第3話 何? この城?

 奴隷と小間使いの中間。それが、人間の私に与えれた立場だった。魔族の城の中で人間の娘である私の処遇と身分の名を、目の前の連中は国王筆頭に頭を抱えて考えていた。馬鹿なの? こいつら?


「リケイ。奴隷と小間使いの中間では、呼び名が長くて面倒だぞ」


 タイラントが両腕を組み、白髪眼鏡の男に苦言を呈する。じゃあ、自分で考えたらどうなの? この金髪紅目男。


「は、タイラント様。人間の娘を城に置くという前例が無い為に致し方ないかと」


 リケイが頭を掻きながら恐縮する。それを見兼ねてシースンと呼ばれた紫長髪美人が口を開く。


「タイラント様。では「奴隷人間小間使い」でどうでしょう? 少しは呼びやすくなったかと」


 タイラントは前髪に手を当て悩む。仮にも一国の王ならほかにもっと悩むべき重要な事が多々あるでしょう? 暇なの? あんた。


「よし娘よ! お前に選ばせてやろう! 奴隷と小間使いの中間! 若しくは、奴隷人間小間使い! どちらが好みだ!」


「どっちもいい訳ないでしょ! 馬鹿かあんたは!!」


 私の罵声にタイラントは怯んだ。三人の魔族は頭を抱えて悩む。もうやだ。この連中に付き合ってられない。


「国王の客人。部下達に説明するなら、それで充分だろう?」


 突然、背後から男の声がした。私と三人の魔族は声の方向を一斉に見る。半開きになった扉に銀色の甲冑姿の魔族が立っていた。


「おいタイラント。この人間の娘か? お前が例の村からさらってきたのは」


 甲冑の男はズカズカと大股で歩き、無遠慮に私の顔を覗き込む。ち、近いんですけど顔が。


 短髪の男は、若く精悍な顔をしていた。額と頬に刀傷があった。戦場で負った傷かな?


「ザンカル! タイラント様を呼び捨てにするなど不敬極まりないぞ!」


 紫長髪美人のシースンが甲冑の男を一喝する。お、怒ると怖いなこの人。


「怒るなシースン。俺とタイラントは寝小便する頃からの付き合いなんだ。今更呼び方なんて変えられんさ」


 ザンカルと呼ばれた男は、そう言うと私の隣に座った。だ、だから近いんですけど。距離が。


「良いシースン。それより、ザンカルの意見は傾聴すべき物がある。私の客人。要を得て簡潔だ。それに決めよう!」


 タイラントは満足した様子で頷く。リケイとシースンも了解と言わんばかりに敬礼している。


 かくして私は、魔族の首領の客人となった。なんなの? この茶番?


 今日は日も暮れた。私の教えは明日からという事になり、私は自分の寝泊まりする部屋まで案内されていた。


 な、なんで案内するのが、この大柄の甲冑の人なの? ザンカルと呼ばれていた男は、相変わらず大股で歩いて行く。


 ちょ、ちょっと歩くの早くて、ついていくのが大変なんですけど! その時、廊下の曲がり角でさっきの黒髪メイドに遭遇した。


「ザンカル様。よろしければ、私がその方をお部屋までご案内しましょうか?」


 黒髪メイドは優しく微笑んだ。私はこの無骨な魔族より、優しそうなメイドの方が嬉しかった。


「······そうだな。じゃあ頼んだぞ。カラミィ」


 ザンカルはそう言うと、去り際に私の肩を叩いた。え? 何?


「村娘。何か困った事があれば俺に言え」


 ザンカルは笑みを残し去って行った。え? あの人、結構いい人?


「こちらへどうぞ。ご案内致します」


 私はカラミィと呼ばれたメイドの後に付いていく。さっきのザンカルと違って、彼女はお淑やかにゆっくり歩いて行く。


 私は、さっき彼女が淹れてくれた紅茶の感動を伝えたくて口を開く。


「あ、あの、さっきの紅茶、とっても美味しかったです!」


 カラミィは優雅に振り返り優しそうに微笑んだ。


「まあ。ご丁寧にありがとうございます。お口に合って良かったですわ」


 ······この娘、よく見るととっても可愛らしいわ。美少女のメイドなんて、あの金髪魔族には勿体無い。


 この穏やかで優しそうな性格。私、この娘となら友達になれるかもしれない。そうよ、相手が魔族だからって差別は良くないわ。


 心を開けば、人間と魔族だって友達同士にきっとなれる筈よ。部屋の前に到着した時、私はカラミィに自分の名前を伝えようとした。


 ドンッ!


 部屋のドアを背にした私の右目の視界に、カラミィの腕が見えた。カラミィの左手は、私の頬を掠めドアに叩きつけられていた。


 な、ななな何?


 カラミィが左腕をたたみ、顔を私に近づける。お、お顔が近いんですけど! カラミィさん!


「······人間風情が、タイラント様に色目を使ってるんじゃないわよ」


 え? 色目? 私が? あの金髪魔族に? いえいえ誤解です。大きな誤解よそれは! そ、それよりもカラミィさん?


 その乱暴な言葉使いに、私を睨みつけるその鋭い眼光。さっき迄の愛らしい貴方は何処に消えたの!?


「いい事? あんたの健康の為に忠告しといてあげるわ。タイラント様に近づくな。紅茶で毒殺されたくなかったらね」


 私の思考回路は混乱を極めた。カラミィの表情と殺意がこもった言葉に恐怖し、必死に自分の頭を上下に振り続けた。


「······お利口ね。では私はこれで失礼致します。リリーカ様。ごゆっくりお寛ぎ下さい」


 カラミィの表情は悪魔から天使に豹変した。そして彼女はお淑やかに去っていく。その後ろ姿を見送りながら、私は恐怖に慄いていた。


 ······何? この城?


 

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