第15話 あれ? 何故私は走っているの?

 黒髪美女メイドのカラミィに喧嘩を売ってしまった翌日。私は暗殺を恐れながら講義室に向かった。幸い無事に辿り着き私は教壇の前に立った。


 目の前のアルコール入り果実水のグラスを無視し。人格に欠陥を持つ魔族達の顔を流し見し。私は心の中で深呼吸した。


 私は村に帰れる。この魔族達を納得させる事が出来れば。この連中を感動させたり興奮させたりする必要は一切ない。


 ただ理論的に分からせればいいんだ。なぜ魔族が人間を支配しては駄目なのかを。私は教師である父さんから受けた授業を必死に思い出していた。目を覚ませ! 覚醒せよ! 私の記憶力!


「オルギス教の総本山であるカリフェースは、人間と魔族が共存している国よ!」


 確か。確か父さんはそんな事を言っていた

筈よ。


「このカリフェースの一例は私達に教示してくれている。そう。可能なのよ! 人間と魔族の共存が!!」


 ······あれ? 熱弁をふるう私は冷ややかや視線を感じた。あ、やっぱりどこか間違ってましたか?


「リリーカ殿。カリフェースは参考になりません。何しろあそこは、オルギス教の信仰の元に成り立っている国です」


 白髪眼鏡のリケイが、出来の悪い生徒を諭すように話す。


「そうね。リリーカのその理屈で言うと、人間と魔族。全て単一の信仰心の元にまとめる必要があるわ」


 紫長髪美人のシースンが、酒入りグラスを一気飲みして私の主張を破綻させる。


 うう。そんな難しい事言われても。私の頭じゃ分からないわ。ど、どうしよう。


「リリーカ。小難しく考えるな。いつものお前らしく思った事を話せばいい」


 短髪大柄のザンカルが机の上に両足を組みながら私に笑いかける。い、いちいち優しいなザンカルは。


 私は目を閉じ、ザンカルにいわれた通り私の考えを整理し始めた。なんとなく考えがまとまりかけ両目を開くと、目の前にタイラントが立っていた。


「タ、タイラント? 講義中は着席しなきゃ駄目よ」


 タイラントは私の注意をまるで聞いていない様子だった。


「······娘。お前は私に言ったな。私は心が抜け落ちた人形だと。そして、その心は氷に覆われているとも言った」


 タイラントは紅い両目に鋭い光を伴い私を問いつめる。そ、そんな事言いましたっけ? 何分熱にうなされていたので。私記憶にございませんわ。


「娘。お前の言う通りだとしたら、その氷とやらはどうすれば溶けるのだ? どうすれば抜け落ちた心とやらが戻るのだ?」


 この時私が見たタイラントは、いつもの無表情とは少し違っていた。何かに苛立ちを覚えていて、それをどうすればいいのか分からない様子だった。


「どうした娘。早く答えぬか」


 痺れを切らしたのか、タイラントが私の手首を掴んだ。私は手首に鋭い痛みを感じた。


「おいタイラント! お前何をしている! その手を離せ!」


 ザンカルが今にもタイラントに掴みかかりそうになり、シースンとリケイがそれを止めに入った。


 教室内は一時騒然となり、タイラントは無言で出ていってしまった。ど、どうしたのアイツ?


「······驚いたわ。あんな感情的なタイラント様。これ迄見た事がないわ」


 シースンが指をを唇に当て、タイラントが去った方角を見ていた。


「リリーカ殿。ひとまず講義は延期しましょう」


 リケイの提案に乗り、私達は解散する事となった。教室を出る際、ザンカルが気にするなと肩を叩いてくれた。


 シースンの言う通り、あんなタイラントは私も初めて見た。私は自室に戻る事もせずに、なんとなく城内の中庭に向かって歩いて行った。


「······綺麗!」


 その光景に、私は感嘆の声をあげた。中庭は高い城壁に囲まれた庭園だった。整然と刈り取られた芝生。中央は石畳の道があり、その左右には花壇に春の花が咲き誇っていた。


 紫と白のクロッカス。黄色いスイセン。雪のように白いスノードロップ。私は鐘の形をしたスノードロップに見入っていた。


「その花がお好きですか?」


 私の耳に若い男性の声が聞こえた。振り返ると、茶色い帽子を被り前掛けを身に着けた少年が立っていた。


「初めまして。リリーカさん。私は庭師のエドロンと申します」


 そばかすがある頬を緩ませ、エドロンと名乗った少年は笑った。切り花用と思われるハサミが入った籠を左肩にかけ右手を私に差し出した。


「こ、こちらこそ初めまして。私、リリーカです」


 私は右手を伸ばし、エドロンと名乗った少年と 握手をした。


「リリーカさんはこの城の有名人ですから。皆知っていますよ」


 エドロンは気さくに笑い、私の現在の城での立場を教えてくれた。そ、そうか。私の存在は嫌でもこの城で知れ渡っているんだ。


 それにしても、このエドロン。すごく可愛い顔をしている。私より一つか二つ年下だろうか?


「あ、ごめんなさい。お庭の作業中でしたか? 私すぐに行きますから」


「いえ。今は作業は中断中なんです。あの方があそこにいらっしゃるので」

 

 エドロンの視線の先を追うと、中庭の中央に噴水があった。その前に人が立っていた。あの背丈と寝癖金髪の後ろ姿はタイラントだ。


 風流とは無縁のアイツが、こんな庭園で何をしているのだろう? 物思いにでも耽っているのかしら?


 私はそんな事を考えながら、気づくと噴水に向かって歩いていた。タイラントが顔を横に向けた。


 もう立ち去るつもりだろうか? 私は何故か早歩きから駆け足になっていた。あれ? 何故私は走っているの?


 急いでアイツの元へ行ってどんな言葉をかけるの? さっき苛立っていた理由? 黙って教室を出た理由? 噴水を眺めていた理由?


 私は話すべき言葉を準備せず、タイラントの間近に迫った。そして私は何かにつまずき、身体の均衡を崩した。


 私はタイラントの背中に体当たりをしてしまった。周辺諸国から次期魔王候補と呼ばれている金髪の国王は、噴水の溜池に頭から落ちた。


 

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