第28話*炎の巨軀-ほのおのきょく-
ティリスはリュートたちの様子を窺いながら、ボナパスの視界に入らないようにと常に一定の距離を保っていた。
こんなとき、神官戦士としてどうすべきかはよく知っている。
戦場で怯むことなく、戦いながらも神官としての力を遺憾なく発揮できる者こそが神官戦士たり得る──ティリスには、それが成せるほどの経験がある。
敵と刃を向ける者が多くいるのなら、その人たちを支える者が必要だ。
「誰も、死なせない」
ティリスは口の中でつぶやき、険しい表情をボナパスに向けた。
「えっ? あれ、モンスターじゃないの?」
あれが獣? マノサクスはベリルの説明に目を丸くした。
「モンスターと獣のハイブリッドといったところだろう」
さすがに敵対する人数が多いためか、警戒するボナパスを見つめながらベリルは答える。
「作られたと言ったな」
「その可能性が高い」
セルナクスの問いに抑揚なく返す。
咥えて移動してくれたおかげでコルコル族たちが巻き込まれずに済んだことは幸いだ。拓けた場所のためマノサクスたちにも支障はない。
「前回、倒した姿とは随分と違っている」
リュートがそれに付け加え、二人は複雑な顔をした。
「改良されてるって事か」
「前のやつも知らないのに、いきなりこいつ?」
マノサクスは顔をしかめて右太ももに装着している矢筒に意識を向ける。
念のために武器を持つようにとベリルに言われて弓と矢を用意してきたものの、こんな奴を相手にするなんて思いもしなかった。
持ってきた矢は十本──いくら弓が得意でも、これで足りるかな。とにかく、獣の意識を散らさないと。
苦々しく空に舞う友の姿を一瞥し、セルナクスは硬く翼を閉じた。
有翼人である彼らは、誇りとしている翼がかなり目立つという事と、その弱点をよく知っている。
マノサクスは元兵士であり幼き頃からの腐れ縁に、もはや二人の間には言葉の必要もなかった。
「さて。どうしたものか」
全てにおいて強力になったボナパスに、どう対応すべきかベリルは迷っていた。
動きが俊敏になってはいるものの小型化されたぶん、手榴弾の威力は増すだろう。体内まではさすがに強靱になっていない事を祈る。
残る手榴弾は二つ、これをどうやって口の中に放り込むかだ。
「ベリル」
声が聞こえやすいようにとベリルに近づいたセルナクスに、ボナパスは威嚇の唸り声を上げて炎を放つ。
それにリュートは険しい表情を浮かべた。
──やはり、ボナパスの動きはベリルを他から遠ざけようとしている。以前のボナパスのような野放し状態とは違う。
「確証がある訳ではなかったが」
獣の反応に、ベリルはこれまでの推測が間違いではなかったと断定した。目的が明確ならば、それなりの作戦が立てられる。
少なくともリュートたちは奴の念頭にはなく私が狙われている事はある意味、幸運ともいえるだろう。
奴の目の動きや動作から察するに、双方が思考している。であれば今回はどちらの頭から潰しても問題はない。
「どうする?」
「速さを奪う」
問いかけたマノサクスに一瞥して答え、さらに右に移動する。
ボナパスの視線は、まとまりから離れていくベリルの姿を逃すものかと追っていた。マノサクスはその隙を狙い、瞬時に的を絞って右後ろ足に矢を放つ。
「ほう」
これは思っているより速く片が付きそうだ。
セルナクスの動きは以前に見ているため不安はなかったが、マノサクスの弓も頼りになる。
ベリルは感心しながらハンドガンを構え、ボナパスに
魔法の付与された銃弾は先ほどの矢で僅かな傷が出来た右後ろ足に命中し、同時にまばゆく輝き獣にさらなる痛みを与える。
ボナパスはそれに激しい声を上げ、眼前のリュートに怒りの矛先を向けた。
「リュート!」
叫ぶセルナクスを
