第8話 湯けむりの兄妹

「温泉なんて入るの久々だよ~!お兄ちゃん!」

僕達は今日、仕事の息抜きをしようと温泉に来ていた。

「じゃあここで別れて入ろう。上がったらまたここに集合ね。」

「はーい!」

この短い期間で色々なことがあったからな…美子も玲子もこれで精神を休めると良いんだが…そんなことを思いつつ、僕は男湯の場に入って行った。


ー女湯ー


今日は平日だからかそこまで人はいないようだ。体に布を巻いて綺麗な夕焼けの写る露天風呂に足を入れる…

チャポン…

「はぁ…いい湯…♪」

こんなに気持ち良く風呂に入れたのはいつぶりだろう…

「やぁお嬢さん、一人かい?」

「はい。私一人です。」

年齢は20代前半だろうか?気前の良さそうなお姉さんが日本酒を飲みながら話しかけてきた。

「へぇ…あんた、中に「一人」いるね。」

「!?」

まだ何も話してないのにいきなり玲子ちゃんのことを!?

「ど、どうしてそれを…?」

「あたしには分かるんだよ。ズバ抜けた勘ってやつ?」

「あなたは人間…?それとも…」

「あぁ、あたしは妖怪の「酒殿(しゅでん)」。よろしくなっ。」

妖怪という言葉に反応して玲子ちゃんの人格が出てきそうになったが、どうにかして押さえた。

「あっ、今「中のやつ」が出てきそうになったろ?そんなに警戒しなくて良い。あたしは人を傷つけたりはしないよ。」

確かにこの妖怪は攻撃的な感覚は感じられない…それにどこか、母性のようなものも感じられる…

「にしてもあんた可愛い体してるね~…いくつよ?」

「14歳です。」

「14で体つき良いなんて羨ましい!あたしももっと若ければなぁ。」

何か…あんまり褒められた気がしない…

「あんた、兄者いるんだろ?」

「えっ、何で見ていないのに兄がいるって分かったんですか…?」

「言ったろ、あたしにはズバ抜けた勘ってやつで分かるってさ。」

その勘って妖怪としての力なのかな?

「奇遇だね。あたしも兄者がいるんだ。きっと今頃一緒なんじゃないか?」

お兄ちゃんも今は男湯に入ってる…てことは会ってるかもしれない…というか多分会っている…

「んじゃ、そろそろあたしは上がろうかな。あんたはどうする?」

「あっ、私もそろそろ上がります。」

何か良く分からないけど、お兄さんに会ってみたい気もある…もしかしたらお兄ちゃんと一緒に来るかもしれないし。

ザパァー……

「いやー最近また太っちゃったみたいでさ…胸が重たくて結構苦労してるんだよね。」

「む、胸が大きいんですね……」

恥じらいも見せずに私の目の前で体を見せつけられたら、こっちが恥ずかしくなるよ…

「そうそう、そのせいでちょっと動きづらいこともあるし。」

「はは……」


ー男湯ー


「んっ?」

湯に浸かろうとした途端、何か強烈な妖気を感じた…

「まさか…ここに?」

妖気の根源を探ってみると、すでに湯に浸かりながら悠々と日本酒を飲んでいる男性に目が止まった。

「あそこか…」

僕はその男性に近づいて声をかけようとした。が……

「俺は妖怪だぞ、少年。俺は鼻から隠す気など更々無い。」

「えっ…?」

まだ何も…目さえ合わせてもいないのに…何で僕が話しかけるってことを分かっていたんだ…?

