第27話 どうして私に、こんな事をしてくれるの?

 勇者ソレット一行が去った後、私は急いで調理場に戻った。そしていつもの忙しさの中あっという間に夜になった。


 最後の洗い物を終えて後ろを振り返ると、副料理長が私を手招きしていた。料理人達が全員厨房内のテーブルに座っている。


 そのテーブルには、いつもより豪華な賄い料理が並んでいた。


「リリーカ。今日までありがとな。ささやかだが、今夜はお前の慰労会だ」


「え? わ、私の?」


 皆仕事で疲れているのに、私の為に残ってくれるなんて。私は嬉しさの余り涙ぐんでしまった。


 副料理長が乾杯の音頭をとる。ふと個室調理場を見ると、カーゼルさんが小窓から腕だけを出し手に持つグラスを傾けてくれた。


 私は今までの苦労が全て吹き飛んだ気分だった。人間の私が、魔族の人達に気遣って貰えるなんて。


 そして私はお給金まで頂いた。袋の中には金貨が四枚も入っていた。村に帰る時、両親と弟のイシトにお土産を沢山持って行こう。


 ささやかな宴は楽しく過ぎ、一人の料理人がシクシクと泣き始めた。それが二人、三人と増えていった。


 そ、そんな。私の為に泣いてくれるなんて! 私もつい貰い泣きしてしまい、ここで働いて良かったと心から思えた。


「ううううっ!!」


 三人の料理人の泣く様子は、時間と共に激しくなって来た。それは大泣きに変化し、ついに椅子から転げ落ち床で大の字になって泣き叫ぶようになった。


 え? そ、そこまで泣かなくても? 私は呆然として三人を見る。その三人に副料理長が近づいた。


「······やられたな。コイツは、泣きキノコの毒だな」


 な、泣きキノコ? そんなのあるの? と、言うか前回の笑いキノコの毒と言い、この厨房の賄い料理どんだけ品質管理がいい加減なの? ねえ?


 三人は泣き叫びながら運ばれて行った。私は全身全霊で足音を立てないように厨房を出ようとした。


 その時、背後から副料理長の手が私の肩に乗せられた。


「リリーカ。明日から暇か?」


 ······こうして、私の調理場での雑用係は明日からも続く事となった。


 明日から寝坊が出来ると安心しきっていた私は、うなだれながら廊下を歩いていた。


「娘。私の部屋まで来い」


 背後からの突然の声に私は驚いた。声の主はタイラントだった。こ、こんな夜に何の用なの?


 タイラントの部屋に入ると、金髪魔族は古びた木棚の扉を開いた。中には、いくつもの小瓶が棚に並んでいた。


 すごい数。一体いくつあるの。この棚の中の小瓶? タイラントは迷う様子も無くその中から一つの小瓶を取り出した。


「娘。左手を出せ」


 私は怪訝に思いながらも、言われた通り左手を差し出す。すると、タイラントは小瓶の中に入っていた液体を指で取り私の赤切れだらけの左手に塗っていく。


「こ、これは何? タイラント?」


「手荒れ用の薬だ」


 タイラントは無表情で答える。薬って。じゃあ、この木棚の中の小瓶は全部薬なの?


「頭痛用。腹痛用。発熱用。様々な用途の薬だ」


 や、やっぱりこれ全部薬? それにしてもすごい数の薬だわ。


「私が物心つく頃からこれはあった。腐敗を防ぐ魔法が施されているから現在も心配無く使える」


 タイラントが言うには、治癒魔法は一見万能に見えるが、人が本来持つ自然治癒力を妨げる弊害もあると言う。


 緊急でなければ、傷は自然に治すのが一番いいらしい。それにしても、この薬傷口に全然染みないわ。


「終わったぞ。娘」


「あ、ありがとう。タイラント」


 タイラントは小瓶を棚に戻した後、窓の方を見ながら無言だ。き、気まずいから何か喋りなさいよ。


「······また明日。私の部屋に来い。薬を塗ってやる」


「どうして? タイラント」


「······何がだ?」


「どうして私に、こんな事をしてくれるの?」


「······この城には、治癒魔法を使用出来る者もいる。リケイもその一人だ」


「リケイさんに治療してもらったら駄目なの?」


「先程も説明しただろう。自然治癒が一番望ましいのだ」


「私はすぐに治った方が助かるんだけど」


「······からだ」


「え? 何? タイラント」


「私がこうして治療しないと、他の者がお前の手に触れるからだ!!」


「······そっか。うん。分かった。じゃあ私行くね。おやすみなさい」


 私は何喰わぬ顔で返答し、機械的にタイラントの部屋を出た。そして自室まで急いで大股で歩いて行く。


 さ、さっきのタイラントの台詞は何? 他の者が私の手に触れるとかどうとか。あれは一体どう言う意味?


 あの台詞を言った時のタイラントの顔は、無表情でも無感情でも無かった。と、とにかく深く考えるのは止めよう。


 早歩きのせいか、私の胸の鼓動はいつまでも落ち着く事が無かった。

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