第17話 む、村の守り神ナータタラにお誓いして潔白です!

 翌朝私は、タイラントのベッドで目を覚ました。寝ぼけ眼で昨晩の記憶を辿ると、私は猛烈に取り乱した。


 よ、嫁入り前の娘が男のベッドで一晩を過ごしてしまったあ!! や、奴はどこ!? 私は慌てて周囲を見回したが、この部屋の所有者はどこにも居なかった。


 ふ、服! 私ちゃんと服着ているの? 視線を下げ無事衣服を身に着けている事を確認すると、全身の力が抜けた。


 私は必死に心を落ち着かせる。そしてこの部屋を出る為にドアを静かに開けると、廊下に誰かが立っていた。


「カ、カラミィ?」


 メイド服の美女は、目の下にクマをこしらえて直立不動のまま私を睨む。な、何で?


「······昨日、タイラント様の着替えをお持ちしたら、部屋からあなたの呑気な歌声が聞こえたわ」


 そ、それはお耳汚しでした。ん? と、言う事は? も、もしかしてカラミィは一晩中着替えを持ってドアの前に立っていたの!?


「······タイラント様の部屋で一晩過ごすなんて。リリーカ。あなた覚悟は出来ているんでしょうね?」


 そ、それは大き過ぎる誤解です! な、何もありません! む、村の守り神ナータタラにお誓いして潔白です!


「······これからは四六時中、自分の命を案じる事ね。赤毛のリリーカ様」


 私がいくら弁明しても聞く耳持たず、カラミィは殺気をまといながら歩いて行った。ど、どうしよう。カラミィの私への殺意は決定的な物になってしまった。


 これも全部タイラントのせいよ! 私を引き留めといてお決まりの無言。私も黙って座っていたらいつの間にか眠ってしまった。


 タ、タイラントからカラミィに言って貰おう。昨日は何も無かったと。私はタイラントを探す事に決めた。


 私の命がある内にあの性格が屈折した金髪魔族を見つけるのよ! 私が一歩を踏み出すと、前方からメイド姿の美少女が二人歩いて来た。


「あ、リリーカ様。早く食堂に行かないと無くなりますよ」


 ハクランが私の背中に手を添えて方向転換させる


「今朝は超人気メニューのフレンチトーストですよー」


 エマーリが陽気な声を出し両手で私の背中を押して行った。


 ······気付いた時、私は食堂でハクランとエマーリに挟まれフレンチトーストを食べていた。


 だ、だってお腹が空いてたんだもん。それよりもこのフレンチトースト。もの凄く美味しい!


 やっばりここの料理長ってすごい人なんだわ。


「ねえリリーカ様。カラミィ姉さんに何かしたの?」


 ハクランが果物ナイフを華麗に操りハムを切り刻む。お、お願いだからそのナイフしまって。


「リリーカ殺すって、ぶつぶつ言ってましたよー。あれ、本気にやばい時のカラミィ姉ですよー」


 エマーリが無邪気にいちごを口に運び、身の毛がよだつ事を言う。や、やっぱり私こんな所で食事している場合じゃない!


「あ、リリーカさん。ハクランにエマーリも」


 お盆を持った少年が私達に笑顔で話しかけてきた。


「あれ? エドロン。フレンチトースト売り切れ?」


 庭師のエドロンが私達の前に座った。エマーリがエドロンのお盆を覗きながら問いかける。お盆にはクロワッサンとジャガイモの煮込み料理があった。


「うん。僕の前に並んだ人で丁度売り切れ。もっと早起きしないと駄目だね」


 そっか。エドロンやエマーリ達は顔見知りなんだ。歳も近そうだし、同じ城中で働く者同士だもんね。


「ちっ。皆食べるって分かってんだから、もっと数用意しとけよ。ったく使えねーなここの料理人共」


 ······愛らしい顔のまま、エマーリは口から毒舌を吐いた。テーブルに肘を着き手で顎を支える。椅子の上で足を組み、スカートから白いふとももがあらわになっていた。


 エ、エマーリってこんな娘なの? エドロンとエマーリは楽しそうに会話をしている。二人は同い年の十七歳らしい。


 フレンチトーストを食べ終わった私は、お盆を返却しに厨房に向かった。すると、厨房の中から叫び声が聞こえて来た。


「おい! こっちもだ。笑いキノコの毒にやられてるぞ!」


 厨房を伺うと、三人の料理人が床に倒れて大笑いしている。な、なんだこりゃ?


「おいそこのアンタ! ちょっと手伝ってくれ!」


「え? わ、私ですか?」


 調理場の人と目が合った私は、手を掴まれ厨房内に連れていかれた。訳を聞くと、料理人達のまかない料理に毒キノコが混じっていたらしい。


 その名も笑いキノコ。命に別状は無いが、数日の間笑いが止まらない症状が続くらしい。


 水を飲ませると毒が薄まるとの事で、私も水くみ要員として手伝わされた。三人が笑いながら救護室へ運ばれて行くと、洗い場には山のような食器が残されていた。


 ······私は足音をたてないよう厨房から立ち去ろうとした時、料理人の一人に肩を掴まれた。


「アンタ。暇?」


 ······三人が抜けた調理場の穴は大きく、私はその欠員要員に選ばれた。私は前掛けを借りて使用済みの皿をひたすら洗っていく。


「昼の仕込みを始めるぞ! 準備急げ!」


 個室調理場から料理長の大声が響いた。ちょ、朝食が終わったと思ったら、もう昼の用意なの!?


「ちょっとアンタ! そこの皮むきが終わった野菜を料理長に渡してくれ!」


「え? こ、これですか?」


 大量の人参や玉ねぎ、ジャガイモが入った大鍋を私は歯を食いしばり運んだ。か、か弱い女の子にこれはキツイ!


 料理長専用の個室調理場のドアが少し開いていたので、両手が塞がっていた私はお行儀悪く足でドアを開けた。


「ここでいいですか?」


 私は個室調理場に入り、野菜が入った大鍋を机の上に置いた。この時私は気づいていなかった。料理長の個室調理場に決して入ってはならない事を。


 私の目に料理長の顔が見えた。その途端に、私は凍りついたように固まってしまった。


 料理長の顔は、村一番の美青年フェトを凌駕する造形美の持ち主だった。



 

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