「な、何で僕がそうすると分かったんですか…?」

「ズバ抜けた勘ってやつだ。俺には分かる。それに、お前の手や妖怪の匂いからして、妖怪に関する職業柄であることは明確に分かる。」

僕の行動だけではなく、職業まで分かるなんて……

「安心しろ。人間に危害は加えない。これでどうだ?」

確かに強烈な妖気を感じているものの、殺意やそういったものは全く感じられない。

「あなたは…何者なのですか?」

「俺は再生妖怪の「酒王(しゅおう)」だ。俺には妹の酒殿がいる。今頃、お前の妹と一緒なんじゃないか?」

再生妖怪…どうりで強烈な妖気を感じる訳だ。それに、美子のことまで把握してるとは…

「俺はもう少しで上がる。お前はどうだ?」

「あ、僕も少しで上がります。」

何か少し妹さんとか気になるし、僕も酒王さんに付いていくことにしよう…


ー入口前ー


「よっ、兄者。湯加減はどうだった?あっ。」

「いつも通り最高だったぞ。あっ。」

お互いがお互いを見て驚く…

「美子!一緒にいたのか!?」

「お兄ちゃんこそ、一緒にいたの!?」

そりゃあ、お互いに妖怪の兄妹を連れていたらビックリするよ…

「あんたがこの子の兄かぁ~…結構可愛い顔してんじゃん!」

頭を撫でられまくられて、ちょっと気持ち悪くなりそうになる。

「あの…あなたが酒殿さんのお兄さんなんですか?」

「そうだ。俺の名は酒王。よろしく。」

「私は美子です。よろしくお願いします。あ、あと…」

「お前の中にいる奴のことか?」

「そうです。名前は玲子です。」

やっぱり玲子のことも分かっているみたいだ。一目でそこまで出来るとは…あなどれない…

「俺達はこれから山で特訓をするのだが、お前達もどうだ?」

それに関してはちょうど良い…僕達もこれからの戦いに向けて特訓をしたかったところだ。

「僕達もこれから妖怪達と戦う力をつけるために特訓がしたかったので、お願いします。」

「これも何かの縁だ。俺達も特訓に付き合おう。」

かくして僕達一行は酒王さん達が住む山へと向かった。


ー山奥ー


「ここなら思う存分やれる。」

案内された所は山奥の広い庭のような場所だった。広さは山兎の住んでいる場所の何倍はあるみたいだ。

「今回の特訓、本気でかかってきて良いぞ。」

「えっ、でもそれじゃあ酒王さん達が怪我を…」

「温泉の時にも話したが、俺達は再生妖怪だ。腕を斬られても一瞬で回復する。嫌なことを言うかもしれないが、今のお前達では俺達を倒すことなど不可能だ。」

「なるほど…分かりました。」

要するに実力にかなりの差があるということか。なら尚更、力になることは間違いない!

「あたし達は兄妹で編み出した拳法を使うんだよね。刀と拳、一戦交えたかったんだ~」

「おい酒殿、遊びじゃないんだぞ。彼らの刀を折るような真似はするなよ。」

「分かってるって兄者。柔らかくやるからさ。」

ということは…その気になれば刀なんて木っ端微塵に粉砕出来るということか…

「よし、始めるぞ。」

「「はい!!」」

カチャン!

「先手必勝!!」

バキィン!!

酒殿が素早い飛び蹴りを放つ、本気では無いとはいえ、こっちが弾き飛ばされそうな勢いだ。

シュオッ…ボシュウ!!

「猛華刀…業火葬!!」

「へぇ~刀に炎かあ…」

「これは中々面白い刀だな。」

僕は炎を発火させた刀で攻めようとする。いつも通りの戦法だ。

「ていやぁぁぁ!!」

ボシュ……

「面白いが、火が弱い。」

片手で受け止めただけで炎が消えた!?

「なっ…」

「ほら!よそ見厳禁!」

横から酒殿が攻撃を加えようとしてくる…態勢を立て直すには…間に合わない!!

ガキィン!!

「大丈夫?兄様。」

「ありがとう、玲子。」

間一髪玲子が横槍を入れたおかげで助かった。

「この子が中にいたもう一人だね、兄者。」

「あぁ。戦う前と性格がまるで違う。」

「それに、あの兄妹の剣術…兄が刀を出した剣術なのに対して、妹の方は居合い斬りの剣術…ますます面白いじゃないか!」

ヒュォォォ…

ん…?何か背中の方が肌寒い…

「ハァッ!!」

「うぉっ!?玲子!?お前いつの間にそんな力を!?」

体と刀からは冷気が溢れ、目は白銀の色…まるで雪女だ…

「前世の記憶を取り戻したら、雪女としての力も使えるようになったのよ。」

「僕は見るの初めてだよ…凄いな、玲子。」

ボシュウ!!

僕はもう一度刀に炎を纏わせて攻撃を出した。

「氷刀…」

ガキィン!!ガキィン!!

「雪花氷輪。」

スッ…カチャン。

ブシュッ!!

「斬った瞬間に凍らせる剣技か。」

「うひゃあ…これじゃ腕何本あっても足りないね。」

シュルル…バチンッ!

「ほ、本当に再生した…」

玲子に斬られた二人の腕はすぐに骨や筋肉を形成して元通りになってしまう。

「よし、特訓は終了だ。」

「えぇ~まだ全然体動かして無いよ!あたし達!」

「面白いものを見せてもらった分だけ良いだろう。あと、今回は彼らの特訓だ。」

こうして特訓はあっさり終了し、二人とも別れる時間が来た。

「あの…今日はありがとうございました。」

「礼などいらない。それに、俺達兄妹はいつでも力を貸すからな。力が必要な時はいつでも呼んでくれ。」

「はい!特訓、ありがとうございました!」

僕達は二人に別れを告げ、街へと戻っていった…




「おい、感じたか酒殿。」

「あぁ…あたしには何となくな。」

「あの兄妹の「兄の方」…確か秀次と言ったか?あいつの心に眠る感覚…何か「邪悪なもの」を感じる。」

「邪悪なものか…一体どんな?」

「嫉妬や悲観などの感覚を感じた。それが「誰に向けて」かまでは分からないが。」

「なるほど…じゃあそれをどう越えて行くかが、見物かな…」

続く。



告予回次

「あれ!?刀が抜かれてる!?」


「ただ返して戦うんじゃ面白く無いなぁ…」


「(僕は…弱いのか…?)」

次回「高速の盗人」


「今こそ、やるべきではないのか?百鬼夜行を。」

「全ては、夜双(やそう)様の為に。」


ー物語はクライマックスへと突入するー



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