵌めて数をできるだけ減らす。罠に嵌めたら前線をできるだけ固定させ、敵を罠で警戒させて進行を遅らせる。

 この段階では、実際に盗賊6割、帝国軍2割の損害を与えることに成功している。これにより、盗賊の大半は戦線から敵前逃亡をした。

 第二段階は、一定数まで敵戦力を減らしたところで本隊の前線をさらに後退させる。これにより、敵は奥に進み、前線を固定したところで事前に忍び込ませておいた剣士隊を敵の左右の翼に奇襲をかけさ、攪乱かくらんして乱戦に持ち込む。それに合わせて、弓兵隊の弓矢の援護をすることにより、できるだけ多くの犠牲を帝国軍に支払ってもらう。

 最終段階では、残りの敵の残存戦力を里に招き入れ、シロに施してもらった魔術により一網打尽にする。

 これがエドが考えた作戦だ。

 なお、どの段階でも罠は使用されており、敵兵を疲弊させる考えもエドにはあった。

 話を現実に戻し、戦場ではエドが発案した作戦の第二段階が進んでいた。

 弓兵隊が前線を引き下げ、敵主力を招き入れようとする。

 しかし、帝国軍の指令を務めていたビーゲス・フォン・アルビオン大佐は前線を下げる意図を読んでいた。

「ふん、俺を舐めおってエルフ族は知能が高いと聞いていたが間違いだったようだな」

 熊のように大きい体系をし黒い肌をした大男は、テントで張られた指令所で椅子に座りふんぞり返っていた。

 彼の頭の中には、戦術図が広げられており、部下の逐次報告により盤上を埋めていく。西の奇襲隊からの報告では敵の罠で足止めをされてしまい、拮抗状態と言う。東の主力からの報告では着々と前線を押し進めており、エルフの里陥落まで寸前のところまで行っているという。

 そこでビーゲスは疑問に思っていた。盗賊を操っていたマルクスの報告によるとエルフの里には、現在魔術師と名乗っている少女が味方をしている。その彼女がなぜ戦線に現れないのか疑問に思っていた。むしろ、本命は彼女なのだ。本来であれば、盗賊率いるマルクス少尉だけで遂行する計画であった。しかし、彼女の出現がきっかけで帝国軍を動かさないといけない状況になってしまった。

 以前、マルクスから報告を受けたビーゲスはすぐさま、直下の部下に調査に向かわせていた。しばらくして彼の下に急報が届く、魔術師の正体は大陸の北側で現れた『隻眼の魔女』ということ、隻眼の魔女と言う言葉を聞いたビーゲスと周囲の側近たちは愕然と戦慄で身体が震えてしまっていた。ビーゲスは過去の行われた侵攻大敗退事件を思い出す。

 大陸の北側で竜人族に対し、侵攻していた約100000名もの帝国軍が一人の魔術師によって壊滅された事件である。死者約90000名超、負傷者約6000名、多大な被害だった。思い出しているビーゲスもトラウマになるほどの経験だ。戦場では死体の灰が一つも残らず、極大魔術の連発により火山が3つも消し飛んだ。その戦い、いや一方的な殺戮と言うべきであろう戦闘は、生き残りの話が広がり、戦闘中の彼女は片目だけが赤く光っていたことから、帝国では隻眼の魔女と言われるようになった。それと同時に大陸の北側では魔女の二人目が現れたことにより軍上層部は侵攻を諦めるしかないと作戦の中止になるほどの衝撃があった。これが、侵攻大敗退事件の概要である。

 回想から戻り、ビーゲスは考える。わざと前線を引っ込めるなら、次につながる戦術を当てはめていく、戦力が少なく罠などで戦力を補強する戦い方に自分が立ち分析する。

 エルフ側の兵が少なく、次にとる行動を予測したビーゲスは主力に命令を下す。

「主力本体一時後退、左右に展開し伏兵を探し出せ!」

 伝令兵が飛び出し、ビーゲスが出した通りの動きをする。

 一方、潜伏していた剣士隊率いる隊長のレイラ・ハイウッドは伏兵を探していた帝国軍主力の左翼の一部隊と交戦中だった。各エルフの里から選抜された優秀な剣士を集めた隊、その内の半分の8名に対し帝国は約100名の混合隊だった。

