第41話 断固黙秘します。
五月の気持ちのいい朝。私は貴族の用事をこなす為に城内を足早に移動していた。ネフィト執事長の計らいで私の労働時間はかなり短くなった。
でも、こんなにもいい天気なのに。私の心は今ひとつ晴れななかった。
ザンカルのあの小さな背中が、頭から離れなかったからだ。今後ザンカルとどんな顔をして会えばいいのか。
私は貴族から注文を受けた焼き菓子を持ちながらため息をついた。
「リリーカ殿!」
······聞き覚えのあるその声に、私の心臓は一瞬揺れた。それは、全身が警戒心に包まれていく瞬間だった。
眼鏡をかけた白髪の男が、私の十歩先に立っていた。男はゆっくりと私に向かって歩いてくる。
一歩一歩私に近づく度に、私の警戒心は最大限に膨れ上がっていく。男は私に、リボンで包まれた小さい箱を差し出した。
「······リリーカ殿。人間の世界では、男性が女性に貢ぎ物をする文化があるとか」
国王の側近リケイは照れた笑いを浮べながら私を見た。私は怪しさ満載のその包みを疑惑の視線で見つめる。
おいこらリケイ。ザンカルが私に告白してくれた光景を、お前絶対にどこかで盗み見ていただろう?
じゃなきゃあり得ないでしょう? こんなザンカルと全く同じやり方。
「リリーカ殿。この包みと私の想いを、是非受け取って······」
「ごめんなさいリケイ。それは受け取れません」
リケイが言い終える前に、私は明瞭快活に拒絶した。
「ど、どうしてもですか? 受け取って貰えませんか?」
「はい。天地がひっくり返っても」
私は聞き間違えようが無い程、はっきりと返答した。
「······それは残念です。リリーカ殿には想い人がおられるのですか?」
「黙秘します」
「それは、タイラント様ですか?」
「断固黙秘します」
「わ、分かりました。私は引き下がります。ですが、せめてこの包みだけは受け取って貰えませんか?」
「全身全霊で拒否します」
その包みを開けた瞬間、必ず私は意識を失いリケイの部屋に連れ込まれるだろう。私は自信を持って確信していた。
肩を落とし去っていくリケイの後ろ姿を、私は油断せず見送る。私に忍び寄る危機は去ったと思われた瞬間、後ろから若い女性の叫び声がした。
「てめぇ! リリーカ! リケイ様の告白を断るなんざぁ百年早いんだよ!」
鬼の形相のエマーリが、ワインの空瓶を私に振り投げる。私は膝を曲げ瓶を避けた。瓶は床に落ち、割れる音が響く。
あ、危なかった! こ、ここにも盗み見ていた魔族がいたわ! 攻撃が当たらず悔しがるエマーリの背後から人影が躍り出た。
鋭い殺気を両目から放つハクランが、右手にナイフを光らせ私に迫る。そ、それは洒落にならないよハクラン!
私はエマーリの突き出したナイフを、手に持った焼き菓子の箱を盾にして防いだ。箱は切り裂かれ、中の焼き菓子が床に散乱する。き、危機一髪!
「······リリーカ様。ザンカル様を振るなんて、許されない事をしたわね」
ハクランは充血した両目を私に向ける。ま、また盗み見ていたメイドがいたあ! み、皆サボらないで仕事しようよ!
「ハクラン! エマーリ! 二人とも止めなさい!」
こ、この声は? ハクランとエマーリの後ろから、美人三姉妹の長女カラミィがゆっくりと歩いて来た。
「カラミィ姉! なんで止めるのよ!」
「そうよカラミィ姉さん! この女もう許せないわ!」
エマーリとハクランの抗議を聞き流し、カラミィは穏やかに私の前に立った。カ、カラミィ?
この前の一件で、私の事を少しは見直してくれたのかしら? 私のそんな淡い期待は次の瞬間粉々に砕かれた。
「······リリーカ様。タイラント様のお部屋で、愛しているだの何だのと貴方の声が聞こえたのだけど?」
悪魔のような表情でカラミィは私の胸ぐらを掴んだ。ま、また仕事サボっているメイドがここにもいたあ!!
ネフィト執事長! この三姉妹仕事さぼってばかりですよ! そ、そして今度は盗み聞き!? と言うか、あれをカラミィに聞かれたの!?
殺意と殺気を全開にするカラミィに、私は覚悟を決めて頷いた。
「······こめんねカラミィ。私は、タイラントが好きなの」
私の言葉に、カラミィの表情は一瞬にして固まった。
「な、何を言ってんだリリーカ! とち狂ったのかてめぇ!」
「に、人間如きがタイラント様の事を!? し、信じられないわ」
エマーリとハクランに非難の声を浴びせられても、私はカラミィの顔を見続けた。ここは、誤魔化しては駄目だ。
「······うう······」
私は信じられない光景を目にした。カラミィは私の胸から手を離すと、嗚咽を漏らし座り込んでしまった。
「あああぁっ!!」
カ、カラミィが大号泣している。な、何で? 何で泣くの? 私が呆然としていると妹達が姉に駆け寄る。
「カ、カラミィ姉! どうしたの?」
「カラミィ姉さん? ど、どうして泣くの?」
「ああぁあああっ!!」
泣き崩れるカラミィはハクランとエマーリに抱えられながら去って行った。私はザンカルを項垂れさせ、メイド三姉妹を激昂させ泣かせた。
自分の言動一つで、ここまでの事態は招いてしまった。私はハクランに切り刻まれた焼き菓子の箱を見つめながら、言い知れない後ろめたさを感じていた。
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