第40話 ごめんなさい。

 ザンカルは、私がこの城に来た当初から優しかった。大柄で厳つい顔は見る者を怯ませるに十分だったが、彼の気さくさを知ればそれは頼もしさに変わる。


 あの一人孤立した舞踏会で、ザンカルは私を救ってくれた。講義中言葉に詰まると、思った事を言えばいいと勇気づけてくれた。


 シャンフさんの見解ではそんなザンカルは私の事を想ってくれているらしい。私はとてつもない後ろめたさを感じた。


 そんな優しいザンカルに、私はこれから告げなくてはならない。貴方の想いには応えられないと。


 腹立たしいけど。納得行かない所も多々あるけど。私の中には、もうあいつの存在が居座って離れない。


 ······胸が痛い。すごく苦しい。人の好意を拒絶するのがこんなにも重たい物だなんて。違う。ザンカルは私にとって大切な人だからだ。


 その大切な人の好意を無下にする。そんな罪悪感が私を支配していた。私は城内をとぼとぼと歩き、いつの間にかまた中庭に出て来てしまった。


「あ、リリーカさん。こんにちは」


 作業中のエドロンが笑顔で声をかけてくれた。そう言えば、こんなに奇麗な花壇なのに、誰かが眺めている姿はあまり見た事がない。なんでだろう?


「それは仕方ありません。魔族は花を愛でる習慣がありませんから」


「え? そ、そうなの?」


「花だけではありません。リリーカさん達人間のように、その季節事の行事や祝祭もありません。これはリケイさんの受け売りなんですが」


 そ、そうなんだ。魔族は風流とは無縁なのね。エドロンの話では、タイラントの御両親が魔族には珍しく花好きで庭師を置いたと言う。


「そう言う意味では僕も珍しい魔族ですね。花の世話が好きですから」


 エドロンが快活に笑う。この庭も花壇も、エドロンの穏やかな人柄が形になっている。ここに居るだけでとても落ち着く。


「······エドロンは、誰か好きな人はいる?」


「え? と、突然何ですかリリーカさん」


「あ、ごめん! 何でも無いの。気にしないでね!」


 い、いけない。沈んだ気持ちをエドロンにぶつけてしまった。あら? あそこの花壇の一部だけ刈り取られている。


「ああ。あれですか? あそこの花はさっきザンカル様が······」


「リリーカ!!」


 エドロンが言い終える前に、私の名を叫ぶ声が聞こえた。私の心臓は飛び跳ねた。こ、この声は······


「······ザ、ザンカル?」


 私の十歩先に、ザンカルが立っていた。両手にはツルバラの束を抱えている。ど、どうしてザンカルが花束を?


「リケイに聞いたんだ。人間の世界は、男が女に想いを伝える時、花を渡すらしいな」


 ザンカルがゆっくりこちらに歩いてくる。その一歩一歩が、まるで時間がゆっくり流れているように見えた。


 ザンカルが私の目の前に花束を差し出した。ツルバラの鮮やかな真紅の色合いと豊かな香りが、私の視覚と嗅覚を支配していく。


「リリーカ。お前が好きだ。お前の答えを、聞かせてくれ」


 ······ザンカルらしい、真っ直ぐな告白だった。私の脳裏に、改めてザンカルの優しさが思い返された。


 初めて会った時から今日まで。ザンカルはいつも優しかった。そんなザンカルに、私は残酷な返答をしなければならない。


 私の為じゃない。ザンカルの為にだ。私はザンカルの目を見る。逸らしたら駄目だ。ちゃんとザンカルの目を見て言わなきゃ。


「······馬鹿野郎。そんな顔をして泣く奴があるかよ」


 ザンカルに言われて気付いた。私は両目から、涙を流していた。駄目だ。泣いちゃったら、言葉が上手く出なくなる。


「······ザンカル。ごめんなさい。貴方の想いには応えられません」


 途切れ途切れの震えた声で私は言い切った。顔を下に向けたかったけど。まだ、まだ駄目だ。ザンカルは私を見ている。


「······他に、好きな奴がいるんだな」


「······うん」


「······そいつは、タイラントか?」


「······うん······」


 私の返答に、ザンカルは弱々しく微笑んだ。手に持っていた花束を私に無理やり手渡す。


「······この花に罪は無い。お前の部屋に飾ってくれ。エドロンが丹精込めて育てた花だ」


 ザンカルはそう言い残し、私に背を向け歩いていく。その背中は、私が今まで見た事がないくらい小さく見えた。


「ザンカル! こんな私を好きになってくれてありがとう!」


 私は精一杯、大声を張り上げた。その声でザンカルの足が止まった。


「······馬鹿言うな。こんな女なんて言い方があるかよ。リリーカ。お前はいい女だ。なにせお前は、俺が惚れた女だからな」


 ザンカルは背を向けたまま、小さい声で呟いた。今度は歩みを止めずそのまま去って行った。


 私は花束を抱えながら、ついさっきまでザンカルが立っていた場所にいつまでも立ち尽くしていた。



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