「みんな、囲まれないように気を付けて!」

 ロングソードを振りながらレイラが叫ぶ、各剣士たちが移動しながら戦闘を繰り返し、囲われないように敵主力の翼の端から削りにかかる。

 これには、状況の変化に先に気付いたエドから指令があり、作戦の変更が伝えられていた。

『奇襲隊は潜伏を中止し、敵主力の左翼を叩け』

 この令により、剣士率いる奇襲隊は敵主力の左翼への奇襲に成功していた。

「怯むな! たかがエルフの剣士8人程度、帝国の敵ではない!」

 帝国軍の隊長格とみられる男が兵士を鼓舞する。帝国軍の兵士が数で包囲せんとエルフの剣士たちに迫っていった。

 レイラはそれ以上の速度で兵士たちを次々に斬り捨てていった。一人、また一人、次は同時に3人と着々と帝国軍兵士の数は減っていく。

「私の剣は師匠に教えてもらったもの、帝国に負ける剣ではない!」

 レイラが叫び、咆哮とも思えるほどの気合がこもった斬撃で兵士を真っ二つにする。それに続き、レイラが率いている剣士たちが切り込む。

 その頃、右翼の方では、レイラの師匠のルルイド・マーシェが戦場で暴れていた。

 エルフで長く伸ばした金髪にイケメンな面構え、銀の鎧を身に纏い手にしているのは大人より大きい大剣、戦う姿は鬼神そのものであった。

「帰ってきたらいきなり帝国と小競り合いとは度が過ぎるぞ!」

 叫びながら振られる大剣は同時に帝国軍の兵士を10人同時に切り裂く。鮮血が周囲に飛び散り兵士の鎧やルルイドの鎧を赤く染めあげていた。

 実は、彼は数か月前から里を離れていた。帰ってきたのが、帝国軍が侵攻する数十分前で計画が始まる直前だった。

 ルルイドが心の中で舌打ちする。長旅で疲れていて里に戻ったと思えば戦火の中に放り込まれていた。そのことで彼はいらだっている。

「はぁ、ストレスが溜まって禿げそうだ。私だって歳なんだ、もう少し労わってもいいとおもうがね」

 剣舞で舞う血飛沫の中笑うルルイドはいい笑顔だった。周りのエルフがルルイエをみて顔が引き攣った笑みをする。

「ああでも、森の中にはこんなにもサンドバッグがあるんだからいくらでもストレス発散ができる」

 また一人、宙に舞いながら真っ二つに裂かれる。

 既にルルイドの横では帝国軍の死体の山が積み上げられており、100人いた兵士は30人を切っていた。

 作戦開始から1時間、帝国軍の右翼は壊滅的状況だった。たった一人のエルフ剣士によって。


 魔術陣を展開してからどれだけ時間がたっただろう、陣を構築していた俺シロは作業を終えてエドからの伝令兵に指令を受け取っていた。

 エドからの情報によると、帝国軍右翼は壊滅、左翼は健在ということだ。さらに悪い知らせだったのが、帝国軍の中央部が里に向けて進行している最中ということだった。エルフの剣士隊は左右の翼につきっきりで動けない状態だという。そこで俺に出番が回ってきた。

 作戦が始まる前のブリーフィングでエドは言っていた。

『できるだけ俺たちだけで戦ってみる、もしピンチになったら君に頼るかもしれない』

 と言っていた。でもエルフはやれている方だ。本来であれば万は超える軍勢のはずの帝国軍が千の数で攻めてきているのだ。運が良かったと言った方がいい。それに、俺にも戦う出番は欲しかったところだ。まだマルクスにやられた借りを返していないからな。

「以上です」

「ご苦労、他の魔術師は陣の維持に努めてくれ」

「はい!」

 伝令兵が指令所に向かって走り出し、俺が他の魔術師たちに命令を下す。

 陣構築で地面に刺していた刀を手に取り抜くと、森に向かって走り出した。エドからもらった情報を思い出す。

 帝国軍中央の兵力は約100名にも満たない、恐らくマルクスが率いる精鋭部隊だろう。なら、全力でかつ徹底的に叩くのみだ。

 腰に下げている杖と手に持った剣を入れ替え、魔術の詠唱を開始する。最初は、支援魔術で自身の強化を行う。使うのは、炎嵐の衣のさらに上の魔術。消費魔力が激しくマナの消費も多い。杖の基本的効果は消費魔力の抑制だ。これにより、効率的にマナを集めることができ、陣構築する際も必要なリソースも削減できる。だが、現在は複合極大魔術の陣構築を先ほどまで行っていたため、森内部のマナは不足している。

 そこで、俺はベルトのポーチに入ってる瓶を取り中身を一気に飲み干す。

 これは、マナポーションと言い、マナを液体状に凝縮することによって効率よくマナを摂取することが可能になる。これには、魔力の消費は無く、高価ではあるものの非常にマナ効率が高いアイテムだ。

