三章 1-2

 露店を冷やかしながら歩いて行くと、通りは広場にぶつかった。大道芸人が出し物をしているらしく、人集ひとだかりができている。仕掛けを使って飛び跳ねているのか、人々の頭上に曲芸師が飛び上がる度に歓声が上がっていた。

 人垣のせいで上手く進めず、二人は立ち止まった。不意に、イオが何かに気付いたようにきょろきょろと周囲を見回した。

「どうしたの? 何かあった?」

「なんでもない。……気のせいだ」

 イオは答えずに首を左右に振った。その視線は曲芸師へ向いていて、気になるのならと、エイリルはそちらを指差した。

「少し見ていこうか」

 エイリルを見上げたイオは力なくかぶりを振る。

「いや、いい」

「そう? 遠慮しなくていいよ」

「遠慮なんかしてない。……早く、星の匙、だっけ? 探そう」

 イオは人の隙間を縫うように歩き始めた。二人でじりじりと進んで行くと、別の人集りがある。今度はなんだろうと背伸びをして、隙間から見えたものにエイリルは眉を顰めた。

 人垣の中心には大きな檻があり、「鳥女」と額がかかっている。中には、背中から翼を生やした白い服の少女が、つまらなそうにブランコを漕いでいた。足首からは鎖が伸びており、ブランコが揺れる度に鎖も揺れて耳障りな音を立てる。

「ああいうのは嫌いか?」

 問われてそちらを見れば、イオにも檻の中が見えたのか、複雑そうな顔をしている。

「嫌いって言うか……あの子、鳥女なんかじゃなくて、アウィス族でしょ」

 アールヴレズルの存在する大陸では、人間が圧倒的多数を占める。人間以外の種族は少なく、それらはまとめて「亜人」と呼ばれており、その言いかたもエイリルは好きではない。

 他の種族と比べて人間が優れているかと言えばそうではなく、ただ数が多いだけなのに、人間でないというだけでヒトではないような扱いをするのは間違っている。

「人間だっていろんな人がいるでしょ。たとえ腕が三本あったて、足が一本だって、わたしはわたしだもの。大勢と違うからって見世物にするなんてどうかと思う」

「……なるほど。なんか、わかった」

「何が?」

 何を理解したのだろうと首をかしげるが、イオは無言でかぶりを振るだけで答えてはくれなかった。

 話しながら少しずつ歩いているうちに混雑を抜け、広場から放射状に延びる道のうち真北へ向かうものを進む。

 広場を過ぎると徐々に人が減ってきた。このあたりは店の少ない地区らしい。赤い薬瓶の看板を探しながら歩いていると、ぼそりとイオが呟いた。

「あんたのいた劇場に、ああいうのはなかったのか」

 唐突に尋ねられてエイリルは目を瞬いた。イオに素性を話したことはないのだが、ラストから聞いているのだろう。

「え? ……うん、いなかった。座長がそういう方針だったから」

 刺青をしたり、わざと身体の形を変えたりする者はいたが、各々の芸のためだ。腕に縞模様の刺青をして、錯視を利用した奇術など、本当に魔法のようだった。

「お客さんには芸を見せるべきだって。人気だったの、曲芸師かな。他にも、手品師とか動物使いとか。でも、個人でやる出し物より、舞台って言うか、芝居や踊りの方が多かった……」

 はぐれた人々のことを自然に過去形で話している自分に気付いて、エイリルは途中で口を閉じた。ヒルダに拾われてからこちら、それ以前のことは無意識に考えないようにしていた。考えてしまえば自分の薄情さを突き付けられる。他者を顧みず、保身に腐心する性根が露呈してしまう。

(エラは、みんなを探したって言ってた……わたしは……)

 皆の行方が気にならないわけではない。捜しに行こうかと思ったことは何度もある。しかし、行き倒れ寸前でいたところをヒルダに拾われ、住み込みで働かないかと誘われ、承諾してしまった。これで、しばらくは寝床の心配をしなくて済むと思った。また追い出されるのでは、次に行く所では心ない扱いを受けるのではと怯えることもない、夢のような場所。

 せっかく手に入れた安心できる場所から離れて、失ってしまったらと考えると、動けなかった。―――今までの暮らしを不満に思ったことはないと、思っていた。

 不意にイオが立ち止まり、エイリルも数歩遅れて止まった。

「どうしたの?」

「……じゃない」

「え?」

 呟いたイオは、珍しく焦った様子でエイリルを見た。

「このへんに早馬を出してるところはないか?」

「早馬? 役場に行けばあるんじゃないかな。もしくは、郵便を扱うところ」

「役場はどこだ」

「さっき、広場通ったときにそれっぽいのがあったと思う。何か急ぎの用事?」

「ああ。……一応、報告しておこうかと思って」

 人混みを泳ぐように、イオは広場へ戻っていく。

「報告? あ、ちょ、ちょっと待って!」

 小柄なイオは、人に紛れてあっという間に見えなくなった。エイリルは慌てて追いかける。

 広場は人で埋め尽くされているが、役場はむしろ閑散としていた。武闘大会の準備で人が駆り出されているのかもしれない。

 役場に入って首を巡らせると、イオはすぐに見つかった。職員らしき年配の男性と、何やら言い争っている。

「だから! おれは城の人間だって!」

「なんだい、そういう遊びが流行っているのかな? 駄目だよ、馬は遊び道具じゃないからね」

「遊びじゃないって言ってるだろ! これ! ほら!」

 業を煮やしたように、イオは上着の隠しから身分証を取り出した。眼鏡を上げてそれをしげしげと見ると、職員は不思議そうな顔になる。

「お城のお役人の紋章じゃないか。どこで拾ったんだいこんなもの」

「だーかーらー!」

「待ってください、これはこの子のです。本人で、本物だと保証します」

 このままでは埒が明かないと、エイリルは二人に割って入り、職員に近衛兵の紋章を見せた。突然現れたエイリルに職員は目を瞬いたが、同じように紋章を見て、驚いた顔になる。

「まさか、お嬢さんが今年の大会に参加する近衛兵さんなのかい」

「……そうです」

 嘘はついていない、と胸中で言い訳をして、実情は見習いで、他に二人いることは伏せておく。

 職員はエイリルとイオの示した紋章を交互に見て、納得したようだった。

「すまなかったね、本物のお役人だったとは。お城ではいろいろな人が働いているんだなあ」

「頼めるか」

「わかった、今すぐ出るように手配しよう。確かに受け取った。明後日には王都に着くからね」

「頼む」

 職員が奥へ入っていくのを見届けて、イオは大きく息をついた。酷く疲れているように見えて、エイリルは彼を覗き込む。

「大丈夫?」

「ああ。あとは城のほうでなんとかしてくれるだろ」

「そうじゃなくて、イオくんが」

「……おれが?」

 きょとんとするイオを促し、エイリルは役場を出た。早く宿を探してイオを休ませたい。

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