第1話

「ありがとうございました」


 私は女将である母と一緒に若女将として最後のお客さんを送り出した。


「お世話になりました」

「また、来年も来させて頂きます」


 そう言って、年齢の老夫婦はお孫さん手お繋ぎながら帰って行った。

 やっぱり、接客業をやっていて嬉しく思うのはお客さんが満足してくれることと感謝の言葉を伝えられた時。


 夏休みのこの時期はお盆休みで帰郷する人や避暑で旅行にくる客でこの辺りは賑わう


旅館朝顔

とある村にある老舗旅館。聞いた話によると江戸時代から続く旅館で昔はこの辺りにも旅籠がたくさん並び立ち、旅人や行商人、武士、果てには大名までもが泊まったとか泊まらなかったとか


この時期に思い出すのは大女将だったおばあちゃんのこと


おばあちゃんは89歳で亡くなった


おばあちゃんは母屋の自室から見える 庭の畑一面に広がる夕顔が、夕陽に照らされなんとも言えない切ない情景の中、


「夕顔が綺麗だね」


 と、皺だらけの顔でそっと囁やくように言って穏やかに微笑みながら静かに目を閉じた。

うちの畑には一日中花が咲いている。ほとんどの人は区別なく朝顔といわれる花だ。朝顔、昼顔、夕顔、夜顔、全部違う種類


 17歳で旅館朝顔を営む朝日奈家に嫁いできて、なかなか子宝にも恵まれず、戦争を体験して、夫に先立たれて、そんな苦労に満ちた人生を生きたおばあちゃんが最期まで笑っていたのはなぜだろうか…



〜7年前〜

 私は今、旅館の横にある江戸時代にあるような倉庫の整理を母からお願いという名の命令を遂行中である。


「たくっ、なんでこんなことせなあかんねん…」


 私がグダグダ文句を言いながら作業をしていると


「文句言わずに手を動かしてくださいよ」


背後から注意が飛ばしてくる、眼鏡を掛けた板前見習いの“旬”。


「でも、こういう倉庫ってなんか出そうですよね〜」


はたきを手に鼻歌を唄いながら掃除をしている中居見習いの“春乃”

春乃はホラーとかそっち系が好きで、うちら従業員とかお客さんが怪談話の犠牲になっている


 旬は今、唐櫃の中を整理している

 私も別の唐櫃の中から出てきた店の古い帳簿を整理している


「あっ」


 旬が小さく声をあげた

 その声に釣られて後ろを振り返ると旬は一冊のノートを持っていた


「なにそれ?」

「たぶん、日記だと思います」


‘朝日奈千代’


日記の裏には祖母の名前が書かれていた

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