四章 1-2

     *     *     *



 シルエラは結局準優勝だった。

 去年の代表だったという北方守備隊の成績と同だからいいのではないかとエイリルは思うのだが、シルエラはずっと悔しがっている。

 マリアは用事があるそうで、昼休みの鐘が鳴るなりどこかへ行ってしまった。先に食べていてくれと言われたので、二人で食堂へ向かっている。

「本当に大丈夫なの?」

「え? 何が?」

「足よ」

 呆れたように言われて、エイリルは目を瞬いた。シルエラは武闘大会の後にはもういつもどおりだったので、気にしているとは思っていなかった。

「うん、もう大丈夫だよ。痛みもないし」

 エイリルは適当に話を合わせる。イオに治して貰ったことを言えば、シルエラはまたきっと心ないことを言うに違いない。

「そう? そうれならいいけど……無理しちゃ駄目よ」

「気を付けるね。ありがとう」

「べ、別に、お礼を言われるようなことじゃないわよ」

 つっけんどんに言ったシルエラが、誤魔化すように周囲を見回しながら眉を寄せた。

「それにしても、騒がしいわね」

「そうかな。いつもと同じじゃない?」

「あんたね、ちょっと鈍感なんじゃないの? こんなにお城の中が落ち着かないのに」

「鈍感って……多分、大祭が近いからじゃないかな」

「ああ、大樹のお祭りだっけ。夏至にあるっていうう」

「そうそう。今年は見られるといいな」

 アールヴレズルの出身ではない二人にはあまり馴染みのない祭だが、国中でどこでも「大祭」といえばこの夏至の大祭を指すほど有名で、一年で最も大きな祭らしい。しかも今年は、三年に一度、国を挙げて行われる「鎮樹ちんじゅの大祭」なのだという。去年のエイリルは、ヒルダに拾われたばかりで祭どころではなかったので、とても楽しみだ。

「どんな感じなのかな。お城も関わってるんだから相当……エラ?」

 言葉の途中でシルエラが険しい表情になっていることに気付き、エイリルは彼女を呼んだ。シルエラの視線はエイリルを通り越して壁の方に向いている。何かあるのだろうかと振り返れば、廊下の角に女兵士が数人固まってちらちらとこちらを見ている。

「なんだろ。用事でもあるのかな」

「……リルは本当におめでたいわね」

 大きなため息をついてシルエラはつかつかと女兵士たちに近付いた。殊更に大きな声で言う。

「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ。聞こえるように陰口なんて、みっともない」

 シルエラの言葉が響き渡り、ちらほらと歩いていた人々が足を止めてこちらを見た。女兵士たちは戸惑った様子でシルエラを振り返る。

「な、何よいきなり」

「あたしたちはそんな……」

「間違いだったらごめんなさい、わたしと目が合ったし、どこの馬の骨だとかどうやってラスト隊長に取り入ったのだとか聞こえたものだから」

 やはり大声でそこまで言い、シルエラはあからさまな嘲笑を浮かべた。

「馬の骨って。ちょっと語彙が貧困なんじゃなあい?」

 女兵士たちは気色ばむ。

「あなたに関係ないでしょう!」

「何が関係ないのかしら。陰口? それとも語彙のほう? 語彙はまあ、もう少し本を読めとしか思わないけど。陰口は聞き捨てならないわ」

「だから、陰口なんか」

「不満ならラスト隊長に直訴でもなんでもすればいいじゃない、あいつらよりも自分の方が近衛隊に相応しいって。ここでぐちぐち言ってるよりよっぽど有意義だわ」

「なっ……軍っていうのは、あなたが思ってるように簡単じゃないのよ!」

「だから。それを誰かに言ったの? 上の人とか、人事を決める人とか。簡単か複雑かなんて関係ないわ、動かないで何も変わるわけないでしょ」

 シルエラは女兵士たちから視線を外し、誰にともなく宣言するように言う。

「あたしがここにいるのは、そうなるように動いたからよ。誰にも文句は言わせないし、邪魔はさせないわ」

 廊下には咳払いも許されないような静寂が満ち、それに耐えかねたように女兵士の一人が顔を背けた。

「い、行きましょ……」

 彼女たちが去って行き、異変に気付いて集まりかけていた人々もさわさわと戻って行く。シルエラに歩み寄りエイリルは首をかしげた。

「陰口なんて聞こえなかったけど」

「あたし、耳いいのよ」

 自慢するふうでもなく言って、シルエラは首を竦めた。

「エラのそういうとこ、凄いよね」

「何が?」

「なんて言うか、はっきり言うとこ」

「我慢したっていいことないもの。なんで陰口なんか叩くのかしら。その力を別なことに使いなさいっての」

 シルエラのこういう部分はエイリルには真似できない。よほど許せないことでなければ、波風を立てないように聞かなかった振りをするのが精々だ。なので、少々羨ましくもある。

「余計な時間食っちゃった。急ぎましょ」

「エラ、お昼の後に何か用事でもあるの?」

「副長に呼ばれてるの。リルもじゃないの?」

「わたしは何も言われてないな。午後はいつもどおり座学だと思う」

「ふうん。あたしだけになんの用かしら」

「さあ……」

 話しているうちに食堂に着き、二人は列に並んだ。今日の昼食は白身魚の蒸し物らしい。

(いつも豪華だよね……食事は三回出るし、お昼にまでお魚なんて)

 ここにくる前、食事は一日二回食べられればいい方だった。三回食べるようになったのはヒルダに助けられてからだ。この国ではそれが普通だと聞いて、場所が変われば食事の回数まで変わるのかと驚いたのを覚えている。

(腹が減ってはって言うものね。たくさん食べて午後も頑張ろう。無料だし)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る