第38話 わ、私は何をしたの!? 何を言ったの!?

 ······私はまた夢の中にいた。一面に広がる草原の中で一人の子供がぽつんと立っている。


 迷子になったの? 私は膝を折り子供の顔を覗き込んだ。紅い目をした男の子は拗ねたような表情で黙り込む。


 ······大丈夫。あたなは一人じゃないわ。私は子供を抱きしめた。何故そうしたのか自分でも分からなかった。


 いや。分かっていた。私は男の子を抱きしめる為に。その為に私は彼と出会ったのだ。


「······これからは、私が傍にいるから」


 ······私は自分の声で目を覚ました。今、私はなんて言ったのかしら? 見慣れた自分の部屋の天井を見ながら、よく回らない頭でぼんやり考えた。


 私は身体を起こし、カーテン越しに部屋に差し込む光を見る。今は朝かしら。私の頭は少しずつ回転し始めた。


 身体は軽い。紅茶と一緒に飲んだ薬の影響も無くなったのかな。ん? 薬と言えばカラミィはどうなったっけ?


 そうだ。ネフィト執事長。確か調理室で私はネフィトさんの話を聞いて。部屋を飛び出して。それからタイラントの部屋に行って······


「部屋に行ってええええぇっ!!」


 私はベットの上で絶叫した。頭がフル回転し、鮮明な記憶が甦ってきた。わ、私はタイラントの部屋に行き。部屋の薬の事を話し。そ、そ、それから······


「あああああっ!! わ、私は何をしたの!?

何を言ったの!?」


 再び私は絶叫する。両手で頭を抱えながら自分の行動を思い出す。わ、わわ私はタイラントにキスをして、あ、あああ愛していると言っ······


「ったあああああああ!!」


 私は三度絶叫し、身体を左右に激しく動かした。私の身体はベットから落ち、勢いそのまま部屋の端まで転がっていった。


 ま、間違い無いわ。全て私のやった事に。そ、その後の記憶が全く無い。多分、私は気を失ってしまったのだろう。


 自分でも信じられない行動に慄きつつ、私は急いで部屋を出た。カラミィを早く牢屋から出す為だ。


 メイドの司令室に向かう途中、ネフィト執事長がこちらに歩いて来た。


「目が覚めたようですね。リリーカ様。お急ぎの御様子ですが?」


「ネ、ネフィトさん。カラミィはまだ牢屋ですか?」


 ネフィトさんは穏やかや微笑んだ。私が気を失っている内に、老練な執事長は全てを収めていた。


 私が飲んでしまった薬は、私が砂糖と間違えて入れたと言う事にしたらしい。確かに私は仕事で薬庫と調味料庫に出入りしていた。


 そこで砂糖と薬を取り間違えた。そう言う事になったらしい。カラミィは即日釈放された。


 カラミィは妹達を庇っただけだと判明し、その妹達も無実だった為だ。よ、良かったカラミィ。牢屋から出られたのね。


「リリーカ様。私は自分の罪を貴方に被せました。この事をタイラント様に伝えるのは、貴方の自由です」


「······いえ、それで構いません。ネフィトさん。貴方は責任を取って城を出る事より、タイラントの御両親の遺言を守る事を優先した。それでいいと思います」


 私は笑顔でネフィトさんの行動を肯定した。それが彼にとって何よりも大切な事なんだ。


「リリーカ様。貴方に借りが出来ましたな」


 ネフィトさんは少し困ったような表情になった。


「利子は必要ないので、ある時払いで構いませんよ」


 私はネフィトさんを見上げながら、ちょっと生意気な事を言った。


「······リリーカ様。私は貴方の事を危険な存在だと思っていた。いや、それは今も変わりません。ですがこうも思います。貴方は、不思議な方だ」


 ネフィトさんをそう言って去って行った。私は司令室に駆け込み、カラミィの姿を発見した。


「カラミィ! 良かったわね。牢屋から出られて」


 カラミィは私を見て少し驚いた顔をしていた。


「······ネフィト執事長から聞いたわ。リリーカ様。何故私が犯人では無いと思ったの?」


 黒髪の美人メイドは、厳しい表情で私を睨んできた。私は返答するのに考える必要が無かった。


「簡単よカラミィ。あなたが犯人だったら、私は今こうして生きていないわ」


 そう。カラミィが生半可な毒を使う筈が無かった。彼女は確実に即死する毒を使用するだろう。


「······ふん。これで私に借りを作っただなんて思わないでよ」


 黒髪美人メイドは両目を細め、私に憎まれ口を叩く。


「あらカラミィ。私の借りは高いわよ。特に利子のほうが法外なの。早く返さないと雪だるま式に増えていくからね」


 私は思いっきり意地悪な顔をした。こうする事でカラミィは私に変に遠慮する事がないだろう。


「性格悪すぎる人間ね! そっちこそ気をつけなさい! 今度倒れる時は気絶じゃ済まないから!」


 カラミィが頬を紅潮させ叫んだ瞬間、司令室のベルが鳴り響いた。一瞬視線を合わせた私とカラミィは、貴族の御用を聞きに行く為足早に司令室を出ていった。

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