三章 4-1

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 エイリル、シルエラ、マリアの三人は武闘大会の控え室にいた。

 イオは手伝いの文官としてやってきた筈だったが、運営の係員にそのことを伝えると、苦笑いで丁重に遠慮されてしまったので、客席にいる。イオは特に気にしていないようだったが、思い出すと腹が立つ。

「数字、ばらけてよかったですね」

 控え室に壁に張り出された説明書きを読み、マリアは安堵したように笑んだ。

 控え室に入る前に受けた説明では、参加者の数によって予選一戦の人数が調整され、勝ち残った十六人で午後に本戦が行われるとのことだった。

 予選は十三人一組で戦い、その中の一人が本戦に進出できるという。武器や防具の使用は禁止、場外は負けとなる。

 参加者に割り振られた数字は先着順ではなく、当日に抽選だったので、三人は予選では別々の組になりそうだ。

「ほんと、よかったです。予選で負けたら、ラストさんに怒られそう」

 いつもと変わらない美しい笑みで辛辣なことを言われたら、立ち直れないかも知れないと、エイリルは今から暗澹たる気分になる。

「隊長は怒らないと思いますけど、訓練が倍増しそうですね」

「うう、それはそれで……いや、そっちのほうが……」

「何弱気なこと言ってるのよ、リル。要は負けなきゃいいのよ」

「そりゃ、エラは強いからいいけど」

「まあ、優勝したいならあたしを倒して貰わないといけないけどね」

 不安で一杯のエイリルは、緊張など一切なさそうなシルエラが羨ましくなる。

「予選なんて気の持ちようよ。ほら、次じゃないの?」

 シルエラが指差す先を見れば、係員が控え室にやってきたところだった。

「次、予選第五試合です。五三番から六六番のかたお願いしまーす」

「頑張ってください、リルちゃん」

「怪我しないようにね」

「ありがとう、行ってきます」

 声をかけてくれる二人に頷き返し、六二番のエイリルは、同じ組の参加者と共に係員に続いて控え室を出た。十三人中、女はエイリル一人で、ますます不安になってくる。

(勝ち残れるのかなあ、わたし……)

 闘技場は円形の舞台の周囲を客席が囲むすり鉢状で、この大会のために何十年も前に作られたものだという。

 参加者が出ていくと、客席からは歓声が上がった。エイリルたちは指示されていたとおりに舞台の中央へ進む。

 予選だからか、客席は上の方が随分空いていた。中央やや前寄りにイオの姿を見付け、目が合ったのでエイリルはぶんぶんと手を振る。しかし、驚いた顔をしたイオにぷいと顔を反らされてしまった。

 司会が声を張り上げる。

「今回、王都からの参加者は三人! なんと全員うら若き乙女です! そのうちの一人がこちら、近衛兵のエイリル嬢!」

「え」

 一斉に観客と参加者の注目が集まり、エイリルは固まった。十二人の威圧感が凄まじい。

「近衛兵……だと……?」

「この小娘がか!」

「名をあげるいい機会じゃないか」

 参加者の囁きを耳にして、エイリルは慌てて司会を振り返った。

「ちょっ、ちょっと待ってください! わたしは見習い……」

「盛り上がって参りました、一体誰が勝ち残るのか! それでは……始め!」

「ちょっとー!」

 司会が開始を宣言するなり、他の十二人は示し合わせたようにエイリルに殺到した。自分はまだ正式な近衛兵ではなくただの見習いで、倒しても名など上がらないし箔もつかないと訴えても、聞いてくれる雰囲気ではない。

「待ってくださいってばー!」

 紹介するなら先に教えて欲しかったと、半ば反射でエイリルはその場を逃げ出した。



    *     *     *



 控え室に張り出された組み合わせ表を見て、エイリルは唖然と固まった。

「あら、あたしとなのね。しかも第一試合」

「エラ……」

 十六人の名前を見る限り女はエイリルとシルエラだけだ。マリアは予選で負けてしまったので、今は客席にいる。

 何も初戦でぶつけることはないのにとため息を飲み込む。エイリルが勝ち残れたのは、近衛隊での訓練のおかげだ。現役近衛兵たちとの本気の鬼ごっこや隠れ鬼を思えば、腕自慢とはいえ軍属ではない人々を相手にするのは、まだ楽な方だった。

