第26話 まだやり残した事があるみたいです。
三月も終わろうとしていたある日の昼下り。私は城門を出ようとしていた。ザンカル。シースン。リケイの三人はわざわざ見送りについて来てくれた。
「リリーカ。またこの城に来てね。その時は一緒に飲みましょう」
「リリーカ殿。貴方の講義は勉強になりました。礼を申し上げます」
シースンとリケイが私と握手してくれた。困った人達だったけど根はいい人だ。ザンカルは顔が崩壊していた為に分かりにくかったが、きっと笑顔でいてくれていると私は信じていた。
「······リリーカ。早く弟を安心させてやれよ。俺は近いうちにお前に会いに行くからな」
ザンカルらしい優しい言葉に私は笑顔を向ける。でもその時は絶対に武装して来ないでね。また村の皆が逃げちゃうから。私は心からそう願った。
······そして、タイラントは私から距離を取り目も合わせない。最後なのに挨拶一つ無しなんて。ふんだ。あんたがその気なら、私だってもう知らない。
「リリーカ。準備はいいか?」
ソレットさんが私に声を掛け、私は三人に別れを告げ駆け出した。走りながら一度だけ城を振り返った。
この城に連れて来られた時は、なんて恐ろしい城だと思ったけど、今はそれ程怖くない。なんでかな?
私は先を歩くソレットさん達に追いついた。これから私達は風の呪文で移動するらしい。私は勇者様達にどうしても感謝を伝えたかった。
「あ、あの皆さん。この度は本当にありがとうございました!」
私は心から感謝の気持ちを込め頭を下げた。ハリアスだけ偉そうに頷いていたが、他の三人は穏やかに微笑してくれた。
「皆さんにお会い出来て光栄でした。貴方達の勇名は私のタタラ村にも届く程でした」
村に帰れる嬉しさから、私はついお喋りになってしまった。ソレットさんに憧れていた幼馴染みのラストルの名を出した時、四人の表情が一変した。
「リリーカ。今、ラストルと言ったのか? もしやその人物は紺色の髪の少年か? 今、君と同じ歳くらいの」
「え? そ、そうです。ラストルは紺色の髪の毛で私と同い年の十八歳です」
ソレットさんの説明に私は驚愕した。三年前。ソレットさん達は、ある大きな戦争に関わっていた。
その戦場でソレットさんはラストルに出会ったと言う。しかも、ラストルはソレットさんの援護を買って出たらしい。
そして私は更に驚いた。ソレットさんは、ラストルに仲間にならないかと誘ったらしい。す、凄い!ゆ、夢が叶ったじゃないラストル!
そして私は更に更に驚いた。ラストルはその誘いを謝絶したと言う。はぁ!? 何やってんのよあの馬鹿!
勇者ソレットの誘いを蹴るなんて、ソレットさんに憧れる世界中の冒険者を敵に回す愚行よ!
何故そんな馬鹿な真似をしたの? ソレットさんが言うには、ラストルは銀髪の少女と行動を共にしたらしい。
······幼友達の暴挙に私は呆れたが、とにかく無事ならなんでも良い。いつかラストルが村に帰って来た時みっちり説教しよう。
その時、ソレットさんの周囲に風が巻き起こって来た。私達はこの風に乗り、タタラ村まで飛んで行くらしい。
私は最後にもう一度だけ城を振り返った。そして真っ先に私の目に映ったのは、タイラントの顔だった。
タイラントは両目を伏せ、口を真一文字に閉じていた。それは、私の幼かった時の記憶にある子供の表情だった。
······親の言いつけを守らず、叱られ外に置いてきぼりにされた子供の顔。タイラントの表情は、正にそうだった。なんて顔をしているのよ。あいつ······
でも、それはいつも無表情で無感情のタイラントが見せた初めてと言っていい心の表情だった。気付いた時、私はソレットさん達の輪の中から離れていた。
「······どうした? リリーカ?」
「······ごめんなさい。ソレットさん。今はまだ帰れません。私には、まだやり残した事があるみたいです」
私は何を血迷っているの? このまま村に帰ればまた以前と同じ生活が出来るのに。やり残した事って何よ?
······分からない。自分が何をしたいのか。感情の動きに頭が追いついて行かない。でも、それでも私は自分の言葉を翻さなかった。
「······分かった。イシトには俺達から伝えておこう」
ソレットさんが優しくそう言ってくれた。私はおさげの一つからリボンを解いた。普段なら人前で絶対にしない行為だが、今は人にこの癖っ毛がどう見られても構わなかった。
「これを、このリボンをイシトに渡してもらえますか? ソレットさん」
私の頭半分の癖っ毛がメデューサのように変化する。それを見たハリアスが失笑した。が、ゴントさんとクリスさんに両頬を殴られハリアスは失神した。
ゴントさん、クリスさん素敵です。ハリアス。アンタは最後まで最低。ソレットさんは快く私の願いを了承してくれた。
三人の好漢と一人の悪漢を見送り、私は再び城門に戻った。ザンカル、シースン、リケイが私を歓迎してくれた。そして私はタイラントの横を通り過ぎる。
「······娘。何故戻って来た?」
「やり残した事があるからよ。調理場は人手が足りないの。私が手伝わないと大変なんだから」
······人間は嘘をつく。魔族もそれは同じだろうか? この時の私とタイラントは、紛れもなく嘘という名の共犯者だった。
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