第29話*渇望の末路

「魔導師たちだ。なんでこんな所に?」

 マノサクスは唐突に現れた魔導師たちに戸惑い、呆然とその光景を眺めていた。

「ほう? 彼らが魔導師か」

「うん。そうだよ」

 初めて目にする魔導師にベリルは興味深い視線を送る。この状況から考えるに、彼らはボナパスに関係していると見ていい。

「ティリス……」

 ベリルは力なくつぶやくリュートに少女を見やる。

「眠っているようだ」

 彼女ならすぐさま反撃していそうなものなのにと思えばなるほど、あれでは抵抗のしようがない。

 治療と戦闘に気を取られ、よもや第三の存在がいようとは考えもしなかっただろう。

 しかし、彼らの動きは手慣れたものではない。そして、彼女をぞんざいに扱ってもいない。傷つける事は避けたいようでもある。

「そこの勇者」

 一人の魔導師がベリルを示す。

「うん?」

 ベリルは私の事かと眉を寄せた。

「そうだ、お前だ。武器を全部捨ててこちらに来るんだ」

 その言葉に確信する。

「あれを造ったのはお前たちか」

 魔導師たちの動揺はフード越しでも見て取れた。

「どうして解った」

「むしろ、この状況で解らない者はいないと思うが」

 小柄な影たちの動揺は広がり、小声で話し合っている。

「えっそうなの?」

「お前な……」

 セルナクスは気付かなかったマノサクスに呆れて肩を落とし、気を取り直して魔導師たちに険しい顔を向けた。

「どうしてこんな事をしたんだ」

「黙れ」

「よくもぬけぬけと」

 フードから覗く紫の瞳から強い怒りが伝わってくる。二人には、その怒りの理由が未だに解らなかった。

「我々を奴隷のように扱っていたくせに」

「これ以上、こき使われるのはまっぴらだ」

 口々に吐き出される声に、セルナクスとマノサクスはまったく思い当たる節がない。

「こき使われるって……。何を言ってるんだ」

「そうだよ。ずっと仲良くしてきたじゃないか」

「仲良く。だと?」

 マノサクスの言葉が引鉄ひきがねとなったのか、魔導師たちの雰囲気が一変した。

苦役くえきを課しておいて、よくもそんな事が言える」

「酷い奴らだ」

「我らはお前たちの奴隷じゃない」

 思ってもいなかった言葉なのか、マノサクスとセルナクスは何も言えずに立ち尽くしていた。

「双方に意見の食い違いがあるようだ」

「そのようだな」

 ベリルとリュートは静観しつつ、どうしたものやらと考えあぐねる。

「とにかく。そこの勇者、早く来るんだ」

「断る」

「は?」

 少しも揺らぐことなく返されてダガーを落としかけた。あまりの堂々たる様子に心が萎えそうになるも、魔導師は負けじと切っ先をティリスに突きつける。

「これが見えないのか!?」

 そう来ることは当然だろうなと眉を寄せた。しかし、ここで折れる訳にはいかない。素直に従う事も考えたが、彼らには魔法がある。

 近寄った途端に何かされては対処は難しい。それよりこの距離なら、隙を作ればティリスに手が届く。

 自身を盾にしての救出には彼女からまた怒られる事になるがこの際、それは咄嗟にやってしまったという事にしよう。

「人質が通用すると思──」

 言い切るより先に隣からの殺意を感じて目を向けた。

「──わない方がいい」

 鬼のようなリュートの形相を見つつも最後まで言い切ったベリルだが、何の意味もなくなったセリフに心中で盛大な溜め息を吐いた。

 魔導師たちは、リュートから放たれるあまりの殺気に心臓が縮み上がり若干の後悔を覚えた。

「し、仕方ない」

 リーダー格と思われる魔導師が気を取り直し、右手を上げてベリルに向ける。

「少し、眠ってもらうぞ」

 口の中で何かを唱えたその瞬間、ベリルは手にしていたものを魔導師にかざした。

 ほどなくして、魔導師たちはざわめき始める。

「──どういうことだ」

「眠らないぞ」

「魔法が効かないのか?」

 混乱している今が好機だ。ベリルは素早く魔導師に駆け寄り、背後に回って首を締め付けた。

「うぐぅ!?」

 苦しみに呻いてダガーを落とした魔導師に、今度はベリルがナイフを突きつける。

「貴様!?」

「卑怯だぞ!」

「言うに事かいてそれか」

 自分たちのしたことはどうなんだとベリルは顔をしかめて呆れかえるばかりだ。

「いつの間にかすめ取った」

 リュートはティリスの無事を確認し、ベリルが持っていた物に眉を寄せる。

「使えるかなと」

 ベリルはこっそり、リュートを地下牢に閉じこめていたプレートを鉄格子から取り外していたのだ。

「返すのをすっかり忘れていた。彼らにも有効だとは幸運だった」

「そうか」

 恐ろしいほどの強運の持ち主だな。最終的にこいつのそこが、勇者にひっかかったんじゃないのかとリュートは呆気あっけにとられた。

「くそ」

「こうなれば仕方ない」

「痛くても文句言うなよ」

 悔しげに声を荒らげ、魔導師たちは魔法を唱え始めた。

 これはまずい。攻撃魔法を放つつもりだ。セルナクスとマノサクスが未だ戸惑っている様子を横目に、ベリルとリュートは身を低くして飛び込む体勢に入る。

 そのとき、

「お前たち! 何をしているのです!」

「ミレア様!?」

 割って入った小柄な影に魔導師たちは驚きつつも軽く会釈した。どうやら、彼らにとって高い地位にある者らしい。

