二章 4-1

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「見習いたちは、シルエラとマリア、エイリルとイオに別れたようですね」

「そのようね」

「隊長が仕向けたんですか?」

 ロヴァルが半ば本気で尋ねると、ラストは謎めいた笑みを浮かべて小首をかしげた。

「まさか。彼女たちが決めたのよ。わたしとしては、四人で行動してくれた方が手間が省けていいのだけれど」

 ラストは彼女たちにつける監視兼護衛のことを言っているのだろう。二手に分かれてしまえば、必要な数も倍になる。

「監視はともかく、護衛は不要なのでは? 目的地周辺に脅威になるような危険種はいないはずです」

「ええ、でも万が一と言うこともあるわ。イオくんだけは無事に帰って貰わないと」

 優先順位が高いのはイオだと、ラストは眉一つ動かさずに言う。

 イオの本業は王子の守り役なのだから、真っ先に守られるのは当然だ。しかし、元は個人的な知り合いであるエイリルを連れてきたラストが、エイリルを切り捨てるようなことを言うのに、ロヴァルは薄ら寒いものを感じる。この隊長の、こういう部分は真似できない。

「リルちゃんとイオくんは、『追っ手』を無事に撃退したみたい。追い払ったのは多分イオくんだけれど」

「多分、イオ、ですか?」

 歯切れの悪い言葉を繰り返すと、ラストは続ける。

「雷と思しき閃光により追跡不能だそうよ。エマたちが馬車に追いついた場所周辺で、天候の悪化と雷雨は報告されているけれど、落雷の記録はないわ」

「ああ、それはイオですね。それよりも私は、休暇でも遠征でもないエメライン隊が、ごっそりいなかった理由がこんなところで明かされて驚いています」

「時間は限られているもの、使える機会は使わないと。近衛隊の補充が必要なのは本当だもの」

 訓練態度だけではなく、緊急時の対応も見たいという理屈はロヴァルもわかる。だが、近衛兵に兇手きょうしゅ紛いのことをさせるのはどうなのかと思う。

「私にくらい教えといてください」

「それは悪かったと思っているわ。リルちゃんが旅慣れているからか、二人が出発するのが予想より早くて、エマ隊に急遽きゅうきょ出て貰ったのよ」

「後から勤務調整するトールくんが怒りますよ」

「最初からトールに調整して貰っているから大丈夫」

「……鬼ですね。知ってますけど」

 ラストは笑うだけで何も言わない。今頃調整に追われているだろうトーリスを気の毒に思いつつ、気を取り直して尋ねる。

「シルエラとマリアの方はどうなんです?」

「彼女たちは明日発つみたい。『追っ手』はキルツ隊に行って貰う予定よ」

 言いながらラストは手元の書類を捲った。

「リルちゃんはロヴァルから見てどう?」

 エイリルについての評価を訊かれるとは思っていなかったので、ロヴァルは考える時間を稼ぐために質問を返した。

「それは、副隊長としてですか、個人としてですか」

「今は副長としての意見を聞きたいわ」

「了解。―――エイリルは境遇の割に明るいですね。それが元来の性格なのか、そう振る舞っているのか。自己主張をあまりしないのが困りものですが。できるだけ周囲に合わせようとして、衝突するのはごく親しい人間に限られる。心優しく他人の機微に敏感だとも言えますが、八方美人とも言えます。自分をよく見せたいというよりは、嫌われるのが怖いといったところでしょう。あとは……素直ないい子なんですがね。相手を疑わないのも、場合によっては短所になります」

「そうね、そこが問題だわ。疑ってかかることも必要だと、学んで貰わなければね」

 同意してから、ラストは別の資料を開く。

「シルエラはどうかしら」

「シルエラは好き嫌いがはっきりしていますね。今時ちょっと珍しいくらいです。周囲の目を気にして合わない相手と馴れ合うよりも、自分に正直にいたいように見受けられます。摩擦を恐れないと言えば聞こえがいいですが、自分と異なるものは認めないという傾向でしょうか。良くも悪くも意思は強いですね。一度決めたら貫き通す気概があるように思います。自分の能力への自信もあるでしょうが」

