第22話*二段オチ

 マノサクスは言われたとおりに少し離れた席に腰を落とし、様子を見守ることにした。落ち着いたところで上座にいるレイノムスは、右斜めに腰掛けるティリスに向き直る。

「あ、あの」

 両手の拘束を解かれ、今はもてなされている事に戸惑いを隠せない。

「急いていたとはいえ、手荒な真似をして申し訳ない」

 腰掛けながらも深々と頭を下げた。思っていたほど怖い人ではないと解り、その慇懃いんぎんな態度にティリスの緊張が少し緩む。

「我々には、あなた方の力が必要なのです」

 それを確認したレイノムスは、ゆっくりと切り出した。

「あたしたちの力?」

「この大陸はいま、落下の危機にひんしています。回避する方法を探っていたところ、あなた方が重要な鍵を握るという予言を受けました」

 別世界から来た者に救いを求めるなど馬鹿馬鹿しいと思われるかもしれないが、ウェサシスカを地上に落とす訳にはいかないのです。

「どうか。どうか、助けて頂けまいか」

「よく解らないけど、困っているんですね」

 深々と頭を下げるレイノムスに戸惑いは隠せない。強引に捕らわれ、塔に閉じ込められた経緯を思えば、彼女がまごつくのも当然だろう。

「あなた方が、我々の最後の希望なのです」

 レイノムスは顔を上げ、心痛な面持ちで目を閉じた。

強硬きょうこうな手段に出た事は詫びのしようもない。言葉が通じないのではと、焦ったあまりの愚行でした」

「そうですか」

 見知らぬ世界に招かれたあたしたちが不安だったように、この人たちも知らない世界からの来訪者に不安を抱いていたかもしれない。

 そう思えば、この人たちのやり方も、なんとなく頷けた。

「切羽詰まっていた故の愚行にご理解を示して頂き、その心の広さに感謝いたします」

 そこで、もう一つ。

「あなたから青年に、我々の現状を説明し、協力を求められないだろうか」

「え?」

「予言では、あなたがた二人の力が必要であると──。しかれど、我々の言葉を聞き入れてくれそうにはないのです」

 ティリスはそれに、リュートの怒っている顔を思い浮かべた。

「そう……ですね」

 確かに、リュートなら怒っていてもおかしくない。

「頼みます」

 きっと、あなたの説得ならば彼も聞いてくれると信じています。レイノムスは再びこうべを垂れた。

「──ふざけるな」

 怒りに満ちたつぶやきがベリルの耳に届いた刹那、

「おい、あいつ」

「どうして人間が?」

 リャシュカ族たちがざわついた。

「ちょ!? ええ!?」

 なんの合図も予告もなく姿を現したリュートに、マノサクスは驚いて目を見開く。

「ちょっと何やってんの!?」

 その後ろからゆっくりと立ち上がるベリルに突っ込むものの、ベリルは特に焦りを見せることなく面食めんくらっているマノサクスをなだめるように軽く手を上げた。

 ベリルは、ティリスの純真さにつけ込む彼らを許せなかったのだろうとリュートの背中に溜息を吐く。

 しかし、こうも行き当たりばったりでは、こちらの対処も難しくなってくる。

「なんだ貴様!?」

 突然、現れた青年にセルナクスは声を張り上げる。

 見れば、勇者の片割れだ。一体、どうやってここまで潜り込んできたのかと顔をしかめ、その後ろにいる人間に見覚えがある事でマノサクスを軽く睨みつけた。

「マノ! お前の仕業か」

「えー……いや~。どうかな」

「リュート」

 この数日、顔を見ることすら許されず、どうしているのかと不安で仕方がなかったティリスは、ようやく会えた喜びに笑みを浮かべた。

「捕らえろ」

 セルナクスは部下に命令し、ティリスの腕を掴んで引き寄せる。

 それがリュートの怒りを爆発させた──

「まずい」

「え、なに?」

 ベリルは口の中で舌打ちし、マノサクスに駆け寄ってしゃがむように促した。

 ──瞬く間に吹き荒れた風が紙切れだけでなく、椅子や燭台までをも宙に浮かせ、天井に吊されたシャンデリアの飾りが今にも落下しそうなほど激しく音を立てている。

「な、なんだこれ?」

 今まで経験したことのない出来事に、マノサクスはなすすべもなくベリルのそばで縮こまる。

「魔族化したか」

 思ったよりも忍耐強くはなかったようだ。

「なんだ。これは」

 突然の出来事にセルナクスは呆然としながらも、風の発生源に目を凝らす。

 視界に飛び込んだ金色の輝きをいぶかしげに見やり、現れていく影があの青年だと理解するのにそう時間はかからなかった。

「馬鹿な──!?」

 片目は傷で閉じられていたはずだ。これが、魔導師たちが言っていた力なのか。素晴らしい力だが、使う場所が違う。

「なんとしたことか」

 レイノムスは眼前の光景に狼狽するも、その力に魅入られたように逃げ出すことなくリュートを見つめていた。

「リュート!」

 ティリスの声は風の音にかき消され、魔族化による力の暴走で近づく事もままならない。このままでは、傷つくのはリュート自身だ。

 なんとかして止めないと──!

