第25話 私は、タタラ村に帰ります。

「私は親から、魔族は恐ろしい存在だと教えられました。そして魔族は、人間は支配するべき対象だと教えられたそうです」


 昼食前の食堂で、私だけの声が響いていた。落ち着け私。人生で一番頭を使う場所は今この時よ。


「でも、果たしてその両種族の教えは正しかったのでしょうか? 私は今、この城の調理場で働いています。魔族である料理人の人達は人間である私を仲間として扱ってくれてます」


 そして、ここの料理長カーゼルさんは見た事が無いくらい格好いい人だ。


「勿論、城中には私に冷たい視線を送る人達もいます。では、何故調理場の人達は違うのでしょうか?」


 ······皆、黙って私の話を聞いてくれている。あのハリアスすら無駄口も叩かず私を見ている。


「わたしは考えました。それは、私と料理人の人達が同じ仕事をしているからです」


 私は口の中が乾き、手元のカップを一口飲もうとしたが慌ててカップから手を離す。危ない危ない。毒入りって事忘れてた!


 ちらりとカラミィを見ると、それはもう悔しそうな顔をしていた。絶対に心の中で「チッ」って言ってる。


「仕事は良くも悪くも、その人の人柄が出ます。一生懸命仕事をする人。手を抜く人。サボろうとする人。色々です」


 私の脳裏に厨房での労働の日々が思い起こされた。それは、忙しくも充実した時間だった。


「料理人の人達は、私の働きぶりを見て仲間として受け入れてくれました。魔族が人間を受け入れてくれたんです!」


 私は自分の言葉に少しずつ興奮し、思わず机を手のひらで叩いてしまった。


「この私の一例は、重要かつ重大な事を私達に教えてくれています。人間と魔族は、分かり合う事が可能なんです!」


 えーっと。ここまで断言しちゃって大丈夫かしら? ま、いいか。言ってしまえ。


「······ですが、リリーカさんは特殊な例です。人間が魔族の城で働くなど、まずあり得ないでしょう」


 神官衣のクリスさんが控え目に意見してきた。た、確かに。私の例は珍しくて参考にならないのかな。


「クリスの言う通りだな。あるとしたら奴隷として強制的に使役されると言った所か」


 ハリアスが私に追い打ちをかける。や、やっぱり駄目なのかな。私程度が考えついた事って。


「リリーカ。気にするな。お前が思っている事を全部言えばいい」


 俯きかけた私に、顔面崩壊したザンカルが声をかけてくれる。あ、ありがとうザンカル。


 その腫れ上がった顔に、全然ときめかないけどありがとう! 私は残った考えも言う事に決めた。


「公共事業です!!」


 私は高らかに宣言した。皆目を丸くしてるが、もう私は気にしない。


「人間と魔族が一緒に何かを作るんです。家でも城でも街でもいいです。農作物を作るのもいいと思います。そして労働の後は、こうやって皆で食事をするんです」


 そうよ。同じ労働をして、同じ釜の飯を食べれば、きっとお互いに分かり合える。


「公共事業の資金は各国が拠出し、それを管理する組織を作ります。名付けて、両種族共済組合機構!この組織が出来れば、きっと争いはなくなり、世界が平和になります!!」


 私は気付くと、右拳を振り上げていた。ちょ、ちょっと言い過ぎたかな? 横目でタイラントを見ると口を開け驚愕したような顔をしていた。ど、どうした国王?


 ザンカルは顔面崩壊してるから表情は分からなかったが、シースンとリケイもタイラント同じ様な表情をしている。ど、どうした側近達?


「理想論だな」


 ハリアスが立ち上がり、私を見る。


「娘。その組織を作る為には、人間と魔族、多くの国々が同じテーブルに着かないと実現不可能だ。その大前提が極めて困難だ」


 いい加減でだらし無いあのハリアスが、理路整然と私を論破する。た、確かに。一言も返せない。


「······いい考えじゃないか」


 ソレットさんが小さく呟き、私を見つめた。


「それが実現すれば、世界に争いが無くなる。俺のように剣を振るう者も必要無くなる」


 ソレットさんは優しく微笑んだ。そ、その澄んだ目で見つめないで! 自分が汚れた存在に見えてしまいます!


「これからは旅先で出会う権力者に、リリーカの考えを話してみるよ。そんな組織が作れるのなら、俺は全力で手伝う」


 も、貰えた! 勇者ソレットのお墨付きを頂けたわ! こ、こんな私の突拍子も無い考えに!


 私は感激の余り涙ぐんでしまった。タイラント達魔族はまだ口を開けている。ホントにどうしたあんた等?


 とにかく、私の思いと考えは全て話せた。この城で私のする事はもう何も無いわ。


「私は、タタラ村に帰ります」


 私は静かに宣言した。さようなら。魔族の城と魔族の人達。タイラント達は、いつまでも口を開けていた。

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