第35話 犯人は貴方です。
······私は夢を見ていた。幼友達のラストルが村に帰ってくる夢だ。ラストルは一人では無かった。
銀髪の女性と一緒だ。ラ、ラストル? まさか、その瞳の大きい女性は恋人!? く、悔しい! ラストルに先を越されるなんて。
······リリーカ······リリーカ。あれ? 誰かが私の名前を呼んでいる。目を開いた私は天井を見ていた。
「娘! 気がついたか!」
「リリーカ! 大丈夫か!?」
聴覚を刺激する突然の大声に、寝起きの私は身体が固まった。私はベットの上で寝ており、左右にはタイラントとザンカルの心配そうな顔があった。
「リリーカ。あなた調理室で倒れていたのよ」
シースンが身体を支えてくれ、私はベットから半身を起こした。シースンの話によると、私は調理室のドアを開けたまま倒れたらしい。
司令室に居合わせたメイドが助けを呼んでくれ、たまたま近くにいたリケイが私を運んでくれた······って、リケイに運ばれた!?
私は両手で衣服の上から自分の身体が無事かどうか確認した。な、ななな何をされたの私? この発情魔族に一体何を!?
「リリーカ殿。取り敢えず私の部屋に運ぼうとしましたがザンカル殿と偶然遭遇し、彼がこの部屋に運んでくれました」
リケイがため息をつき、それはもう残念そうに説明する。あ、ありがとうザンカル! あなたが居なかったら私は一巻の終わりだったわ。
「リリーカ殿。あなたが飲んだ紅茶の中から薬の成分が確認されました」
リケイは獲物を取り逃がした猟犬の顔から、理性的な表情に豹変した。く、薬? あの紅茶に?
「ネフィト執事長はカラミィの犯行だと断言した。本人も自分がやったと認めている」
タイラントの言葉に私は驚愕した。カ、カラミィが私に薬を? つ、ついにあの天使の仮面を被った悪魔が行動を起こしたの?
······でも。何か変だ。この違和感は何かしら。何か忘れているような。私は考えがまとまらないままタイラントに申し出た。
「タイラント。カラミィに会わせて」
······この城の地下には、罪人を入れる牢屋があった。私は一人でカラミィとの面会を求め、心配するザンカルの同行を断った。
看守に中央扉を開けてもらい、私はカラミィの牢屋まで歩いて行った。
地下のこの空間は薄暗くかび臭かった。カラミィは鉄格子の向こうで姿勢正しく座っていた。
「······カラミィ。あなた誰かを庇っているの?」
私は何の前触れも無く真相に迫る質問を投げかけた。効果は抜群だった。突然の私の訪問と質問。
カラミィの表情は強張っていた。私は確信した。犯人はカラミィでは無い。私は牢屋を出てメイド達の司令室に向かった。
その途中でハクランとエマーリが私に駆け寄って来た。
「リリーカ様! カラミィ姉さんの犯行って本当なの?」
「何かの間違いですよー! カラミィ姉が捕まるヘマをする筈が無いですー!」
私は二人の顔を一瞥し一つだけ確認した。
「ハクラン。エマーリ。紅茶に薬を入れたのは、あなた達じゃないわよね?」
二人は首を横に振る。私がやるならナイフでひと刺し。私がやるなら後ろから花瓶を後頭部に叩きつける。ハクランとエマーリはそう言い切った。
今後ハクランの間合いに近づく事を避け、後方には常に気を配ろう。うん。そんな物騒な犯行手口を自信満々に聞かされ私は頷いた。
「安心して二人とも。犯人はカラミィじゃないわ」
私は二人にある人を調理室に呼んでもらうよう頼んだ。そして、程なくしてその人は調理室に現れた。
「リリーカ様。もう出歩いて大丈夫なのですか?」
長身の老紳士が、私の前に立っている。私は薬が入っていた紅茶のポットに手をやり、黒服をまとった男と向き合う。
「······犯人は貴方ですね。ネフィト執事長」
重たい沈黙の空気が、広くもない調理室を張り詰めていく。ネフィトさんは僅かに首を傾け、私を見下ろすように口を開く。
「リリーカ様。何の事でしょうか? 私には身に覚えがありません」
「ネフィトさん。貴方はカラミィを犯人に仕立て上げ、私をこの城から追い出そうとした。違いますか?」
「これは異な事を。カラミィ本人が罪を認めているではありませんか」
「カラミィは庇っているんです。妹であるハクランとエマーリを。カラミィは今回の事件である考えが頭を過りました。もしかしてこの犯行は、妹達のどちらかがやったのではないかと」
私とカラミィの共通点。それは、タイラントの近くにいる女性と言う点だ。村からやって来た人間の娘。
国王に想いを寄せる身分違いのメイド。ネフィトさんは、そんな私とカラミィを同時に排除しようとしたのではないだろうか?
私に無茶な量の仕事をさせ、音を上げて村に帰ると思ったが思いの外人間の娘はしぶとく帰らなかった。
そして私に薬を飲ませた。私はリケイに確認した。本来その薬は、麻酔を作る時に必要な成分らしい。紅茶に入れられた薬は微量であり、健康であれば影響は少ない。
でも疲労困憊の私に僅かな量でも効果はあった。日中の仕事後、私がいつも調理室にいる事をネフィトさんは知っていた。
私の仕事が終わる時間を見計らって、紅茶ポットに薬を入れたのだ。ネフィトさんは美人三姉妹の私への殺意を知っていた。
私が倒れた後、ネフィトさんはカラミィを尋問した。カラミィが妹達を庇う為に、自分が罪を被る事を知っていて。
そして薬を盛られたと知った私は、この城が恐ろしくなり村に逃げ帰る。それが、執事長の描いたシナリオではないか。
「······参りましたな」
突然、ネフィトさんの雰囲気が変わった。穏やかな細い目が開き鋭い眼光が私を射抜く。こ、この人怖い!
「······なかなか賢いお嬢さんだ。貴方は」
調理室という密室で、私は蛇に睨まれたカエルのように動けなかった。
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