第一部 第四章 月下の追跡 5


       * 5 *


 たどり着くことができた木工小屋には、誰もいませんでした。

 カツ君には家に帰るよう言っておいたので、当然と言えば当然です。

 けれど一度彼はここに来たのでしょう、丸太と板でできた簡素で、決して広くない小屋の真ん中に置かれたテーブルには、パンとスープ、それを水が入った容器が置かれていました。

 すっかり冷めてしまっているスープと、ぼそぼそした重パンを、少し無理矢理に食べて、食欲のないわたしは疲れた身体を満たします。何かをするにしても、考えるにしても、空腹ではどうすることもできません。

 夜も遅くなり、小屋の中にいても気温はぐっと下がってきました。脱いでいた外套を羽織っても、寒さは身体の芯まで染み込んできます。

 隠れていないといけないため窓を開けることができず、ランプの火も灯すことができない小屋の中で、暗さに慣れた目で少しだけ見えるテーブルに突っ伏して、わたしはいつの間にか泣いていました。

 ――どうして、こんなことになっちゃったんだろう。

 歪魔だと思われて、逃げ回って、いまはこうして隠れていなければならないわたし。

 レレイナさんに出会って、暖かい人たちと知り合えて、幸せだと感じていました。

 でもそれ以上に、この世界に来てしまったこと自体が、わたしにとっての不幸だと思えました。

 ――ユーナスさんは、なぜわたしに斬りかかってきたんだろう。

 わたしに優しくしてくれたユーナスさん。

 でもさっきは、わたしを殺そうと斬りかかってきました。

 歪魔かも知れないわたしのことは、殺してしまった方が良いということなのでしょうか。

「わからない。わからない。わからない……」

 涙がにじんできて止まりません。

 これくらいの時間だったら、わたしはそろそろ自分の部屋の暖かいベッドに入っていたでしょう。

 お母さんのつくってくれた美味しい夕食を、お父さんを入れて三人で食べて、暖かいお風呂に入って、そして明日のことを考えながら眠りにつくことができたはずです。

 それなのにエリストーナに来てしまったわたしは、そんな普通の生活すら送ることができなくなってしまいました。

 わたしは本当に、偶然ここに来てしまったのでしょうか。

 ゲームやアニメの主人公のように、誰かに呼び出されて来たのでしょうか。

「お父さん、お母さん、帰りたいよぉ……」

 涙を流しても、帰れるわけではありません。

 歪魔と思われているわたしは、レレイナさんのところに帰ることもできないでしょう。

 エリストーナでのわたしの居場所は、もうなくなってしまっていました。

 ――だったら、消えてしまいたい。

 家に帰ることも、レレイナさんのところに帰ることもできないなら、いっそのこと消えてしまいたいと思います。

 幸せになることができないわたしは、消えてしまった方がマシのように思えていました。

「帰る方法は、ないのかな? 帰りたい、帰りたいよ……」

 ひたすら繰り返しているとき、扉が開く音が聞こえました。

「帰る方法なんてないさ」

 そんな声とともに入ってきた男の人。

「たぶんな」

 彼はそう言って、にやりと笑いました。


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