第33話 悪口はもう少し小声で言ってね。 

 メイドの仕事はとにかく忙しかった。基本的にメイド達は司令室で待機していなくてはならない。貴族達が鳴らす鐘に対応する為だ。


 仕事は御用聞きだけでは無い。貴族達の部屋の掃除。ベットのシーツ交換。城内の清掃。備品管理にお茶菓子作りもやるらしい。


 それぞれの貴族に担当のメイドがいるらしい。司令室に担当が不在の時は、ほかのメイドが対応するといった臨機応変の相互援助が必要不可欠だった。


「違う! 掃除は高い位置から低い位置の順にするものよ! 埃は上から落ちるでしょう!」


「シーツの四隅はしっかり伸ばして! シワが残ったら貴族の方達が不快になるわ!」


「焼き菓子を作った事が無いですって!? リリーカ様。あなた女性の嗜みも知らないの?」


 次々と私に浴びせられる叱責。いや、殆ど罵声に近いカラミィの指導は厳しさを増す一方だった。


 うう。厳しいよカラミィ。最も、私に殺意があるのにネフィト執事長に止められているから、不満はかなり溜まっているのだろう。


 司令室の一室にある調理室で私は焼き菓子を作っていた。カーゼルさんの元で料理に対して少しは持てた自信が粉々に砕け散った。


 や、焼き菓子ってなんて難しいの。砂糖をいれ過ぎると甘ったるいし、少ないと味気ない。焼き加減も見た目と味にすごく影響する。


「お菓子は厳密に分量が決まっているの。そこを覚えないと安定した味が出せないわ」


 カラミィが手際よく器に小麦粉をふり、砂糖、バター、卵を混ぜていく。貴族によって味の好みがあるので一人一人レシピが違うらしい。


 な、なんて面倒臭いの。そして私の担当貴族は、よりによって国王タイラントになった。


「チッ。なんで人間如きがタイラント様のお世話を」


 私の隣で、カラミィが陰口を隠そうともせず呟く。お、お願い。悪口はもう少し小声で言ってね。


 今までタイラントには決まったメイドが居なかったらしい。


 国王のお世話はメイド達全員で対応する。これが基本姿勢だったらしいが、ネフィト執事長の命令で私が初の固定担当に任命された。


「ね、ねえカラミィ。ネフィトさんって昔からこの城で働いているの?」


「······ネフィト執事長は昔冒険者だったらしいわ」


 カラミィの話によるとネフィトさんは現在六十歳。三十歳までは冒険者として数々の武勇伝を残した人らしい。


 噂によると、当時の魔王や勇者とも剣を交えた事があるとか。それがある時重症を負い、生死を彷徨っている時にある夫婦に命を救われた。


 その夫婦が、なんとタイラントの両親だったらしい。それ以後、ネフィトさんはタイラントの両親に仕え、この城で三十年間働いているらしい。


 そ、そんな凄い人なんだ。道理であのザンカルが礼を尽くす訳だ。カラミィは混ぜ合わせた材料をオーブンに入れる。


 そして私に十人分のレシピ表を押し付ける。


「この方達のレシピを覚えて。ちなみにタイラント様のレシピは無いから自分で考える事」


 カラミィはそう言って別の仕事に向かう為に退室して行った。一人取り残された私は、ひたすら焼き菓子の練習をする事となった。


「おうリリーカ。初日の仕事はどうだった?」


 気付いた時、隣にザンカルが立っていた。お菓子作りに没頭していた私は、いつの間にか夜になっていた事に驚いた。


「······メイドの格好も悪く無いぞリリーカ。つい押し倒したくなるぜ」


 や、やめて下さいそれだけは。その現場をハクランに見られたら、私は確実にナイフで細切れにされるから。


「なんだリリーカ。偉い数のクッキーを作ったな」


 ザンカルが調理台に並んだ私の失敗作を物珍しそうに眺める。ほ、本当だ。私いつの間にこんなに作ったんだ。


「レシピがある人達はいいんだけど。タイラントは好みが分からないから、つい色んな味を作り過ぎちゃって」


 私は頭を掻きながらザンカルに答える。立ちっぱなしのせいか両足に痛みが走った。


「······タイラントの為に、こんなに時間を費やしたのか?」


 ザンカルの声が突然低くなった。え? い、いやいや。お仕事で仕方なくよ!?


「······そうか。仕事ならしょうがないな」


 ザンカルは沈んだ表情のまま調理室から出て行った。それと入れ替わるように今度はタイラントが現れた。


「なんだこの焼き菓子の山は? 娘。お前が作ったのか?」


 ええそうよ。業務命令で仕方なくね。金髪魔族は私の失敗作を勝手につまんでいく。


「甘すぎる。焼きが足りん。形が悪い」


 く、今回は何も言い返せない。焼き菓子作りって本当に甘くないわ。その時、タイラントの手が突然止まった。


 無作為に掴んだクッキーを口に入れた後、タイラントは固まったように動かなくなったのだ。ど、どうしたつまみ食い国王?


「······娘。このクッキーをもう一度作れるか?」


 え? ど、どれ? タイラントがクッキーの山から一部分を掴んで私に差し出す。


「この味のクッキーをもう一度。いや。何時でも作れるようになっておけ。これは、国王命令だ」


 は、はい? いやこの数々の失敗作、レシピなんて記録していないんだけど? 私を見つめるタイラントの紅い目は、今まで見た事がないくらい真剣に見えた。



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