四章 4-2
ラストのみならず、その場にいた全員が息を飲んだ。
「侍従は? 近衛兵は何をしていた」
「全員所定の位置におりました。陛下はお召し替えを終えられて、こちらへ移動なさろうとしていたのです。ですが、気がついたときには既に」
「何人いたと思っている。いくら陛下といえど、誰の目にも留まらずに……」
言いさしてやめ、議論している場合ではないというふうにラストはかぶりを振った。
「トゥルク隊は伝令。ロヴァル、トーリス両名と城内の警備隊長に陛下のことを伝えよ。その後は城内の様子をわたしに報告するように。現在当番でない者は全員、陛下をお捜し申し上げよ。構成は各隊長に任せる。それ以外の者は持ち場を死守。蟻一匹通すな」
『はっ!』
数人が走り去り、他の者たちは動揺を見せつつも戻って行く。
ラストに掴まれたままの腕を引いて、イオは彼女を睨んだ。周囲の人間には聞こえないようにだろう、声を潜めて言う。
「殿下のお言葉を聞いたでしょう、陛下の
「……リーフ殿下がご覧になったというのか。発現していないのではなかったか」
「わかりません。でも、おれは陛下をお捜しします。フィアラル様とリーフ様のお言葉を違えるわけにはいきません」
「一人では危険だ」
「今、最も危険なのはおれじゃなく陛下です。おれなら陛下がどこにいらっしゃるかわかります。―――ご存じでしょう」
「しかし」
「あ、あの!」
平行線のまま無為に時間が過ぎていきそうで、エイリルは思い切って口を挟んだ。二人の睨むような視線を受け、怯みそうになりながら告げる。
「隊長、わたしがイオくんと行きます」
「なんですって?」
「イオくんを一人にはできないけど、ここをこれ以上手薄にもできなくて、隊長は迷ってらっしゃるんですよね。わたしはここにいても戦力になりませんが、イオくん一人なら守れます」
「何度も言うが、何が起きているのかすらわからない。せめて状況がわかってからにしなさい。トゥルクたちがすぐに戻る」
「何が起きていても、わたしは無関係だと思います。多分、イオくんも。最も優先されるべきは、陛下の御身です」
ラストは目を伏せて考え込んだ。しばしの沈黙の後、エイリルとイオを交互に見る。
「……無茶はしない。危ないと思ったら逃げる。約束できる?」
「約束します」
「では、まずロヴァルのところに行きなさい。二人でどうにかしようなんて思わないこと」
「はい」
エイリルが返事をすると、ラストは躊躇いがちにイオの腕を放した。同時にイオは駆け出し、エイリルはラストに頭を下げて慌てて彼を追いかける。
隣に並ぶと、イオがぼそりと呟いた。
「……悪い。助かった」
「ううん、足引っ張っちゃうかも知れないけど。―――イオくんは、陛下が危ないって思ったんでしょ?」
「ああ。リーフ様のお言葉だ、間違いない」
「そう……」
何故言い切れるのか不思議に思うが、イオにしかわからない何かがあるのだろうと、エイリルは納得することにした。それこそ魔法に関することかも知れない。
「副長は確か、二階の渡り廊下にいるはず」
「副長じゃなく直接陛下のところに行く」
「え、でも」
「おれなら、漠然とだが陛下の居場所がわかる」
「どうして?」
不思議に思って尋ねれば、イオはちらりとエイリルを見て、低く告げた。
「……陛下も魔法使いだからだ」
「え!」
まさかと思ったが、学んだ神話ではアールヴレズルの祖は偉大な魔導師だったという。その子孫ならば、魔法使いでもおかしくない。もしかすると、魔法を使えることが王家の血を引く証なのかもしれない。
「神話は本当だったのね……」
「あれは大分誇張されてるが、大体史実らしい。―――さておき、見付けたら閃光弾でも上げれば兵士が集まる。囲まれればいくら陛下でも、お逃げになれないはずだ」
「そんなことしたら、イオくんが魔法使いだってばれちゃわない?」
イオは横目でエイリルを見て、すぐに視線を正面に戻した。
「陛下の御身に危険が迫る前にお捜しするのが最優先だ」
まるで己のなどどうなってもいいと言っているように聞こえて、エイリルは唇を引き結んだ。イオが彼自身を大事にしないのなら、自分が大事にするしかないと決意を固める。
「陛下は今どちらに?」
「多分、奥の中庭だ」
表側に近付くにつれ、騒ぎが伝わってくるようになる。どうやら、さっきの爆音は祭の出し物でもなんでもなく、城内のどこかが爆発した音だったらしい。
初めて国王と会ったときにロヴァルは、国王がよく一人歩きをするようなことを言っていた。この騒ぎと国王が姿を消したのは無関係で、気紛れに散歩に出たのであって欲しいと、ありえないことだとわかっていながら半ば祈るような気持ちで思う。
「もう一人……」
「え?」
聞き取れなかったので聞き返すと、イオは躊躇いがちに続けた。
「魔法使いが、もう一人いる。既に侵入されてる」
「侵入って……大変じゃない! いつの間に?」
「爆発があっただろ。多分、あれは魔法だ。そのときだと思う」
では、あれは陽動だったのだ。言い様のない不安を感じながら、エイリルは考えたことを口にする。
「陛下が中庭にいらっしゃるなら、もう誰かが見付けてるんじゃない? 大勢で手分けしてお捜し申し上げているんだもの」
「……陛下は、見えなくなることができるんだ」
「見えなく……?」
イオはエイリルの問いを受け取らず、顔を前に向けた。
「急ごう」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます