第34話 この城から追い出そうとしている?

 タイラントの業務命令。いや国王命令によって私はクッキー作りを強制された。失敗作の山から一種類の味の再現。


 って、出来る訳ないでしょう! いちいちレシピを記録していなかったんだから! とは言うものの。金髪魔族の真剣な両眼に圧倒され、私は一日の仕事が終わった後、疲れた身体に鞭を打ち居残りでクッキーを作っていた。


 うう。この城の労働環境、働く者に優しくないなあ。


「······まだ甘さが足りないかな? 砂糖をもう少し足してみよう」


 私は試行錯誤を繰り返し、タイラントが求めた味になんとか近づこうと試みた。今度は一回作る度にレシピを克明に記録している。


「リリーカ様。御精が出ますな」


「ネ、ネフィトさん!」


 突然調理室にネフィト執事長が入って来た。ネフィトさんは調理台に盛られた私のクッキーを見る。


「タイラント様のお好みの味は難しいようですね」


 ネフィトさんは穏やかに笑みを浮かべる。あれ? でもなんだろう。なんだか冷たい感じがする。


「······リリーカ様。もし仕事が辛く村に帰りたくなったら私がタイラント様に取り計りましょう。その時は仰って下さい」


「え? あ。は、はい。分かりました」


 私はこの時知る由も無かった。この言葉はネフィトさんの警告だったと言う事を。


 翌日もその次の日も。私は目が回るような忙しの中にいた。なんとか午前中の仕事を終え食堂に行くと、もう昼食の時間は終わっていた。


 疲労と空腹にうなだれた私に、食堂から出てきたカーゼルさんが声をかけてきた。


「なんだリリーカ。今から昼飯か? もう食堂は終わりだぞ」


「そ、そうですよね。また出直します」


 去ろうとした私にカーゼルさんが手招きする。


「賄の残りならあるぞ。食べていけよ」


 こうして私は厨房内で賄料理を有り難く頂いた。うう。この野菜煮込みスープ、美味しくて泣けてくるわ。


「今度はメイドの仕事か。大変そうだなリリーカ」


 優しいカーゼルさんは私に紅茶まで淹れてくれた。あの料理対決以降、カーゼルさんとシャンフさんは個室調理場から出て皆と一緒に調理をするようになった。


 城内も出歩くようになったが、四手一族のカーゼルさんと六手一族のシャンフさんを奇異な目で見る魔族達もいた。


 カーゼルさんとシャンフさんを好奇な目から守るように、他の料理人達が常にカーゼルさん、シャンフさんと行動を共にしていると言う。


 労働者食堂と貴族食堂。双方の料理人達はみんな素敵な人達だ。カーゼルさんとシャンフさんが人目を気にせず働けるようになるといいな。


 元気を補給した私は司令室に戻った。調理室に入ろうとすると中から誰かの声が聞こえてきた。


「カラミィ姉さん。リリーカ様の仕事量さすがにちょっと多すぎない?」


「そうよカラミィ姉。あの赤毛の女そのうち倒れるよー」


「······ネフィト執事長の指示なの。私にはどうしようも無いわ」


 ······ハクラン。エマーリ。カラミィの声だ。私のこの忙しさはネフィト執事長による意図的な物なの?


 私はネフィトさんに言われた言葉とあの冷たい目を思い出した。


 ······ネフィトさんは私をこの城から追い出そうとしている?


 私の中に生まれた小さな疑念は、日を追う事に大きくなってきた。いつものように私は仕事後に調理室に向かった。


 タイラントが指定したあの味に段々と近づいていた。今日辺り完成するのではと私は期待していた。


 いや、実際早く完成しないと私の身体が持たないわ。うん。調理室に入ると調理台に紅茶のポットが置かれていた。


 ポットはまだ温かい。喉が乾いていた私は紅茶をカップに淹れて飲んだ。さあ。今日こそはクッキーを完成させないと。


 棚から材料を取り出し調理台に置いた時だった。あれ? なんだろ。なんか目眩がする。


 仕事の疲れかな? 私の目眩は一秒ごとに悪化していき足元が震えて来た。ま、まずいわ。これは誰か呼ばないと······


 私の意識は調理室のドアに手を伸ばした所で途切れた。


 

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