第49話 ありがとう。この世に生まれてきてくれて。
カラミィの前に現れたエドロンは、そばかすの残った頬を赤くしていた。意を決したように、カラミィに花束を差し出す。
「カラミィ! 君が好きだ!!」
「エ、エドロン?」
カラミィが目を見開き驚いている。と、突然の告白!? ど、どうなるのこれ!?
「······分かっているよカラミィ。僕は君より年下だし、君が想いを寄せる方に僕は何一つ勝てる所が無い······でも、それでも」
エドロンとカラミィの周囲はざわつき始めた。誰もがこの告白劇を固唾を飲んで見守っていた。
「君を好きな気持ちは、誰にも負けない!!」
エドロンは思いの丈を叫んだ。顔を俯け両腕を伸ばし花束をカラミィに差し出す。カラミィも一時の困惑から自失を取り戻していた。
「······エドロン。私を好きと言ってくれてありがとう。でも、今すぐ貴方の気持ちには応えられないわ。時間が······今の私には時間が必要なの」
「······待つよカラミィ! 僕はいつまでも待つから!!」
「······ありがとう。エドロン」
カラミィは微笑み花束を受け取った。その瞬間、周囲の観衆達は拍手を二人に送る。よ、良かった。
二人の結末がどうなるか分からないど、未来にエドロンとカラミィの幸せがあるよう私は願った。
······私の未来はどんな風になっているだろうか?この祭りが終わったら村に帰って、平凡な村娘として日々を過ごして行くのかな。
歳を取ったら、この城であった様々な出来事をたまに思い出したりして。
「二人の若者に乾杯だ! 楽器隊! 景気のいい曲を頼むぜ!」
ここでもザンカルがよく通る大声を叫んだ。楽器隊のテンポの良い演奏が始まり、会場の魔族達は一人。また一人と踊り始めた。
ふとタイラントを見ると、金髪魔族はつむじの寝癖を跳ねさせながら、皆が踊る光景を眺めていた。
私はタイラントの元へ行き、彼の右手を掴んだ。
「踊りましょうタイラント。せっかくのお祭りよ。国王様も楽しまなきゃ」
「うむ。このような祭りの際、踊りの形式はあるのか?」
「ある分けないでしょ! 私のタタラ村の踊りを教えてあげる」
楽器隊の演奏はその音量を上げていく。私達はその音色と、お祭りの高揚感に煽られ夢中になって踊った。
身体と一緒に心も踊った。タイラントと手を繋ぎ目まぐるしく変化する風景は新鮮で、息切れすら愛おしいと思った。
このまま時間が止まればいい。私はそんな事を、生まれて初めて思った。
······日も暮れ始め、ダンスで満たされた中庭の熱気は徐々に引いていった。楽器隊の演奏もひとまず終わった時、タイラントが何か思いついたように私に言った。
「娘。詩を歌え」
「う、詩? な、何よ突然」
「以前私に詩を歌った事があるだろう。お前の詩を聴きたい」
タイラントはじっと私を見つめながら話す。こ、こんな大勢の前で?
「わ、私の村での詩しか歌えないわよ?」
タイラントは微笑し静かに頷いた。その表情に、私の胸は高鳴ると同時に鈍い痛みが走った。
······最後だ。私がタイラントの笑顔を見るのも。これで最後。私は目を閉じ深く。深く深呼吸した。
《 渡り鳥達が 長い冬を越えて
羽を休めに来る 山は重ね着した雪を
重苦しそうに脱ぎ始める
溶けた雪は生ける者の喉を潤し
草木は雪の重りを下ろしたように
その身を空高く伸ばしていく 》
中庭から見える空を、夕焼けが自分の色に染めていく。静まり返った魔族達の中で、私の歌声が響いた。
《 さあ喜び合おう 春の息吹を感じて
さあ手をつなごう 春の空気を
その身に感じて
さあ感謝しよう 愛しい人と
再び迎えられた この春に 》
······歌い終えた私は、何故だが涙が流れそうになった。震えそうになる心を必死で抑えつけようとした。
「村娘の歌声に」
私の目の前で、タイラントが手に持つグラスを掲げた。その瞬間、万雷の拍手が中庭に響き渡った。
私は信じられない気持ちで周囲を見回す。人間の私の歌に。魔族の人達が拍手をしてくれている。
······分かり合える。人間と魔族は、きっといつか分かり合える日が来る。私はそんな未来を心から願った。
私はタイラントにリボンで包んだ袋を差し出した。
「タイラント。今日は貴方の誕生日でしょう? これ誕生日プレゼントよ」
「······何故生まれた日に、贈り物などするのだ?」
タイラントは首を傾げ、不思議そうな表情をする。私はネフィトさんからタイラントの誕生日を聞いた。
それは偶然にも、私が城を出ようと思っていた日と同じだった。だから私は、無里を言って急にお祭りを提案したのだ。
「人間の世界では大事な人の誕生日には、お祝いをしてプレゼントを贈るのよ」
タイラントはリボンを解き、袋の中からクッキーを一つ掴んだ。
「タイラント。そのクッキーの味は、貴方のお母さんが作ったクッキーと同じ味よ」
「······私の母が?」
私はネフィトさんから聞いた事をタイラントに伝えた。タイラントはクッキーを口にし、懐かしそうな目をして味わっていた。
「······娘。調理室でお前の失敗作を口にした時、私は不思議な気分になった。覚えがあったのだ。私はこの味を遠い昔に知っていると。それが、私の母が作ったクッキーと同じ物だったのか······」
私はタイラントの両手を掴んだ。彼の紅い両目を見上げ、私は心から笑顔になる。
「お誕生日おめでとう。タイラント。そしてありがとう。この世に生まれてきてくれて」
「······娘」
夕焼けのせいか、タイラントの瞳は揺れて見えた。それが、私がタイラントにかけた最後の言葉となった。
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