 合計で6本のマナポーションを飲み干し、体中に魔術陣が浮かび上がる。

「吹き荒れる天災、燃え盛る火山、合わせるのは天変地異の意! カスタム:天炎の衣!」

 スペルを唱えると、左手が青く光だして盾の模様が浮かび上がる。その模様から青い線が伸び、俺の身体の隅々にまで行きわたった。瞬間、身体が炎と風に包まれ、一つの衣として現れた。

 これが、完全体であるときにのみ使える魔術だ。魔力とマナの効率が物凄く悪くてエネルギーが満タン状態でないと扱えない。なので、戦闘に参加する時は最初に行っていることだ。今回はエドからマナポーションを貰っていたからマナや魔力の消費はほとんどない。

 それと、今回はスペルとは別にカスタムという魔術を使っている。魔術には二つの詠唱方法がある。用意されたスペルで組み合わせていき、即時発動するタイプ。スペルではなく言葉を組み合わせてスペルを作るタイプ。この2つだ。

 衣の力で上空に飛翔して森の奥を観察する。奥で弓兵隊のエルフが奮戦しているのが見える。相手に被害はほとんど出ていないが足止めにはなったようだ。

 空中で加速し、敵陣の中へと突っ込んでいく、途中に杖と刀を入れ替えて、地面に着地する際に帝国軍兵士の首を3人分吹き飛ばした。

「ハハハッ、気分が高まるぜぇ!」

 俺の刀に付着した血を舐め取り、歪な笑みを浮かべる。トンガリ帽子の下の陰には赤い目が光り、顔に数本青い線が通っている。

 これは、俺の左手にある力、紋章の力だ。効果は守ること、代償は感情だ。使えば使うほど力が高まり、気分が高揚して終わった後には後悔と言う感情が溢れだす。もし、感情を抑えきれずに飲まれてしまったら力が暴走する。俺にとっては厄介な代償だ。

 以前に俺は帝国軍との戦闘で暴走させたことがあり、火山を3つ吹き飛ばしたことがある。過去を思い出した俺は顔をしかめる。

「あ、あいつは、隻眼の魔女!?」

 兵士の一人が叫び、腰を抜かす。

 俺、いつの間にか恥ずかしいあだ名で呼ばれてるのか、恥ずかしすぎて穴にこもりたくなる。

「だれが隻眼だ! 俺はシロ、お前たちを屠るものだ!」

 剣を構え、帝国軍の集団の中に走る。

 天炎の衣が刀に絡みつき、威力と速さを増していく。一太刀で兵士の首を一気に8人分斬り飛ばす。

「ヒャァァァッ!? 無理だ、魔女相手に勝てるわけがない!!!」

 兵士が背を向け走り出した。だが、俺はそいつらを逃がさない。

「アハハハハハ、逃がすわけがないだろ、スペル:ディザスターサークル!」

 俺の周囲に巨大な魔術陣が出現して、透明な天風の刃が荒れ狂う。この魔術は俺が極めた風属性の最終形態、それがディザスターだ。天災としてあらゆる災害を巻き起こすことができるようになる。これを習得したおかげで俺は帝国と関わる羽目になったのだが、今気にしても仕方がない。

 逃げようとした兵士、戦おうとした兵士たちが瞬時に細切れにされた。巻き込まれた兵士は悲鳴を上げる暇もなかった。刹那の間に兵士を切り刻む風は赤く染まり、周りに血の雨を降らせた。

 俺の魔術は一度に80人前後の帝国軍兵士を血の雨に変えていた。

「フフン、フフフフーンフフン」

 俺は血の雨が降る中、クルクルと踊っていた。なかなかいい趣味をしてると俺は思う。これも感情が高ぶることによってやってしまったことだが、やめることはできない。感情は抑えられている方だ。