「化け物だ」

 言った兵士をぎろりと睨み付ける。

「どうすんのこれ!? このままじゃ怪我人どころじゃないよ!?」

 マノサクスは頭をかばいながら悲痛な面持ちでベリルに助けを求めた。本当は翼を守りたいけど、今は折りたたんで小さくなるしかない。

「仕方がない」

 ベリルは立ち上がり、手にしたダガーをリュートに投げつける。

 鋭い切っ先は真っ直ぐにリュートに向かうがしかし、激昂げきこうしていてもそんなものに気付かないほど愚鈍ぐどんではない。

 素早く反応し、邪魔をするなと鋭くベリルを睨みつつ、迫り来るダガーを剣で弾いた。

 瞬間、ダガーから青白い光が放たれ、渦を巻いていた風がぴたりと止まる。リュートは気を落ち着けたのか、落下する物体越しにベリルを見つめた。

「頭は冷えたか」

 間髪入れず頭上から小さな破裂音がして、ベリルの真横に轟音を響かせながら巨大なシャンデリアが落下した。

「……。当たっていたか」

 大破したシャンデリアを見下ろし無表情に驚く。

 ステムが付与した魔法はリュートがダガーを弾いた事で発動し効果を無くしたと思っていたのだが、どうやら天井に偶然、刺さった事でも発動したらしい。

 いやまて、天井に刺さったときに発動した魔法は冷気だったろうか? 音からして、小さな爆発だったように思われるのだが。

 武器への付与は初めてだと言っていた。ステムの魔法は注意しておいた方がいいかもしれない。

「おまえ」

 ふざけているのか。

 相変わらずの態度に一気に脱力したリュートは、右目を閉じて魔族化を解いた。

「行け」

「ティリス!」

 リュートは二本目のダガーを手にしたベリルの意図を察し、ティリスの腕を掴んで走り出した。

「!? 待──」

 追いかけようとした近衛だが、ベリルの投げたダガーは見事、シャンデリアに当たって先ほどと同じく大きな音を立て落下する。

「うわあっ!?」

「ひゃあ!」

 そうして、全てのシャンデリアが床にたたきつけられ、舞い立つ煙と薄暗い視界に紛れてベリルも足早に部屋を出た。

「追うんだ!」

 セルナクスは声を荒げて部下に命令し、逃がすものかと駆け出す。通路に出ると、翼を広げて要石の部屋へと続く扉に手をかけているベリルに凄い速度で迫っていった。

 ベリルはハンドルを掴んでいた手を離し、目の前に立つセルナクスを仰ぐ。

「思っていたよりも速い」

 なるほど、この通路の幅でも飛べるように訓練していたか。どう見ても通路の幅より大きいと思われる背中の翼を一瞥する。

「人間め」

 この状況にもまったく動じないベリルの声に、セルナクスは眉間のしわを深く刻む。



 ──ティリスは何度も振り向くが、ベリルがついてこない事に不安を募らせた。

「リュート!」

 待ってと呼び止めてふと、行きにも見た要石の輝きに立ち止まる。

「綺麗……」

 間近で見ると、不思議な輝き。暖かさえ感じる。

「奴が足止めしている間に行くぞ」

「だめだよ!」

 ティリスは頭を大きく横に振った。

「仲間だもの」

 置いていけないよ!

 大きな瞳を潤ませてリュートを見上げる。

「ティリス」

 強い眼差しに小さく嘆声たんせいをもらす。厄介な頑固さだが、これがティリスなんだな。

「覚悟はいいか」

「うん!」

 降りた階段を再び駆け上がり、ハンドルを強く握る──互いに頷き意を決して扉を開き、剣を構えてセルナクスと対峙するベリルの姿を捉えた。

「リャシュカ族を相手に人間が敵うとでも思うのか」

「試してみよう」

 その言葉が気に食わなかったのか、セルナクスは口の端を歪め剣を大きく振り上げる。

「チビが!」

 忠告はしてやったとばかりに勢いよくそれを振り下ろした。

「ベリル!」

 あの速度では剣で防いだとしても、そのまま振り抜かれてしまう。

 しかし──

「なに!?」

 セルナクスの剣は振り抜かれる事なく、しっかりと受け止められた。

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