二章 1-2

     *     *     *



 ロヴァルは耳を疑った。

「ライネリア様がお怪我を?」

 ラストは厳しい表情で首肯する。

「ええ。今日の昼頃、王都自邸の庭園を散策中に転倒なさったとのこと。左大腿骨の骨折だそうよ」

「それは……おいたわしい」

 ライネリアは、イーグルの三人いる妹のうちの一人だ。既に降嫁こうかしており、普段は夫の領地であるノルズリ領にいることが多いが、大祭のために王都へきていたのだろう。命に関わる怪我ではなさそうだが、大腿骨の骨折となると、当分の間は安静にしなければならない。

「庭でそんな大怪我するなんて、一体どんな転び方したんですか」

「それが、ちょっと不可解なの。だからここまで話が上がってきたんでしょうけれど」

 国王の妹とはいえ、現在はノルズリ侯爵夫人であり、近衛隊の守護対象ではない。自邸で転倒した程度で騒ぎになることはないのだが、不注意では済まされない何かがあったのだろう。

「それが、ちょっと不可解なの。だからここまで話が上がってきたんでしょうけれど」

「不可解?」

「今日の天気はどうだった?」

 質問を返され、ロヴァルは首をかしげた。

「ずっと晴れていたかと思いますけど。それが何か?」

「そうよね、わたしもそう記憶しているわ。でも、ライネリア様も、一緒にいた侍女や護衛も、こう証言しているらしいの。急に 夕立のような大雨が降り出して、突風が吹いたって」

 それは確かに不可解だ。今日の城下町周辺は快晴で、風も穏やかだった。暴風雨どころか曇る気配もなかったほどだ。局地的に、それも特定の貴族の邸だけに雨が降るなどという現象などあり得るのだろうかと、ロヴァルは口元に手を遣る。

「慌てて雨宿りしようとしたところ、突風に煽られて転倒してしまったということらしいわ。でも、邸のほかの使用人によると、風は吹いたけど雨は降らなかったそうよ」

「そんな狭い場所で話が食い違いますか? ノルズリ領での出来事ではないですか」

「わたしもそう思ったわ。でも、間違いなく城下の邸にいらっしゃったそうよ」

「とはいえ、ライネリア様がいらっしゃる場所に、狙ったような暴風なんて、まるで……」

 言いさしてロヴァルははっと口をつぐんだ。ラストも同じ考えに至っていたようで、小さく頷く。

「今日のことだから、まだ詳しいことはわからないけれど、貴族街で不審な女が目撃されたという情報もあるわ」

「不審な女……ですか」

 男ではないのか、と喉まで出かかった言葉をロヴァルは飲み込んだ。ラストは続ける。

「念のため、今夜から近衛兵による警備を強化するようにしておいたわ。明日からは貴族街の巡回も増える手筈になっている。表向きは、少し早いけれど大祭に向けての警備強化。それとは別に、諜報部も調べてみると」

「諜報部も動きますか……何も出ないといいんですが。ライネリア様の件はどのように?」

「証言を総合して、局地的な突風が吹いて、庭園にある池の水を巻き上げたのが雨に感じられたのだろうということで片付けられたそうよ。―――わたしも、そうあってほしいと思う」

 最後は独白のように言って、ラストは立ち上がった。

「わたしからは以上。後はお願いね」

 申し送りを終え、日勤だったラストは退出して行った。入れ替わりに執務机につきながら、ロヴァルは考え込む。

(おそらく、イーグルの耳に入るのは時間の問題……そして多分、あいつも同じことを考える)

 できれば知らせずに置きたいが、妹の怪我では無理だ。なんの悪気も他意もなく、イーグルに報告されるに違いない。逆に、知らせない方が問題になりそうだ。

 願わくば、誰の仕業でもなく、ただ運の悪い事故であってほしい。これ以上イーグルの心労を増やすようなことは起きてほしくない。

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