第50話 い、いや。あるぞ国王!

 ······私は意識を失っていた。暗闇の中から覚醒が始まり意識が戻った時、私は塔の最上部にいた。両手は縄で縛られ、ターバンを被った男達に囲まれていた。


 私は周囲を見回した。私は塔の外縁部にいた。囲いは腰の高さまでしかなく、軽く押されれば、簡単に下に落ちてしまう。


 眼下の風景を一目見ただけで、背筋が凍りつくような高さだった。そして私から離れた位置でタイラント。ザンカル。リケイ。シースンがこちらを見ている。


 ······タイラントだけじゃないわ。ネフィトさん。サーンズ大臣までいる。どうして皆が? どうして私はここに居るの?


 ······空は明るい。間違いない。一晩過ぎたんだ。昨夜私はお祭りが終わった後、ささやかな荷物をまとめて城をひっそりと出た。


 私の記憶はそこで途切れている。城を出て歩いている時、私は急に意識を失った。そして目を覚ますと何者かに拘束されていた。


 な、何なのこの状況は!?


「娘!!」


 タイラントの大声が聞こえた。タ、タイラント!きっと貴方も私を心配していたわよね?


「この愚か者!! 何故一人で抱え込んだ! 何故私に一言も相談しなかったのだ!!」


 はい? いやいや。ちょい寝癖金髪さん。ここは無事だとか、大丈夫とか言う所じゃないですか?


 私を急に腹立たしくなってきた。誰の為を思って城を出たと思っているのよ!


「うるさいわね! この鈍感男! 最初に心配の声を相手にかけるのが先でしょう!」


 私達は強風が吹く塔の最上部で怒鳴りあった。タイラントのこの様子。ネフィトさんから事情を聞いたのだろう。


「······下弦の月一族。お前達には依頼の取り消しを伝えた筈よ」


 サーンズ大臣が前に歩み出た。下弦の月一族? 私を取り囲んでいるターバンの人達の事かしら?


「サーンズ大臣。我々はこの娘の暗殺の依頼を受けた。そして取り消しも間違いなく受けた。前金は貴方の言う通り有り難く頂いてな」


 六人のターバンの男達の中から一人の男が口を開いた。顔は目以外包帯で巻かれ表情は伺えない。着ている衣服は黒ずくめだ。


 手の甲に月をかたどった入墨みたいな物が見えた。


「リリーカ! 用心しろよ。こいつ等下弦の月一族は最悪の暗殺集団だ! 鍛錬所で襲って来た奴等とは桁違いの連中だぞ!」


 既に大剣を腰から抜き放っていたザンカルが叫ぶ。あ、暗殺集団!? そ、それも最悪の!? 気をつけるってどうやって?


 私が激しく困惑していると、下弦の月一族の男がまた口を開く。


「サーンズ大臣。俺達が用があるのは貴方だ。城内は思いの外、警備が厳重でな。この娘を利用して貴方にご足労頂いた」


 ······間違いな無い。私は昨晩この連中に昏倒させられたんだ。でも、私じゃなくサーンズ大臣に用ってどう言う事?


「サーンズ大臣。貴方はそこの国王の政略結婚を度々ご破算にしているな。その行いのせいで、各国から随分恨まれているのは承知しているだろう?」


 タ、タイラントの政略結婚を!? 男の言葉にサーンズ大臣が冷笑した。


「······なる程。お前達はどこかの国に雇われたのね。目障りな私を消せと」


「俺達は依頼人に決して背信行為は働かない。だが、依頼取り消しを通告してきた貴方はもう依頼人では無い。言っている意味がわかるな? サーンズ大臣」


「依頼人で無くなった私を心置きなく暗殺出来る。と言う事ね」


 再びサーンズ大臣は冷たく笑う。その瞬間、六人の男達が手に短剣を構えた。タイラント達と暗殺集団が睨み合う。


「······おいタイラント。この機会に言っておくぞ」


「この状況で何を言っているザンカル」


 タイラントとザンカルが何やら会話を交わしていると思いきや、突然ザンカルがタイラントを殴り倒した。


 はああぁぁっ!? な、何やっているのザンカル!!


「ふう。スッキリしたぜ。おいタイラント。

お前への恨みは、この一発でチャラにしてやるぞ」


 意味不明のザンカルの言葉を聞きながら、

口から血を流したながらタイラントは立ち上がる。


「······私に手を上げた理由を聞こうかザンカル。今は火急故に簡潔にな」


「想い人泥棒の罪だ。万死に値する所だが、古い付き合いに免じてそれで······」


 ザンカルが言い終える前に、タイラントの右拳がザンカルの鼻を直撃した。途端にザンカルの鼻は出血し、数歩後ろによろめいた。


「鼻を負傷すると呼吸も苦しく辛いぞザンカル。国王に手を上げる大罪をこれで済ましてやる」


 出血した鼻を手の甲で拭い、ザンカルは不敵に笑う。


「······上等だ。じゃあ済ませなくなる程の顔にしてやるぜ! この寝癖野郎!!」


 ザンカルの痛烈な容姿批判に金髪国王は毅然と断言する。


「私にそんな恥ずべき物は無い!」


 い、いや。あるぞ国王! じゃ、じゃなくて。タイラントとザンカルは取っ組み合いを始めた。な、何をやってんのよあんた達は!


 殴り合うタイラントとザンカルに、二人の暗殺者が信じられないを速さで近づく。あ、危ない二人共!!


「仲間割れとは見苦しいな。サーンズ大臣以外は眠って貰う!」


 二人の暗殺者がそう叫び短剣を振り上げる。


「うるせぇっ!! 今取り込み中だ!」


「無粋な連中め。順番を守れ!」


 ザンカルとタイラントがそれぞれ剣を振り抜いた。二人の暗殺者は宙返りして後方に回避する。


 暗殺者は無傷では無かった。一人は胸に。一人は腕に剣傷を負っていた。


「どうだタイラント? 敵を油断させる俺の演技はなかなかの物だろう?」


「演技にしては頬が痛むのは気のせいかザンカル?お前に役者の才能は皆無のようだな」


 お馬鹿たちのお喋りの時間は終わり、塔の最上部ではいよいよ殺気に満ちた空気が流れ始めた。







 


 

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