 突然、俺に向けて刺突剣が飛んでくる。ギリギリで気付き、顔を少し動かすことによって回避した。刺突剣が地面に刺さる。

「やはり生きていたか、次こそは息の根を止めてやる」

 いつの間にか近づいていたマルクスが刺突剣を引き抜く、無駄な動作なく剣を俺に向けてきた。

「会いたかったぞマルクス、お前の息の根を止めてやるからそこを動くな」

 マルクスに振り向き、歪な笑顔をする。マルクスの顔が少し引き攣り俺を睨む。

「残念だが殺されるわけにはいかん、……ッ!? その眼、貴様隻眼の魔女か、なぜこの場所に?」

 マルクスの手が少し震えてるのが見える。こいつ、俺が怖いのか? 面白いところもあるもんだな。

「帝国ではそう呼ばれているらしいな。 なぁ、あの時みたいに俺に穴をあけないのか?」

 もちろん、傷をつけさせるわけにはいかない。痛いのは嫌だからね。

「ふ、もちろん空けてやるさ、そうだな前回も圧倒できたんだから今度も……」

 喋るたびに小さくなっていくマルクスの声は独り言と化している。俺にはこいつが何を考えているのかわからない。

 俺は天炎の衣にマナを流し込み、衣の力を引き上げる。気が付けばマルクスが両手に光の刺突剣を出している。お互いにやる気は満々だ。

 お互いに隙を探る。しばらくの静寂の中先に動いたのはマルクスだった。マルクスが一歩で俺の目の前まで迫る。

「貰った!」

 マルクスが両手に持った光の刺突剣を連続で突き出す。対して俺は刀で刺突剣を難なく受け流す。

 攻撃が止んだ隙を見て、刀をマルクスの喉に向けて振るうが防がれてしまった。マルクスが後ろに飛び下がる。

「貴様、やはりあの時とは違うな」

「当たり前だ、あの時の俺は不完全だったもんでな」

 不敵に笑みを浮かべる。遺跡で会った時は空腹で魔力もほとんどなかった。今は違う、俺には魔力もマナも有り余っている。それに、今回は左手の力も使っている。だからこそ、マルクスに勝ち目はない。

「今は事前に準備していたからな、お前に勝ち目はないぞ」

「ほざけ、俺に勝とうとは10年早いぞ!」

 言い終わる瞬間にマルクスが踏み込む、さっきより速度が増した刺突剣が俺に迫る。それでも、余裕を残しながら刀でさばいていく。攻撃の手を止めずにさらに速度を上げてマルクスの刺突剣が飛び出し、俺の刀が受け流す。その繰り返しをまた行い、さらにさらにマルクスの刺突剣の速度が上がる。

 この剣戟の中、先に限界を迎えたのは俺の方だった。

 俺の速度を越した刺突剣が刀の横をすり抜けて迫る。狙われるのは急所、俺は身体を捻じり急所に当たるのを防ごうとした。だが、刺突剣は俺の身体までには到達しない。天炎の衣に阻まれ止まっていた。

「な、通じないだと……!?」

 マルクスが後ろに飛び驚愕の顔をする。

 当たり前だ。俺の衣は最上級より上の極めた者だけが習得できる魔術を複合したものだ。ヴォルケーノ系とディザスター系は習得するのに半年以上はかかった。それを複合できるようにするだけでも大変だった。それが、容易く破られれば俺の魔術師としてのプライドが粉々に砕けてしまう。

「どうやらお前の攻撃は俺に通じないみたいだな、ククク」

 不敵な笑みを浮かべてマルクスを見る。マルクスの顔が驚きに染まっていた。

 いいぞ、その顔を見て力を使った甲斐があった。今度はどんな顔をするか楽しみだ。次は腕を斬り飛ばして楽しんでみようか。

 感情が膨れ上がった俺はマルクスに向かって歩き出す。マルクスも同時に後ろに下がっていった。

「ど、どうして私がこんな……、お前は一体…何者……なんだ?」

「俺はただの魔術師さ、ちょいと左手に特殊な力が宿っちまったちっぽけな少女さ」

「少女だと、その言葉といい魔術といい、貴様に普通なところなんてない!」

 ああそうだ、俺みたいな境遇の少女なんて世界で俺しかいないだろう。もしいたら会ってみたいものだ。さぞかし、特殊な運命にあるのだろう。俺もそうだ。あることあること、帝国やら連合やら魔族やらややこしいことに巻き込まれてしまう。散々だ。

「それにその左手、まさか貴様…、紋章使いなのか?」

「紋章使いか、その言い方は気に入らないな」

 紋章使い、もちろん俺のことだ。俺の左手の力が紋章という名前だ。紋章とは自分がその時に望んだ力を形にして紋章になる。俺の場合は、最初から宿っていたが効果は盾。守る力だ。

 だが今は盾の力は使っていない、紋章は起動しているがマナ供給だけだ。師匠が調べて判明したことで、紋章の構造ではマナを保管する貯蔵庫があるらしく、そこに魔術回路を接続することによって、魔力消費をほとんど抑えてマナを供給できる。紋章はマナが減ると自動的に周囲の空気からマナを取り込む。その機能を応用しているのだ。

