第31話 あんた等全員不正解です。

 広いが慎ましい調度品に囲まれた国王の部屋で、私の左手はタイラントに握られていた。


「······この様子だと、もう薬を塗る必要は無いな」


 タイラントは私の左手に手荒れの薬を薄く塗りながら呟いた。ん? なぜか残念そうに聞こえるのは気のせいかしら?


 あの料理対決から一週間が経過し、泣きキノコの毒で入院していた三人の料理人は無事復帰した。


 お陰で私の調理場雑用係はお役御免となった。タイラントの薬の効果もあり、私の手荒れはすっかり良くなった。


「······それにしても。本当にすごい数の薬ね」


 私は改めて木製の戸棚に所狭しと並ぶ小瓶を眺めた。タイラントは物心ついた頃からあったと言うけど、一体誰が用意したのかしら?


「知らぬな。知ろうと思った事も無い」


 つむじの寝癖を気にもせず、金髪魔族は素っ気なく答えた。そうだ。私は用があるとタイラントの部屋に呼ばれたんだっけ。


「娘。お前が勇者達の前で言った話だ」


 ·······私の講義は討論会に形を変え、教室に集まる事となった。そう言えばあの時、タイラント達は私の話を聞いてずっと大口を開けていた。


「リリーカ。待たせたわね」


「リリーカ殿。お待たせしました」


「リリーカ! 聞いたぞ。厨房の仕事から解放されたらしいな!」


 シースン。リケイ。ザンカルがそれぞれ私に声をかけながら教室に入って来た。既に着席していたタイラントを中心に私達は向かい合って座る。


「今日の議題は娘。お前が以前言った両種族異業種交流についてだ」


 タイラントが口火を切り、討論会の開始を宣言する。あれ? ちょっと待って。私が言ったのとちょっと違うような?


「タイラント様。失礼ながら違います。異業種交流では無く、両種族酒量検定協会です」


 シースンがタイラントの言葉を訂正する。誰も酒量検定なんて言ってませんよ? シースンさん? それ、ただの飲んべえの集団でしょう。


「タイラント様にシースン殿。お二人共に違います。正しくは両種族健全乱交協会です」


 リケイが自信に満ちた顔で二人を訂正する。おい待て眼鏡発情魔族。その協会はちっとも健全じゃないぞ。乱交の場を提供する協会ってどんな協会よ?


「お前ら記憶は確かか!? リリーカはこう言ったんだ。両種族押し倒し斡旋協会とな!」


 顔面崩壊から見事立ち直ったザンカルが大声を上げる。いや。あのねザンカル。あなたの答えが一番正解から遠いわ。


 押し倒しを斡旋する協会なんて、この世界の果てまで探しても無いわ。いや、あってたまるかい。


 全員が私を見る。皆自分の答えが正しいよね? って顔だ。いや、あんた等全員不正解です。


「両種族共済組合機構。私が言ったのは、人間と魔族が協力して公共事業を行う組織よ」


 私はため息をつきながら答えると、タイラントは不機嫌な表情になった。


「ふん。覚えにくい名だな。娘よ。もっと一般庶民でも覚えやすい名にしたらどうだ?」


 は、はあ? 自分が間違えたからって何逆ギレしてんのよ。この金髪寝癖魔族!


「そうね。両種族酒豪協会なんてどうかしら? リリーカ」


 いや、あのねシースン。お酒からまず離れて。それ公共事業する気が全く無い組織になるわ。


「そうですね。両種族乱交協会なんてどうですか?リリーカ殿」


 おい発情魔族。さっきの怪しい名の協会から健全の文字を取っただけだろう。しかも、いよいよ乱交だけが目的の組織になっているぞ。どんな組織だそれ。


「妙案があるぞ! 両種族問答無用押し倒し協会だ! 覚えやすいだろう!」


 あのねザンカル。あなたがさっき言った協会より荒っぽい名前になってるわ。問答無用って既に悪の組織よ。それ。


 あんた達、頭に両種族つけてるだけで後は自分の願望並べているだけでしょう!


「皆の者は娘の意図を理解していないようだな。私が提案しよう。その名も、両種族異業種交流斡旋協会だ」


 ちょいタイラント! アンタもそれさっきのに斡旋つけただけでしょ!


「私は以前、娘に強制され厨房で皿洗いをした事がある」


 タイラントの言葉に、シースンとリケイが動揺する。奴隷と小間使いの中間の存在が、一国の王に皿洗いをさせた事実に。


 ちょ、ちょっと手伝ってもらっただけじゃない。


「私は生まれて初めて国を司る役目以外の仕事をした。それは意外な程新鮮な気分だった」


 タイラントが話を続ける。そ、そうだったの? なら毎日手伝ってくれても良かったのに。


「そこで私は考えた。お互いの仕事を交換する事で異業種をしている相手の考えが分かり、相互理解が生まれるのではないかと」


 シースン。リケイ。ザンカルまでもが真剣にタイラントの話を聞いていた。あれ? ちょっと話が違う方向に向かっているような。


「素晴らしいお考えです」


 私達の間違った討論会は、男性の声で中断された。教室の入り口には、黒服を着た細見の老人が立っていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る