迫り来る炎の獣に見揺るぐことなく、大きく振り下ろされた鋭い爪を紙一重で避け同じく右後ろ足に刃を走らせた。
ボナパスは痛みと怒りで激しく吠えて炎を吐き出す──次の攻撃をと身を乗り出したベリルたちの耳に、どさりと何かが落ちる音が聞こえてマノサクスは振り返った。
その瞬間、目に飛び込んできた光景に体が強ばって動けなくなる。
「セルナ!?」
「──っ油断した」
友の元に駆け寄ると片翼の羽毛は黒く焦げ、ただれた地肌が見えている。これでは飛べない。
「彼女の元へ」
ベリルの指示にセルナクスの肩を支えてティリスを目指す。
「セルナクス!」
ティリスは足早に二人と合流すると、痛々しい姿に渋い顔をしてすぐに治癒を開始した。淡い光が翼の傷を包み込む。
「どう?」
「範囲が大きいし傷も深いから、動けるようになるにはしばらく時間がかかるよ」
「セルナを頼んだ」
一緒にいてやりたいけど、あいつを倒さないといけない。
「任せて」
ティリスの強い声に笑みを見せ再び闘いの場に戻る。
「くそ──」
親友を傷つけられ、ふつふつと怒りがこみ上がる。
翼はリャシュカ族の命だ。ましてやセルナクスは近衛隊長だぞ。あいつが飛べなくなるなんて絶対にあっちゃいけない。
「ティリスの治癒を信用しろ」
「そう願いたいね」
リュートに答えてボナパスを倒す思いを新たにした。
「一つ、提案がある」
マノサクスが冷静になったところでベリルが口を開く。
「言ってみろ」
「左右から攻撃を頼む。なるべく真横から同時に」
「同時に?」
マノサクスは怪訝な表情を浮かべて武器を弓から剣に持ち変える。
「少しでもタイミングがずれるとやり直しだ。何度もやると勘づかれる」
その説明にリュートとマノサクスは互いに頷き、それぞれ左右に広がった。
「同時にか」
口の中でつぶやいたマノサクスは、どうタイミングを合わせて攻撃するかを思案する。
ボナパスの注意は常にベリルに向いている。おまけとまでは言わないが、その程度の認識であるオレたちに目を配る奴じゃあないだろう。
オレは弓は得意だけど剣はセルナクスほど上手く扱えない。
リュートってやつの強さは解らないが、ベリルはあいつを信頼しているようだ。それなら、こっちの動きに合わせてくれるよな?
マノサクスは目を閉じて深く息を吸い込み、目を開くに合わせて翼を大きく広げた。
すぐさま、ボナパスの注意がマノサクスに移る。リュートはその間合いを計って剣を鞘に収め一気に獣に詰め寄った。
それと同時にマノサクスは強く翼をはばたかせ、ボナパスに突進する。真横からの攻撃に、互いの頭は左右を向く形となった。
ボナパスが炎を吐くべく口を大きく開けた刹那──横目に見えたベリルの姿に動きを止める。
「よくやった」
ベリルは言って、両手にある手榴弾のピンを同時に外し軽く投げ上げた。すかさずリュートが強い風を起こし、それぞれの口の中に送り込む。
数秒後、大きな爆発音と共に二つの頭が吹き飛び、ボナパスの胴体は首から血を吹き出して四肢を折り曲げ力なく地に腹をつけた。
「やった──のか?」
マノサクスは動かなくなったボナパスに警戒しながら歩み寄る。
「そのようだ」
生命活動の停止を確認してベリルはハンドガンを仕舞い、リュートもようやくの終わりに小さく溜息を吐き剣を収めた。
そのとき、
「なんだお前ら!?」
セルナクスの声に振り返ると、黒いローブを羽織った十数人の小柄な影がティリスたちを囲んでいた。
「ティリス!」
気負い立つリュートをベリルが制止する。
「動くな!」
数人がティリスにナイフを突きつけ、それにリュートは怒りと恐怖に胸が締め付けられた。
どういった手合いなのかとベリルは目を眇めるものの、フードを被っているためか性別は解らず
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