第22話 私、村に帰るんだから!
タイラントは私の住むタタラ村に使いを出した。タタラ村の近くの街に助けを呼びに行った私は、成り行き上その街でしばらく働く事になったと。
使いの者の話だと、私の両親はその話を聞き安心したらしい。でも、弟のイシトは叫んだ。お姉ちゃんは魔族の兵士にさらわれたと。
タタラ村への魔族の襲撃は夜分だったので、十歳の子供の見間違いだと両親は取り合わなかった。
そんな時、偶然タタラ村に勇者ソレット一行が通りかかった。弟のイシトは強そうな冒険者達を目にして、彼らに泣きながら懇願した。
僕のお姉ちゃんを助けてと。
「これが、イシトから貰い受けた物だ」
説明を終えたソレットさんは、腰に着けていた小さい袋を取り出し、机の上に袋の中身を出した。
袋の中からは十枚の銅貨が出てきた。私はそれを見た時、全てを悟り涙が出てきた。イシトは自分の貯めた銅貨を冒険者に全て差し出し、私の救助を求めたのだ。
「······君がリリーカだね」
私の泣く姿を見て、ソレットさんは銅貨を袋に戻した。
「どうした娘! 何故泣くのだ?」
タイラントが訳が分からない。と言う表情で問いかける。あの、今感涙に浸っているので邪魔しないでくれる?
でも、ソレットさん達は十歳の子供の言葉を信じて、ここ迄来てくれたって事? な、なんて正義の味方の鏡のような人達なの?
「俺達が来て安心したようだな娘。まあ、子供の話を信じる俺達の純粋さに、いくら賛辞を述べても構わないぞ」
ハリアスさんがソファーから立ち上がり、それはもう偉そうな顔をしていた。
「よく言いますねハリアス。イシトが真っ先に駆け寄ったのは貴方でしたよね。その時、イシトに何て言いましたか?」
「うるさいガキ。だったか? それと、さらわれた娘は美人かどうかも聞いていたな」
クリスさんとゴントさんの言葉にハリアスさんは目を逸らし口笛を吹いていた。こ、この男最低!
「俺達はリリーカを連れ戻しに来た。了解してもらえるか? タイラント国王」
たった四人で魔族の城に乗り込み、恐れる色を全く見せない。ソレットさんは机に座るタイラントの前に立った。
「良いも悪いも無い。この娘は自分の意思でここにいる。出ていくのも自由だ」
タイラントは涼しい顔で即答した。え? 自由なの? 私、出て行っていいの? じゃあ、帰ります。はい。お世話になりました。
私がソレットさん達の元へ行こうとすると、タイラントが私の左手首を掴んだ。え? ちょ、ちょっと離してよ。私、村に帰るんだから!
「どうした娘? 何故私の手を掴む? 帰りたくないのか?」
はぁ!? いやいや。掴んでるのアンタだから!私の手首! 言動不一致って言葉、知ってんのアンタ!?
「······その手。怪我をしていますね。ちょっと失礼します」
気付くと、クリスさんが私の目の前に立っていた。クリスさんは私の右手を優しく持つ。
すると、クリスさんの両手から白銀色の光が輝いた。私の赤切れだらけの右手は、傷一つ無い手に戻った。
す、すごい! 何これ? ま、魔法かしら?
「左手の方も治しましょう。手をこちらに」
クリスさんは両手を前に出し私に促した。ぜ、是非お願い致します! 私が左手を差し出そうとすると、突然タイラントが立ち上がり私の手を引っ張り机の後ろに下がった。
そしてタイラントは無言でクリスさんを睨みつける。な、何考えてんのよこの馬鹿は! クリスさんは苦笑して一歩引き下がった。
「娘よ。その手の傷。この魔族の城で過酷な労働を強制されたようだな。俺の目は誤魔化せんぞ」
ハリアスさんが両腕を組み、したり顔で断言した。いえ。全く違います。この手の傷は私の意思で行った労働の結果です。
貴方の両目は節穴ですか? ハリアスさん。その時、執務室のドアが蹴破られるような音がした。
ドアを荒々しく開けたのはザンカルだった。ザンカルはソレットさん達を一瞥し、大股でソレットさんの前に歩いて来た。
「······勇者ソレットって奴はどいつだ? この城にたった四人で乗り込んで来るとはいい度胸だな」
ソレットさんを睨むザンカル。二人の間にハリアスさんが割って入った。
「冷静になれ魔族。俺達はリリーカと言う村娘を引き取りに来ただけだ」
私の名を聞いた途端、ザンカルはハリアスさんの胸ぐらを掴んだ。
「リリーカをどうするって? お前から俺に喧嘩を売るって事でいいんだな?」
血の気が引いたハリアスさんは口をパクパクさせながら仲間達を見る。助けを求めているのだろうか。うわあ。やっぱり格好悪いな。この人。
気付くと、ハリアスさんの胸ぐらを掴んだザンカルの手の上に、ゴントさんの右手が乗せられていた。
「その辺で勘弁してやってくれ。このハリアスと言う男はこう見えても。傲慢かつ不遜で、図々しくて口軽く、見た目通り軽薄で······参ったな。助ける理由が浮かばん。邪魔をしたな魔族の戦士。このまま続きをしてくれて結構だ」
ゴントさんはハリアスに背を向けてしまった。それと入れ替わるように、今度はクリスさんがザンカルの前に進み出た。
「ゴント! いくら何でもそれは言い過ぎですよ。確かにハリアスは、ゆく先々の街の酒場で働く娘に手当たり次第金を貢ぎ、口説くも金だけ取られて毎回一文無しになります。それでも全く懲りず、金貸しから金を借り同じ事を繰り返す。しかも借金の名義は勝手に我々三人の名前を使っています。お陰で我々は連帯保証人にされ金貨四千枚の借金を背負わされています······おや、やっぱり助ける理由が見つかりませんね。魔族の戦士殿、どうぞ続きを」
「おいゴント! クリス! お前ら、なんて友達甲斐が無い奴らだ! しかも良い事を何一つ言ってないぞ!」
ハリアスさんが堪らず悲鳴をあげる。うわっ。この人本当に最低。なんでこんな人が勇者の仲間なの? クビか追放にした方がいいですよ。ソレットさん。
「······お前等まとめて喧嘩を売っている。そう言う事だな?」
ザンカルがハリアスさんを離し、クリスさんに詰め寄る。ま、待ってザンカル! 私が声を出す前に、ゴントさんがザンカルの背後から肩を掴む。
え? ゴントさんはクリスさんの後ろに居たのに、い、いつ移動したの?
「魔族の戦士よ。迂闊にクリスの間合いに入らない方がいい。これは、お前の身の安全の為に言っている」
ゴントさんの静かな口調に、ザンカルは振り向きもせず答える。
「······お前は喧嘩の売値を釣り上げる才能があるな。上等だ」
お、怒ってる。あのザンカルが本気で怒っている。
「リリーカは渡さねぇ! 表に出ろ! 赤い鎧野郎!!」
ザンカルはゴントさんに宣戦布告をする。何でこんな事になるの? わ、私が原因? タイラントを見るといつもの無表情だ。国王の執務室は、不穏な空気で埋め尽くされていた。
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