第13話 ······また、愛情の実験?
······目覚めた時、私はベットの上にいた。自室の天井を眺めながら私は自分の記憶を辿った。
······そうだ。私はタイラントをひっぱたき、そのまま倒れてしまったのだ。タイラントのあの冷たく紅い両目を思い出すと、熱で火照った身体が寒々しくなった。
「あ、気がつきました?」
突然、私の耳に女性の声が聞こえた。首を横に動かすと、メイド服を着た若い女の子が立っていた。
「具合はどうですか? お水飲みます?」
······この娘、カラミィ? いや、違うわハクラン? いやいや、二人によく似てるけど違うわ。
「あ、私、カラミィとハクランの妹のエマーリと申します。」
······カラミィとハクランの妹!? も、もう一人いたのかあの姉妹に?
「姉のカラミィとハクランが、リリーカ様に大変失礼を働いたそうで。ごめんなさいです」
······いえ。ただ毒殺すると脅されたり、果物ナイフで刺されそうになっただけです。大した事はありません。はい。
「水はここに置いておきますので、ゆっくり休んで下さいねー」
······黄色い髪をしたこの娘も可愛らしい顔をしている。美人三姉妹の末っ子は、笑顔を残して去って行った。
私は有り難く水を頂き、再びベットに横になる。タイラントへの怒りはまだ残っていたが、今は身体を休めるのが先決だ。寝よう。
「リリーカ! 具合はどうだ? 治ったか?」
ノックを完全無視し、短髪無骨男ザンカルが乱暴に入室してきた。手に持った籠には、果物が山のように盛られていた。
······あの、いま正に治そうとしている最中なので、出来たらそっとしておいて。
「弱っている奴を押し倒す訳にはいかんからな。早く治せよ」
いえ、弱ってなくても押し倒されるのは困ります。はい。ザンカルは私の頭を軽く叩き、大股で去って行った。
······ちょっと雑だけど、やっぱり優しい人だなザンカルは。私は再び眠りにつこうとした。
「リリーカ起きてる? 寝付けなかったら、いいお酒があるわよ」
うとうとしていた時に、シースンが酒瓶片手に入っで来た。
「しらふでも風邪の時でも、寝付けない時はこれを飲めば一発で眠れるわよ」
ご遠慮させて頂きます。それを飲んだら確実に症状が悪化してしまいます。シースンが酒瓶を残し退室したのと入れ替わりに、リケイがやって来た。
私の弱った身体に悪寒が走る。い、一番危険な男が現れた。私は素早くリケイの着衣を確認したが、彼はまだ脱ぎ出していないようだ。
「······リリーカ殿。タイラント様の事ですが」
リケイは浮かない顔でベットの前の椅子に腰掛けた。沈んだ顔をしていても、この人は本当に綺麗な顔をしている。内面はかなりおかしいが。
「リリーカ殿。私はタイラント様が九つの頃から勉学の教師を務めさせて頂きました。あれからもう十三年になります」
ん? と、言う事はタイラントは今二十二歳? 気になって他の人の年齢も聞いてみた。するとザンカルはタイラントと同い年の二十二歳。
シースンは二五歳。リケイは二十九歳。メイド三姉妹はカラミィ十九歳。ハクラン十八歳。エマーリ十七歳と言う事らしい。
「リリーカ殿。タイラント様を責めないで下さい。あの御方は、御両親の愛情を受ける事なく、ここまで成長されたのです」
······やはりそうなんだ。私の考えは正しかった。タイラントの御両親は冷たい人達だったのかしら?
「······特別冷たい方達と言う訳ではありません。全ては戦のせいです。タイラント様がお産まれになった頃のこの国は、戦争の時代でした。そんな非常時に当時の国王と王妃は国を守るのに必死で、子供に目をかける余裕が無かったのです」
······そんなに大変だったんだ。じゃあ戦争さえ無ければ、タイラントは普通に親からの愛情を受ける事が出来たのね。
リケイが去った後も、私はタイラントの事を考えていた。
······ひっぱたいたのは、ちょっとやりすぎたかな。
タイラントが無感情になったのは戦争のせいで彼の責任では無かった。私は胸の中にわだかまりを残し、いつの間にか眠った。
······なんだろう。何かいい匂いがする。私は意識が覚醒するのを感じ、嗅覚が反応した方を薄目を開き見た。
ベッドの前にタイラントが座っていた。その右手に持った陶器のグラスから、私が感じた匂いが湯気と共に立っていた。
タイラントが無言でそのグラスを私に差し出す。私はなんとなく受け取ってしまった。タイラントが頷くので、私はそのグラスに口をつけた。
「······これ。ハチミツ入りの牛乳?」
なぜこれをタイラントが?
······そうだ。私がタイラントに話したんだ。親が子供にしてくれた事柄に、ハチミツ入りの牛乳があった。
「······また、愛情の実験? タイラント」
私にキスをした事と同様に、このハチミツ入り牛乳も自分が何かを感じるか試しているのだろうか。
「そうだ。お前が私に話した内容と同一の事を実践している」
タイラントは相変わらず無表情だ。その実験は二度目も失敗に違いない。
「······それで? 何か感じたの。タイラント?」
「何も感じないな。ただ······」
「ただ何? タイラント」
「顔だ。娘。お前が私を叩いた時の顔。あの顔を思い出すと、心臓が妙な動きをする」
タイラントは表情を崩さず話す。私はタイラントの言葉を聞きながら、ある一つの考えが浮かんだ。
私はタイラントがこんな実験めいた事をするのは、単なる知的好奇心だと思った。けど、それは違うのかもしれない。
タイラントは無意識に、心の奥底では誰かの愛情を求めているのでは無いだろうか? 硬く凍りついた心の中から、その氷を溶かそうとする何かがあるのかもしれない。
それが、タイラントをこんな行動に駆り立てているのではないか。私は重い頭の中で、そんな仮説を立ていた。
私の手に持つグラスから湯気が昇り、私とタイラントの間に壁を作る。当の本人は、いつまでも無表情な顔で私を見ていた。
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