第39話 わ、分かんない!
······自分の言動には責任を取らなくてはならない。私はもう十八歳。あれは気の迷いでしたとか。雰囲気につい飲まれてとか。そんな事は決して言ってはいけない。
私は意を決してドアを開ける。つむじが跳ねた金髪の魔族は、今日も執務室の机に座っていた。
幸い他の来客は居なかった。私は心臓を激しく動かしながらタイラントの机の前に歩いて行く。
「なんだ娘。何か用か?」
タイラントは無表情で素っ気なく口を開く。な、何よコイツ。全然普通じゃない。あんな事は何でも無いって事?
わ、私は何度も赤面しながら部屋で転がり悶絶したのに! な、なんか腹立つわコイツ! い、いや落ち着け私。
今回の事は私がした事よ。私が後始末をしないと。ん? でもこう言う事って後始末する物なのかしら?
『タイラント。私に告白とキスされてどうだった?』
ちょ、直接すぎる! だ、駄目よこれは。言われた方もきっと困るわ。
『タイラント。あの時事は気にしないでね』
って、言ってる私がこんなにも気にしてるのに!こ、これも駄目!
『タイラント。あんたのまつ毛って、結構長いのね』
ってぇぇ! 何の感想を言っているの私は!!こ、これも絶対に駄目!
「ご、ごめんタイラント。出直すわ」
私はタイラントに背を向け歩き出した。だ、駄目よこれは。もう一度頭の中を整理しないと。
「待て娘」
タイラントのその一言で私の足は止まった。また私の心臓が高鳴る。タ、タイラントから何か言ってくれるのかしら?
「日取りはいつにする?」
「ひ、日取り? 何の?」
国王の公式行事か何かあるのかしら? 私は間抜けな顔でタイラントに聞き返した。
「決まっているだろう。私とお前の結婚の日取りだ」
······人間。予想もしなかった言葉を言われると、口をぽかんと開いてしまう。私は呆然として必死に言葉を絞り出す。
「け、けけ結婚? 誰と誰が?」
「お前と私に決まっているだろう」
「ど、とうして? なんで突然結婚なの?」
「女の身であるお前にあそこまでさせたのだ。私にも相応の責任がある」
君の想いに応えるよって言っているの? それとも私の魅力がお前にそうさせたって自信過剰がそう言わせているの?
わ、分かんない! コイツの言葉の意図が全然分からないわ!
「お、落ち着いてタイラント。結婚と言うものは、お互いがよく理解し合ってからするものよ」
「娘。お前の事ならよく知っている。常軌を逸したくせ毛。貧相な顔と身体。そして······」
女の子の繊細な機微をわきまえない愚かな男が暴言を言い終える前に、私は奴の顔面に右拳を叩き込み部屋を出た。
最低! 本当に最低よアイツ!! 私が半泣きで廊下を進もうとすると、背後から誰かの声が聞こえた。
「······リリーカ」
聞き覚えのある声に私は驚き振り向いた。そこには、呆然と立ち尽くすザンカルがいた。
「······リリーカ。お前とタイラントは、結婚するのか?」
き、きき聞かれた!? ザンカルにさっきの話を!? な、何て言えばいいの? 何てザンカルに言えば正解なの?
私がしどろもどろしていると、ザンカルは項垂れ肩を落として去ってしまった。あ、あの大柄なザンカルが背中を小さくしている。
······私は胸に痛みを覚えながら、いつの間にか中庭に来ていた。庭師のエドロンが綺麗に植え揃えた花も今日は目に入らない。
ベンチに座りため息をつくと、誰かが隣に座って来た。
「······あんた。リリーカって言ったっけ?」
「シャ、シャンフさん?」
私の隣に座ったのは、貴族食堂料理長のシャンフさんだった。
「どうしたの? 深いため息なんてついて」
長い金髪を掻き上げながら、シャンフさんは私の顔を覗く。シャンフさんの髪って綺麗だな。
······シャンフさんの金髪は、先刻の失礼極まりない金髪魔族を連想させた。私の怒れる顔をシャンフさんは不思議そうに見る。
「きょ、今日はお一人なんですね。料理人の人達は?」
い、いけない。同じ金髪でも、シャンフさんは全く関係ないのに。
「ああ。あいつ等ね。黙っていると、どこまでも付いてくるから怒鳴ったの。たまには一人にしろってね」
シャンフさんもため息をつく。ぼやきながらも声色は穏やかだ。シャンフさんも料理人の人達が自分を守ろうとしている事は気付いているのだろう。
······シャンフさんって頼りになりそうな人だな。どうしよう。相談してみようかな。
私はタイラントとザンカルの個人名を伏せ、二人の今までの言動をシャンフさんに相談してみた。
「その落ち込んだ男。間違いなくあんたに気があるわね」
シャンフさんは私の話を聞き即答した。ザ、ザンカルが私の事を!?
「その男の為にも、はっきり振ってやった方がいいわよ。一刻も早くね」
い、一刻も早くって。何で?
「振られればそりゃショックよ。でも、そこから立ち直れる。振るのを長引かせると、それだけ相手の男が立ち直るのが遅くなるわ」
······ザンカルの事を思うのなら、早く私の気持ちを伝える。あの、いつも私に優しくしてくれたザンカルに?
五月の気持ちいい風が中庭を吹き抜け、私の赤毛を撫でていった。私の気分は爽快とは程遠く。重く。そして暗かった。
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