「なるほど。自分の意見がはっきりしているのと、自信があるのはいいことね」

 淡々と言い、ラストは手元の紙にペンを走らせた。

「報告書か何かですか」

「そんなところよ。あとは、あなたが他人をどう評価するか知りたくて」

 思いがけないことに瞠目すると、ラストは無垢な少女のような笑みを浮かべた。この微笑みに油断して破滅した人間を何人も見てきた。美しい花には棘があるとは使い古された言い回しだが、ラストは棘などないかのように振る舞うのが上手い。

「……そうならそうと言ってください」

「最初に教えておいては無難な答えを準備するでしょう?」

 ラストは紙の束を脇に避け、別の書類を開く。

「次。『西』の様子は?」

「諜報部からは、特に表立った動きはないとのこと。領主も戻っていないようです」

「そう……諜報部がまだ見付けられないとなると、相当巧妙に隠れているか、もう国内にいないか、死んでいるかのどれかね」

 ラストはとんでもないことをさらっと言う。

「陛下のお耳には入れないようにしたいけれど、領主が行方不明というのはずっと隠しおおせるものでもないわ」

「ええ。お知らせするのは、せめてヴェストリ公が見つかってからにしたいですね。そうでなくとも……」

 ここで愚痴っても詮無いことだと、ロヴァルは口を噤んだ。ただでさえ大祭の準備で忙殺されているのだ、これ以上心労を増やしては、国王が倒れてしまいかねない。

(それが目的か? ……まさかな)

 簒奪さんだつが目的なら、そんな回りくどい手は使わないだろう。本人が乗り込んでくるか、暗殺者でも放つに違いない。

「王都へ入ってくる人の流れは監視を強くしているわ。表向きは、大祭が近いからそのための警備強化という名目で」

「ヴェストリ公の外見を共有できればいいのですが、そうするともう隠すことはできませんからね」

 ヴィグリードめ、とロヴァルは舌打ちを堪えた。

 イーグルの従兄ゆえ、ロヴァルは顔見知り程度の知り合いだが、親しく話したことはない。彫刻のように美しい顔をした、けれど表情の乏しい人形のような男だという印象しかない。

 イーグルは、年の近い従兄のことをことの外気にしている。理由は色々あるが、ヴィグリードの父レキターレが、先代の国王であるイーグルの父リヴァーレーンの兄であり、当時の王位継承時に一悶着あったのが最大の要因だ。

(家出にしても死ぬにしても、もう少し時期を選べよな)

 胸中で悪態をついていると、扉が叩かれる。

「どうぞ」

 ラストの返事に被さる勢いで扉が開いた。

「お話し中、申し訳ありません。ロヴァル副長、今よろしいでしょうか」

「なんだ?」

「陛下が……」

「ああ、はい。わかった」

 困り顔の近衛兵を片手で制し、ロヴァルは尋ねる。

「よろしいですか、隊長」

「ええ。大体の話は終わったし、細かいところは紙で送っておくわ」

 ラストの許可を受け、ロヴァルは近衛兵を伴って隊長執務室を出た。兵士を促して歩き出す。

「塔は?」

「どちらにもいらっしゃいませんでした」

「となると……よし。連れ戻してくるから、戻っていいぞ。捜してる奴らにも伝えてくれ」

「は、はい」

 小走りに戻って行く兵士を見送って踵を返す。窓から見上げる空は厚い雲に覆われていた。イーグルが塔に上って景色を眺めるのは、大抵は晴れて見通しのいい日だ。今日の天気と国王の性格をかんがみて、ロヴァルは南側の庭園に足を向けた。

 庭師の手によって美しく整えられた庭園を南へ抜けると、小ぢんまりとした温室がある。小さいとはいえ民家ほどの大きさはあるし、壁と屋根の殆どが特別丈夫に作られたガラス張りなので、冬でも花を維持する設備と合わせて恐ろしいほどの値段になるはずだとイーグルが言っていた。作らせたのは何代も前の国王らしいが、夏以外の季節は気持ちがいいのと、あまり人が立ち入らないのとで、イーグルはしばしば足を運んでいる。

(いたいた)

 生い茂る植物に隠されて外から見えない場所にイーグルはぽつんと立っていた。その後ろ姿が酷く頼りなげで、声をかけるのを躊躇う。できることなら気が済むまで一人にしておいてやりたいが、彼の立場がそれを許さない。

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