「──ミレア?」

 ベリルは、その名に複雑な表情を浮かべた。かつて、自分を不死にした者と同じ名だとは奇妙な偶然だ。

「彼らが何をしたのか、教えて貰えないだろうか」

 現れた魔導師はベリルに向き直り、目深に被ったフードを取り払う。

 紺藍こんあい色のフードからこぼれる銀色の髪は輝きに満ち、尖った耳に愁いを帯びた瞳はアメジストの如き透明感を湛えている。

 シンプルだが美しい銀細工のサークレットが彼女の存在感を際立きわだたせていた。

「エルフか」

「エルフはエナスケア大陸に住んでいる」

「魔導師は遠い昔にエルフから離れた種族なんだ」

 つぶやいたベリルにセルナクスが応え、マノサクスがそれに付け加える。

「なるほど」

 それで容姿が記憶にあるエルフに似ているのか。記憶している知識と、この世界のエルフが一致している事には驚きでもある。

「彼らが何をしたか、わたしには解らない。けれど、迷惑をかけたということは解ります。ごめんなさい」

 ミレアと呼ばれた魔導師は心痛な面持ちでベリルたちに頭を下げる。すると、他の魔導師たちがそれに泡を食ったように言葉をたたみかけてきた。

「ミレア様がお謝りになることはありません!」

「そうです。悪いのはリャシュカ族の者どもです」

「我々は仲間の酷い扱いに憤慨し、意見しただけです」

「あれで意見したとはよくも言う」

 ベリルの声に魔導師たちは振り返るも、表情のない目に黙り込む。

「あなたは、勇者の一人ですね。彼らが何をしたか、教えてください」

「ミレア様。我々は何も悪いことはしていません」

「奴の言葉など聞く必要はありません」

「そうです。きっと嘘しか言いません」

「それを決めるのはわたしです」

 すげなくはねつけると魔導師たちは縮こまった。

 このミレアという少女は魔導師たちのおさの娘で、魔力が強くウェサシスカにも呼ばれている優秀な魔導師だ。

 少女に見えるが実際は数百歳を越えている。それでも、彼らの中では若い部類に入る。

 ウェサシスカにいる魔導師は月に一度、移動魔法円ポータルを使って集落に戻ってくる。

 ミレアはここ最近、仲間たちの様子がおかしい事に気がついて注視していた。

 そんなおりに今日、集落に戻ってみると仲間の姿があまり見えず、きっと何かしでかしたのだと探していたところ、この状況に出くわした。

「一体、何に怒っているのです?」

「昇った者たちが酷い仕打ちを受けているのでしょう!?」

「それを聞いてから、我らはどうにかしないとと思い」

 しかし、どうにかしたくとも力では敵わない。魔法を操れると言っても体力もなく。ならばと、禁忌とされている術に手を出した。

「まさか合成生物の創造を!?」

 ミレアは大きく目を見開いた。もう数千年以上も前に禁忌とされた生物の合成術を行ったなんて信じられない。

「はい。そうです」

 一体を作成したあと、コルコル族が召喚した勇者のなかに不死者がいることを知り、その能力で自分たちを強化出来ないかと作った生物を操るための準備をしていたときに逃げられてしまう。

 仕方なく、完成間近のもう一体を操る準備をしているさなか、邪魔な二人を要石に必要だと嘘を吐き目的の勇者が一人になったところで拉致する作戦を立てた。

 結局はそれも失敗に終わり現在に至っている。

「──あなたたち」

 ミレアは愕然としたあと、呆れるやら情けないやらで深い溜め息を吐き大きく肩を落とした。

「彼らの愚痴を鵜呑みにするなど」

 なんたる愚かなことをしたのです。

「なんですと!? 愚痴!? し、しかし。用事があるとき以外は魔法を使うなと命令されたと──」

「それは命令じゃないよ。魔法は精神力を使うから、業務以外ではなるべく使わないようにしてねってお願いだよ」

 凄く疲れるんでしょ? 見てても辛そうなの解るよ。

「そんなはずは──」

 気遣うマノサクスの声色に魔導師たちは戸惑いを隠せない。

「魔力を使う作業で疲れるのは当たり前です。月に一度とはいえ、故郷へ戻れば気も緩み愚痴くらい吐きたくなるでしょう」

「しかしミレア様!」

「我々は長いあいだ、ウェサシスカに仕えてきました」

 昔から、わたしたちへの対応も体制も変わっていません。

「そうです。であればこそ、あそこまでの悪態を吐く者は今まで一人も──」

「本当に、一人もいませんでしたか?」

 念を押すように尋ねられ、魔導師は沈黙した。

 愚痴を吐く者はいたかもしれない。けれど、強い口調で語る者はこれまでいなかったように思う。

 それが、彼の性格からくるものだと考えたこともなかった。

「大体の話は飲み込めた。ろくに確かめもせず、随分な愚行を働いたものだ」

「だ、黙れ!」

「仲間が抑圧されているなら、助けるのは当然だろう!」

 一様に返ってくる魔導師たちの声にベリルの瞳は徐々に色を失う。

「お前たちが放った獣が何をしたかを知っても、そう言えるのか」

「それは──」

 静かだが怒りに満ちた声に乗りだした身を引っ込める。

「多くの者を傷つけ、殺めた事をどう考えている」

 大儀など元より存在しない。そんなものは犠牲を正当化する理由に過ぎない。

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