 場外は負けとなるルールに助けられ、逃げ回ってどうにか残ったエイリルとは違い、シルエラは十二人をなぎ倒して実力で勝ち上がった。その様子を見ていて思ったのだが、シルエラは近衛隊だけではなく、明らかにどこか別の場所で訓練を受けた動きをしていた。護身術などという生易しいものではない。

 これも、訓練を受けたからわかるようになったのだろうとエイリルは思う。ゆえに、戦わなくても結果がわかってしまう。

 シルエラはにやりと人の悪い笑みを浮かべた。

「手加減しないって言ったわよね」

「聞いたけど、聞いたけど……ううう」

 そうこうしている間に開始時間になっていたようで、係員が呼びにきた。

「本戦第一試合開始します。シルエラさん、エイリルさん、お願いします」

「はーい」

「……はい」

 控え室で落ち着く間もなくエイリルはシルエラと共に闘技場へ向かう。予選の時は三分の一ほどの空きがあった客席は、観客で埋め尽くされている。

「お待たせしました! 第四七回レゾリーヴ武闘大会、本戦を開催いたします!」

 沸き上がった歓声が落ち着くのを待ち、司会は続ける。

「一回戦第一試合はこちら! 並み居る屈強な男たちを倒して勝ち上がりました、王都からやってきた近衛兵のお二人です!」

「だから、見習いが抜けてますってば!」

 エイリルの声は歓声に掻き消されて司会には届かない。シルエラは適当に手を振って歓声に応えながら肩を竦める。

「客寄せに使われたみたいね、あたしたち」

「そんなあ」

「では早速参りましょう! 近衛兵対近衛兵、どちらが勝つのか! 第一試合、始め!」

 司会の合図に従って、エイリルは構えてシルエラと向き合った。

「行くわよ」

「い、いきなり? ひゃあ!」

 視界からシルエラの姿が消え、エイリルは咄嗟に思い切り後ろへ跳ぶ。シルエラは足払いをかけた姿勢からすぐさま立ち上がると距離を詰めてきた。エイリルは慌てて間合いを取ろうとするが、シルエラの方が早い。

「本当に、逃げるのだけは上手いわね」

 エイリルはすんでのところで拳をかわし、即頭部を狙ってくる回し蹴りは仰け反ってどうにかやり過ごす。顎目掛けて繰り出される掌底を払い、脇腹を突き上げる肘を受け止める。

(あれ?)

 思っていたよりもシルエラの動きが見えてエイリルは戸惑った。五秒ともたずに叩き伏せられるのを想像していたが、さばくことができている。手加減されているのかも知れない。

「大人しくなさい!」

 苛立たしげな声と共にシルエラが突き出してきた抜き手を、首を傾けてかわし、エイリルは伸びきった彼女の腕を捉まえた。そのまま勢いを利用して身体を反転させ、シルエラを投げ飛ばす。シルエラは驚いた顔をしたが、空中で身体を捻って両手両足を使い、猫のように着地した。

「ちょこまかと……」

 エイリルを睨む眼光が鋭くなる。シルエラは全身をばねのように使って飛び出した。攻撃が更に速度を上げて激しさを増す。攻撃に出る隙がなくなり、防戦一方のエイリルはじりじりと後退した。

「あっ……」

 引いた足の踵が空を踏み、エイリルはバランスを崩した。両腕をばたつかせてなんとか留まろうとするが、努力空しく身体は後ろへ倒れる。落ちる、と覚悟した瞬間、シルエラが重心を傾けた。刹那、残った右脚の膝を蹴り抜かれて、エイリルは悲鳴を上げた。受け身も取れず背中から落ち、衝撃で息が詰まる。

「く……う……っ」

 司会がシルエラの勝者を宣言しても、エイリルは立ち上がることができなかった。

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