第23話 喧嘩する気満々なんですが?
私達は城内にある鍛錬場に移動した。屋根はアーチ状になっており、壁は煉瓦造り。床は石畳になっていた。
ここに入った時、汗と鉄を混ぜたような臭いがした。壁や地面の所々に黒い染みが見える。
こ、これって訓練で流された血? 石畳の中央に互いに鎧を脱いだザンカルとゴントさんが向かい合っている。
大柄な二人は身長がほぼ同じだ。胸の厚さも腕の太さも拮抗している。違いがあるとすれば表情だった。
敵意剥き出しのザンカルに対して、ゴントさんは至って冷静だ。この二人はこれから素手で戦う。私を賭けて。
な、なんでこんな事になったの? と、言うか私の意思を無視して皆何をしているの? やっぱりこの喧嘩を止めよう。私がはっきりと主張すれば済む事だ。
私がザンカルの元へ行こうとすると、タイラントが私を呼び止めた。
「娘。何をするつもりだ?」
「何って。ザンカルを止めるのよ。彼、完全に興奮状態よ」
「娘。お前は何も分かっていない。あれはザンカルの演技だ」
え、演技? ザンカルが? な、何の為の?
「勇者達を挑発し、その実力の一端を知る為だ。ザンカルは我が軍最強の戦士。その腕前に奴らがどこまで対抗するか。これは情報収集の一貫なのだ」
······勇者達はいつ魔族である自分達の敵になるか分からない。その時の為に少しでも勇者達の力を知る必要がある。タイラントはそう続けた。
そ、そんな事をザンカルは考えていたの? ごめんなさいザンカル。あなたの事を猪武者みたいって思っちゃった。
でも、やはりこの争いを止めたくてザンカルに近寄った。ザンカルは私に不敵な笑みを見せる。
「見てろリリーカ。お前は絶対に渡さねぇ! あの野郎、ギタギタにしてやるぜ!!」
······あの。タイラントさん。貴方のご親友、喧嘩する気満々なんですが? いや。これは喧嘩する事しか考えていませんよ?
私が冷たい視線をタイラントに向けると、金髪魔族は小さく頷く。いや、だからね。国王様。ザンカル、情報収集する気ないですよ?
「よし! この俺が審判を買って出よう。いいか二人共、俺が合図をしたら決闘開始だ」
誰も呼んでいないに口達者男ハリアスさんがしゃしゃり出る。ザンカルとゴントさんの横に立ち、ハリアスさんは片手をゆっくりと上げる。
「決闘開始!」
突然クリスさんが大声で叫んだ。一言も喋れなかったハリアスさん。いや、もうハリアスでいいや。
ハリアスは片手を上げたまま呆然としていた。貴方はそのまま固まっていて下さい。とにかく、クリスさんの掛け声で決闘は開始された。
······そして、一瞬で決着はついた。ザンカルの右拳がゴントさんの顔面を捉え、ゴントさんの右拳がザンカルの顔にめり込んだ。
二人はしばらくその状態で静止したままだったが、両人共同時に膝が崩れ背中から石畳に倒れた。い、いきなり相討ち!?
私達は二人に駆け寄った。ザンカルは仰向けに倒れたままピクリとも動かない。鼻と口から血を流し完全に失神している。
それはゴントさんも同様だった。タイラントが腰の杖を握り、ソレットさんに冷たい口調で呟いた。
「これでは決着がつかんな。どうだ勇者よ。この二人の続きは私とそなたで行うか?」
あ、あの魔法石の杖! 前に見た黒い光の鞭でタイラントはソレットさんと戦う気? ソレットさんは首を横に振った。
「止めておこう。俺達は戦う為にここに来たのでは無い」
「······勇者よ。その右手は負傷しているのか?」
タイラントの質問に、ソレットさんは右手の包帯を取っていく。包帯の下から見えた右手は黒く染まっていた。な、何これ?
「ある邪神教団を滅ぼした時に受けた呪いだ。この黒い右手で剣を振るうと強大な力を発揮するが、呪いも効力を増し身体を蝕んでいく」
の、呪い? そんな。魔法とかで治せないの?
「諸刃の力か。その呪いを解く方法は無いのか?」
タイラントは魔法石の杖を腰に戻しながら勇者に問いかける。
「今それを探している最中だ。だからなるべく戦いは避けたい」
ソレットさんの穏やかな物言いにタイラントもそれ以上挑発する事は無かった。私は自分の考えを話す時は今だと判断した。
「あ、あのソレットさん。あと仲間の皆さん。私なんかの為にこの城に来てくれてありがとうございます」
口先男約一名を除き、私は三人に頭を下げ感謝した。
「この城に連れて来られた時は、もう駄目かと思いました。込み入った事情が多々あるんですが、今私は自分の意思でこの城で働いています」
······死を覚悟して魔族の親玉を怒鳴りつけた。親玉は私に質問して来た。魔族は人間を殺してはいけないのかと。
妙な性格の親玉だった。親玉の仲間達も変な人達ばかりだ。押し倒すだの、押し倒されないだの、人間の娘の裸が見たいだの。
三人姉妹には常に命を狙われるし。恋に落ちそうになった美形男子は四本腕だし。いつの間にか講義の先生にされるし。
······そして、親玉は親の愛情を知らない困った性格の持ち主だ。
私はどう言えばソレットさん達に伝わるか迷った。私の頭では上手く説明出来ない。私は自分の赤切れだらけの左手を見た。
「全員、食堂に来て下さい!」
私は鍛錬場の出口を指さした。この出口の先に、私の職場がある。そこで私は何をするつもりなのか?
この時の私は、自分の考えに確固たる自信があった訳では無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます