第4話 悪かったわね! 出る所が出てなくて!
毒殺される悪夢にうなされながら、私は目を覚ました。目覚めは最悪の気分だった。そうだ。私は魔族に拉致されたのだ。
カーテン越しに朝日が部屋に射し込んでくる。一通りの調度品はこの部屋に揃っており、連中の言うところの奴隷と小間使いの中間の部屋にしては悪くない。
私は紅い髪の毛を無意識に束ねていた。鏡を見なくても分かる。酷い癖っ毛の私は毎朝メデューサのような頭をしているのだ。
ベットから起きると同時にお腹が鳴った。そう言えば、誘拐されてから何も食べていない。
······母さんのキノコスープが飲みたいな。日常だった母のスープは、遥か彼方の遠い味になったような気がした。
孤独の余り涙がこぼれそうになった時、ドアがノックされた。
「おはようございます。リリーカ様。食堂にご案内致します」
部屋の外からの声なのに、私は反射的に三歩後ずさった。だが、待たせてはまずいと思い、大急ぎで着替える。
······私は黒髪メイドのカラミィに案内され、城の廊下を歩いていた。相変わらずカラミィの歩き方は非の打ち所がない。
この愛らしい顔の奥に悪魔が同居しているなんて。待てよ? あの悪魔の顔が本当の顔よね。どう考えてもそうよね。
あの金髪魔族の連中は、この娘の正体を知っているのかしら? そんな事を考えていたら食堂に着いてしまった。
食堂は三十席はある長テーブルがいくつも並んでいた。この城で働いていると思われる魔族達が、賑やかに朝食を摂っていた。
私が食堂に入った途端、魔族達がフォークとナイフを持つ手を止め一斉に私を見る。私は固まってしまい動けない。
ど、どうしよう。皆が私を見てる。そうよね。人間の小娘がこんな所にいるんだもの。その時、私の後ろで男の声が聞こえた。
「この赤毛の娘は国王タイラントの客人だ! 失礼は許さんぞ!」
大声の主は大柄の短髪男ザンカルだった。ザンカルの声の後、各テーブルから動揺の声が上がったが
直ぐに収まる。少なくとも私をあからさまに睨む魔族は居なくなった。
す、すごい。このザンカルって人、すごい発言力がある身分なのかな?
「こっちだ村娘」
今朝は甲冑を身に着けていないザンカルに伴われ、私は食事を受け取る為の列に並んだ。
「こ、これはザンカル様。我々下々の食堂にどうして? ともかく列の先頭にご案内します」
ザンカルの前に並んでいた魔族が恐縮している。やっぱりこの人、偉い人なのかな?
「いいんだよ。気にするな。並んだ方がメシのありがたみが増す」
ザンカルは気さくに返答する。ザンカルは積まれたお盆を一つ持ち、並んだ皿を一つずつお盆に載せでいく。
私は見よう見まねで同様にお皿を取っていく。席に着いたとき、私のお盆には大量の朝食が盛られていた。
「なんだ村娘。お前、小柄な癖に大食いだな」
し、しまった。ザンカルと同じお皿を取っていたら彼と同じ量になってしまった。
「まあ、栄養を取る事はいい事だ。そうすれば出る所も出てくるかもしれんぞ」
ザンカルは短く笑うと、両手を使い豪快に食べていく。悪かったわね! 出る所が出てなくて! 私は怒りに任せてパンをひと切れかじる。
「······美味しい」
焼き立ての胡麻パンは、口の中で小麦の味がじわっと広がった。その他のスープも、オムレツも、文句のつけようがなく美味しい!
「ここの料理長は腕が良いだろう。ただ少し変わり者でな。あまり近づかんほうがいいぞ」
へ? 変わり者? 私がこの城に誘拐されて来てから、変わり者しか出会ってないんですけど。
「村娘。じゃあ後でな」
ザンカルはお盆一杯に乗せた朝食をあっという間に平らげ去って行った。ええ? は、早すぎる!
······無茶な量の朝食を無理やり胃袋に押し込めた後、私はある一室の教壇の前に立っていた。えーと。なんで私が教師が立つ場所にいるんだろうか?
そして金髪魔族国王。白髪眼鏡魔族。紫長髪美人魔族。何故お前らが生徒が座るべき席に着席している?
「悪いな。遅れた」
その後、短髪大柄魔族ザンカルが加わり、四人の魔族の前に私は立っていた。
「娘。今のお前は私達に教える側。言わば教師だ。しっかり努めを果たせ」
タイラントが両腕を組み、偉そうな物言いで授業の開始を促す。い、一体何を話せばいいの私は?
こんな事なら、父さんの講義をもっと真面目に聞いていれば良かった。私は勉強なんかより友達とお喋りばかりしていた。
「娘よ。お前の双肩に人間達の運命がのしかかっていると思い、心して話せ」
タイラントが私の緊張を否が応でも上げていく。こ、これってそんなに深刻な話だったっけ?
「村娘。そう強ばるな。思った事を話せばいい」
ザンカルは気さくに話しかけてくれた。や、やっぱりこの人、いい人なのかな? ともかく、私は一度死を覚悟した人間だ。
あの時の気持ちを思い出し、私は口を開いた。
「に、人間と魔族は、お互いをもっと良く知るべきよ!」
四人の魔族が私を食い入るように見つめる。私はもう後に退けなかった。
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