第51話 ちゃんと言葉に出さなくては駄目なんです!!
塔の最上部で血生臭い戦闘が始まった。下弦の月一族の男が私の縛られた両手を掴み離さない。
残り五人の暗殺者達は、サーンズ大臣に向かって突進して行く。そのサーンズ大臣の前にタイラント達が立ち塞がった。
タイラント、ザンカル、シースンが剣を振るい、五人の暗殺者を容易に近づけない。サーンズ大臣の前にはネフィトさん、リケイが付いていた。
先程タイラントとザンカルに傷を負わされた暗殺者の二人の動きは鈍く、残りの三人もタイラント達に押され気味だった。
「······妙だと思わない? ザンカル」
細身の剣を暗殺者の一人に向けながら、シースンがザンカルに話しかける。
「何がだシースン? こいつ等の服装でも気になるか?」
自らの大剣をかわす暗殺者にザンカルは苛立った口調で返答する。
「暗殺者はその身を闇に隠して相手を仕留める物よ。この連中は何故姿を晒しているのかしら?」
「先刻こいつ等が言っただろう! 城の警備に恐れを成してノコノコと現れたんだよ」
······気のせいかしら? 暗殺者達が少しずつ後退しているように見える。その分タイラント達が前進しサーンズ大臣との間に距離が出来た。
それは突然だった。サーンズ大臣のすぐ後ろの外縁部の囲いの下から新たな暗殺者が三人現れた。
ど、どうやって三人は塔の下から現れたの!?そ、空に浮いていたとでも言うの!?
「あの三人は塔の壁面に張り付いていたのさ。邪魔な連中を引き離すまでな」
私を拘束する男が口を開いた。タ、タイラント達は罠にはめられたの!?
三人の暗殺者達がサーンズ大臣の背後から短剣を突き立てようとしたその瞬間、大きな重りが地面に落ちたような音が響いた。
二人の暗殺者が地面に叩きつけられ、微動だに出来ない。
「······ぐううっ。地下重力の呪文か!?」
倒れた暗殺者は顔を苦悶に歪ませながら叫んだ。
「······痴れ者が。私に刃を向けるなど愚かな事をしたわね」
サーンズ大臣が冷酷な目で、倒れて動けない暗殺者を見下ろす。だが、もう一人の暗殺者はサーンズ大臣の間近に迫っていた。
「ぐあっ!?」
その暗殺者は、背中を斬られサーンズ大臣の足元に倒れた。サーンズ大臣を救ったのは、ザンカルと同じくらい大きい剣を握ったネフィトさんだった。
「かつて黒髪の魔女と恐れられた腕はまだ健在だな。サーンズ」
「西方の戦鬼と言われた貴方に言われたくないわネフィト。礼は言わないわよ」
三人の暗殺者はあっという間にネフィトさんとサーンズ大臣に倒された。す、凄いこの二人!
伏兵を排除し、ネフィトさんとリケイはサーンズ大臣から離れタイラント達に加勢する。暗殺者達は一人。また一人と倒されていった。
「ふん。伏兵が一度だけと思うなよ」
私の背後から暗殺者の男の冷笑が聞こえた。伏兵? も、もしかして、まだ塔の壁面に張り付いている暗殺者がいるの!?
ま、まずいわ! タイラント達とサーンズ大臣の距離はかなり開いてしまい、サーンズ大臣は完全に孤立している。
「な、何ぃっ!?」
私を拘束していた暗殺者が苦痛の声を漏らす。私は男の手首に噛みつき、拘束が解かれた瞬間駆け出した。
後ろで両手を縛られ走りにくかったが、私はサーンズ大臣の元へ全力疾走する。その時、私の視線の先に第二の伏兵が映った。
伏兵は音を立てず壁面を登り現れた。手にした短剣をサーンズ大臣に投じようとする。お願い! 間に合って!
私は身体ごとサーンズ大臣に体当たりした。視界が揺れながら私は倒れる。薄めを開けると、短剣を投げたと思われる暗殺者は消えていた。
「うっ!」
私は右腕に鋭い痛みを感じた。とうやら短剣はサーンズ大臣では無く、私に当たったらしい。
そして程なくして戦闘の最中にタイラントが私に駆け寄ってきた。
「娘! 傷を負わされたのか!?」
タイラントは不安そうな表情で私の腕の傷を見る。タイラントの話では、下弦の月一族の武器には例外無く毒が塗れているらしい。
「リケイ! すぐ来てくれ!!」
タイラントが叫んだが、サーンズ大臣がそれを制した。
「······タイラント様。私がこの娘に解毒の呪文を施します。ご心配無く」
サーンズ大臣の言葉に、タイラントは睨むようにして返答する。
「二言は無いなサーンズ。これ以上の娘への敵対行為は私が許さぬぞ」
······やっぱり、タイラントはネフィトさんから聞いたのね。私がサーンズ大臣から狙われていた事を。
「······タイラント。貴方はネフィトさんとサーンズさんを誤解しているわ。二人の今までの行為は、全て貴方の事を思っての事なのよ」
「······誤解? 娘。それはどう言う事だ?」
私はサーンズ大臣から解毒の呪文を受けながら、タイラントに伝えた。ネフィトさんとサーンズ大臣のタイラントへの愛情を。
だが、強い王にすると言うタイラントの御両親の遺言を守り、二人は心を鬼にしてタイラントへ厳しく接して来た事を。
「······私の両親の遺言の為に?」
「タイラント。貴方は愛されていたと私は言ったわ。それは御両親だけじゃない。こんなにも身近に、貴方を愛してくれてる人達がいたの!」
私の言葉にタイラントは呆然としながらサーンズ大臣とネフィトさんを見る。
「······知ったような口を。小娘。お前に私の何が分かると言うのか!」
サーンズ大臣が私を睨みつける。私は彼女の両目を真っ直ぐに見る。
「サーンズさん! このまま死ぬ迄、タイラントに愛情を隠して行くんですか!! 生きている内に言葉で伝えないと、きっと後悔します!!」
「お前に先代の王と王妃の気持ちが分かるのか!!強き王にお育てする! それが後事を託された私達の、何よりの愛の示し方なのよ!!」
「それは間違いです! どんなに心で想っていても、相手に伝わらなければ意味がありません! 相手に伝えるには、ちゃんと言葉に出さなくては駄目なんです!!」
私の叫び声に、サーンズ大臣の表情が固まった。それは冷たい笑みを浮かべ続けた彼女の、初めて見る感情の揺れだった。
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