 とはいえ、紋章を起動すれば軽い代償は来る。俺はそれだけでも怖かった。

 話を戻して、俺は紋章使いと言う言葉は気に入らない。○○使いってのは安直な気がするんだ。だから、思い出すたびに考えていたが現在まで答えは出ていない。何かいい案はないだろうか。

「紋章の別称でギフトとも言われている、ギフターはどうだ?」

 なんとマルクスが乗ってきた。

 だが、ギフターも気に入らなかった。一瞬、カッコいいんじゃないか? とも思ったけど、なにかグンと来るものが無かった。

「ダメだ、しっくりこない」

「なら紋章使いで……、紋章?」

 マルクスの様子が変わった。考える素振りをして次第に笑みに変わってくる。

「ある、俺にも皇帝陛下から授かった力がある!」

 その言葉を聞き、俺は心臓を掴まれる感覚がする。

 皇帝陛下と言うやらが使う紋章は俺にも覚えがある。帝国に敵対するに至ったきっかけもそれだった。

「お前、まさか紋章ギフトの紋章のギフトを貰ったのか!?」

「そうだ、俺の右腕には紋章がある、袖で隠れていて忘れていたよ」

 マルクスが袖を捲り、右腕にはプレゼントの箱の様な灰色の紋章が刻まれていた。暗いからわかりにくいが、俺の衣に照らし出されただけでも俺の記憶と合致していた。

「ハハハハッ、この力があればお前に勝てる! 俺の勝ちだ、雑種!」

 マルクスの紋章が起動する。紋章が黒く光りマルクスの周りを灰色の闇が覆う。晴れると漆黒の模様が刻まれたマルクスが立っていた。両手には黒く染まった刺突剣、筋肉が増えて服がパンパンになる。俺の知っている紋章に酷似していた。

「これが紋章の力、これが我らが帝国の力!」

 俺は吐き気がした。自身の目に映るマナの流れは黒一色で不快なほどマルクスから溢れ出ていた。紋章は天から授けられるものだと言われているが、これが天から授けられるなんて思えるはずがない、禍々しいオーラを放つそれはまさに地獄からの紋章ギフトだ。

「溢れる、力が溢れるぞハハハ!」

 刺突剣を地面に刺して、馴染ませるように手を閉じたり開いたりして天に向ける。同時に禍々しいオーラが増していく。

「………」

 俺は言葉が出なかった。口の中に苦虫を嚙み潰したような味がして顔をしかめてしまう。記憶があるのは2年分しかないが、久々に紋章の紋章によって与えられた紋章を見た。3か月前ほどだったか、あれのせいで俺は大切なものを一つ失ってしまった。俺の紋章の代償で後悔も増幅してしまい暴走してしまった。そんな過去を思い出すだけでも吐き気がした。

「これが、紋章の力いいぞ、お前もこんな感じで私の部下たちを殺したんだろ?」

「………」

「まあいい、何も言わないのなら続きをしようではないか」

 マルクスが刺突剣を引き抜き構える。俺も刀を構えなおす。

 お互いに動きだし剣を交える。十数回の剣戟をを繰り返し剣を交えるたびに剣速が上がる。剣を弾きあう中、先に傷を与えたのはマルクスだった。

 俺より速い速度で刺突剣を天炎の衣を貫き右肩と左腕に突き刺さる。

「ぐはぁっ!?」

「どうした貴様、もう終わりか?」

 赤く光る眼で俺の顔を覗き込む。

 そんな顔で俺を見るな不愉快だ。不愉快すぎて感情の制御ができなくなってしまう。そうなってしまえばエルフの里ごとこの森を焼き尽くしてしまう。自分を抑えなければ。今の俺にはそれしか考えられなかった。

 刺突剣が引き抜かれ、再び剣戟が始まる。今度は互角じゃなくてマルクスが優勢だった。

「ハハハハハッ、どうした動きが鈍いぞ」

「………」

「やる気がないのか? なら出させるために、お前のなものを奪ってやる」

 この時俺の感情は爆発した。

「俺の大事なものを奪うだと?」

「やる気になったか、だがもう終わりだお前が守る里は―――」

 ここでマルクスの言葉は止まる。喋り終わる前に俺は刀をマルクスの左腿に刺していた。

「お前は言ってはいけないことを俺に言った」

「なんだと?」

「俺から大事な物を奪うとはよく言ったものだこの程度の実力で」

 この時、俺の心は冷静になっていた。

 あの紋章があるだけで俺の心は乱れてしまう。そんなのはもう御免だ。だからこそ今ここで一度斬らせてもらう。

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ユダの魔術師 大室 一樹 @murakumo999

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