第14話 ハチミツ入り牛乳が効いたのかな?
一晩ぐっすりと睡眠を取り、翌朝私は身体が軽くなっている事に気付いた。あのハチミツ入り牛乳が効いたのかな?
頭の中にタイラントの顔が浮かんだが、顔
を横に振り金髪寝癖魔族の顔を消した。寝汗が酷かったので入浴したかったが、また食堂が閉まってしまうと困るので私は先に食事に向かった。
食堂に入ると人影はまばらだったが、まだ開いているようだ。安心した途端、私は空腹が増してきた。
消化に良さそうなスープやリゾットの皿を
取りお盆に乗せていく。匂いを嗅いだだけで分かる。これ、絶対に美味しいわ。
その時、厨房の方から食器が割れる音と叫び声が聞こえた。私は何事かと厨房の中を覗く。
「馬鹿かお前は! 料理長の個室調理場の中を見るなとあれ程言っただろう!」
「す、すいません! ドアが半開きだったんで閉めようとしたら足が滑ってドアノブ引いちゃって!」
······なんだろう? あれ。厨房の中に、個室のような部屋がある。今料理人が言っていた料理長の個室調理場なのかしら。
そう言えばザンカルが言ってたっけ。ここの料理長は変わり者だから近づくなって。あんな個室に籠って姿を見せないなんて、人見知りなのかしら?
私はこの時深くは考えなかった。美味しい料理を頂ければ、作っている人が変わり者でも一向に構わない。
食事を終え食堂を出ると、目の前にタイラントが現れた。いつものように、つむじの所が跳ねている。なぜアンタは寝癖を直さない?
「ここだったか娘。部屋にいなかったから食堂だと思ったぞ」
偉そうに断言する国王。部屋か食堂か。二者択一と思われるのは癪だったが事実なので仕方なかった。
「娘。身体の調子は戻ったのか?」
「何よ。まるで心配していたかのような口振りね」
「無論だ。お前には我々魔族が道を誤ったかどうか証明してもらう必要があるからな」
そ、そうだった。このか弱い私には、重すぎる責任があったのだ。ん? 待てよ。それさえ証明出来れば私は村に帰れるのかな?
「我々が納得出来たらな。お前を村に返してやろう。お前の村は住人達が戻りつつあり通常の生活を送っているそうだ」
タイラントは私の村を襲撃した後、調査を行い被害状況も私に教えてくれた。家屋の半焼が三軒。怪我人は五人。全員避難する時に負ったらしい。
村の皆が無事で良かった! 私一人だけ居なくなってさぞかし皆は心配しているだろうな。
「それは杞憂だ娘。お前は村から近くの街に助けを呼びに行き、そこでしばらく働く事になった。村の住人にはそう伝えている」
くっ。この金髪寝癖魔族。余計な手回しは手際がいいわね。とにかく、この魔族達を納得させれば村に帰れるんだわ。
ん? そう言えばなんでタイラント達は私の村に攻め込んだの? 小さい村で略奪出来る物なんてたかが知れているのに。
「理由はこれだ娘」
タイラントは腰につけていた杖を私に見せた。それは黒く艷やかな杖だった。何かの石で出来ているのかな? この杖。
「この杖は魔法石で作らている。だが、まだ魔法石が不足し未完成品だ。お前の村には魔法石の採掘所があると聞き、それを奪うために兵を派遣した」
······確かに私の村には小さいけど採掘所がある。何かの鉱物が取れるとは聞いていたけど、魔法石だったんだ。でも、そんな杖を作って何に使うの?
するとタイラントが握る杖から、細く長い黒い光が現れた。そのしなる形状は、まるで鞭のようだった。
「漆黒の鞭。これを使う為に、魔法石の杖が必要なのだ」
し、漆黒の鞭? タイラントの話では魔族が魔力を極めると使えるようになる武器らしい。こ、こいつ。只のボンボンじゃないのかも。
タイラントの話によると、私の村の採掘所から採れる魔法石はタイラントが望む物とは種類が異なったらしい。
この城に私が連行された時、タイラントが私に質問しようとした内容も、この魔法石に関しての事だったようだ。
「······娘。お前が以前言っていた事だが」
「え? 何?」
「······良い。何でも無い」
タイラントは顔を私からそむけた。気のせいかしら? こいつ。どこか苛立っている感じがする。
私は病み上がりと言う事で講義は明日にすると言い残し、タイラントは去って行った。その時、私は耳元に誰かの息を感じた。
「······タイラント様の偉大さが少しは分かったかしら?」
私は振り返りながら後ずさった。私の耳元で囁いたのは、黒髪の美少女メイドカラミィだった。カラミィは天使の微笑みを私に向ける。
「前魔王ヒマルヤが三年前に廃位されて以降、私達魔族の世界では魔王は長く不在だったわ。現在は新しい魔王候補が各国に何人かいるけど、タイラント様はその候補の一人なの」
そ、そうなの? 魔族の世界情勢など村娘の私が知る由もなく、カラミィの言葉にただ頷くしか無かった。
「魔王になる為の条件の一つ。それが漆黒の鞭を使える事なの。それを、人間の娘などに見せるなんて······」
カラミィの声が低くなると同時に、天使から悪魔の顔に変わっていく。私は怯んだが、勇気を振り絞って一歩前に出る。
私が村に帰れる迄、この城での生活を少しでも快適にしなくてはならない。それを脅かす要素は、少しでも減らさないと駄目だ。
「カラミィ。私を目の敵にする前に、自分の気持ちをタイラントに伝えたらどう?」
私のその一言に、カラミィの不敵な表情は一変する。
「な、何を言っているのこの世間知らずの娘が! 身分の違いという言葉を理解していないようね」
効果はてきめんだった。私の言葉に、カラミィが明らかに動揺している。私はここは攻め時だと判断した。
「私を毒殺しても、きっとまた別の女性がタイラントの前に現れるわ。カラミィ。あなたは永遠に毒殺を続けるの?」
カラミィは歯を食いしばり、恨めしそうな目で私を睨む。彼女に止めの一言を浴びせるか、それとも気遣う言葉を使うか。私はここで迷ってしまった。
何故ならカラミィの表情が余りにも見覚えのある物だったからだ。それは、恋する女の嫉妬心だった。
私にも覚えがある。カラミィ程赤裸々に表に出せなかったけど。女の子なら誰しも持っている負の感情だ。
結局私は無言でカラミィから立ち去る行動を選んだ。人を好きになると、自分ではどうしようも出来ないもう一人の自分が生まれる。
そのもう一人の自分は身勝手で。独占欲が強くて。嫉妬深い。でも、相手を想う純粋な気持ちもその一つにある。
タイラントの凍りついた心の中にも、そんな気持ちが残っているのだろうか。刺さるような視線を背中に感じながら、私は魔族の城の中を早歩きで進んで行った。
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