第21話*城内侵入

「彼の助けがなければここまで来られなかったのだ。許してやれ」

 そう言われてしまえば仕方がない。リュートは未だ納得がいかないながらも、看守に没収されていた剣などをマノサクスから受け取る。

 外に出ると辺りはすっかり暗く、通り沿いに設置されている篝火かがりびが道しるべとして灯されていた。

 庭園造りの通路を西に進むと、木々に隠されるように建つ塔が視界に入る。

「あそこだよ」

 マノサクスは言って、見張りのいない事を確認し茂みから出ようとした直後、ベリルはすいと左腕を上げて制止する。

 それにいぶかしげな顔をすると、塔の入り口からたいまつを持った数人が出て来るところだった。

 数人の列となっている前後は警備だろうか、たいまつを持ち辺りを警戒している。

「ティリス」

 列の中央に両手をつながれたティリスの姿を見つけたリュートは、剣の柄を握りしめ駆け出そうとした。

 しかし、ベリルに肩を掴まれ止められてしまい思わず睨みつける。

「少し待て」

「何を悠長なことを」

「あれ、副議長だよ」

 マノサクスが差したのは、ティリスの前にいるリャシュカ族の男性だ。五十歳を過ぎたあたりだろうか、翼も少々くたびれている。

「副議長がいるなら、城に連れて行かれるんじゃないかな」

 それにリュートは連れてこられたときに見た巨大な城を思い起こす。

「沢山の会議室があるから、何か話すんだと思う」

 すぐに何かするってことはないよ。

要石かなめいしもそこにあるよ」

「要石?」

 リュートに聞き返されたマノサクスが説明すると、みるみるうちに顔つきが険しくなる。

「俺たちをその修復に使おうというのか」

 その魔導師とかいう奴ら、叩き斬ってやる。

「見失うぞ」

 ベリルの声に、はたとして。いつの間にそんな所まで行ったんだと二人は足早に追いかける。

 当初の作戦通り、ベリルとリュートはマノサクスの連れという形をとって、とりあえず城のエントランスまで侵入することが出来た。

 城の内部は想像以上に広く、エントランスでは多くの人々が行き交っている。バロック様式に似た見事な造りに、ベリルはつい見入った。

 高い天井には煌びやかなシャンデリアがいくつも吊るされ、床だけでなく両サイドに別れた階段には赤い絨毯が敷き詰められている。

 この階段は二階へは行かず、三階と四階に別れて続いている。マノサクスは三階へ続く広い廊下を示し、そこを進むと分厚い扉がベリルたちを迎えた。

 巨木の一枚板で造られた両開きの扉には繊細な彫刻が施され、あちこちに金箔が貼られている。

 それにも関わらず、扉は思うほどの力を込める事なく緩やかに開いた。

 薄暗い空間に何かの脈動を感じたベリルとリュートは眉を寄せる。上へと続く階段を見上げると、ぼんやりと青白い光が見えた。

 再び両端に別れた階段の右側をのぼる。光は徐々に強さを増し、発光源である物体が姿を現す──

「でかいな」

 淡く輝く雫型の岩にベリルは目を細めた。

「これが要石だよ」

 高さ十メートルほどの巨石は広い空間の中心に、なんの支えもなく浮いている。

 岩の状態を確認するためなのか、要石に最も近づく部分は踊り場となっており、間近で見る事が出来た。

 よく見ると、斜めに薄く長い亀裂が走っていた。なるほど、このままでは割れてしまう可能性がありそうだ。

「こんな石のためにティリスを」

 忌々しげに睨みつける。岩は金属を帯びているのか、微かにツヤが見られた。

「岩に怒っても仕方がない」

 ベリルはリュートをなだめて上階を目指す。

 荷物をマノサクスに預け、重厚な扉をゆっくりと開き様子を窺う。そして人が通れる程度の隙間をあけてマノサクスを残し、眼前に見える色とりどりの花が飾られた大きな花瓶に素早く身を隠した。

 マノサクスは図体も大きく翼が目立つため、ベリルの指示があるまで要石の部屋で待機する。

 真っ直ぐに伸びた通路の先に見える扉からして、そこは特別な部屋なのだと思われる。廊下がぐるりと部屋を囲い、それぞれ四方に出入り口があるようだ。

「さて、どうしたものか」

 正面の扉には左右に警備が立っている。廊下は目的の部屋まで十メートルほどと長く、両端の壁も部屋のようだが防犯のためか、通路側に扉は見受けられない。

 これは一定の距離に置かれている花瓶に頼るしかない。とはいえ、近づけば近づくほどこちらを視認可能であり、いくら花瓶があっても見つかってしまうのは必至だ。

 やはりここは、マノサクスに任せるしかない。ベリルは扉の隙間から覗いているマノサクスに手で合図を送る。

 それを見たマノサクスは深呼吸したあと、意を決して堂々と扉を開けた。当然、警備の二人はそれに目を付け怪訝な顔をする。

 しかし、顔見知りという事もあってか、扉の前から動くことはなかった。

「やあ」

 緊張してガチガチだが、なんとか声はいつも通りに違和感なく振るまえるようにマノサマスは頑張った。

「どうしたマノ」

 ブラウンの翼を持つ男がまず声を掛けた。声の様子からして、マノサクスはよくここに来ているようだ。

「何か用事か?」

 黒い翼の男はあまり仲が良いという訳ではないらしく、疑いの目を向けている。

「あー、うん。セルナはいるかな?」

「セルナクスか。もちろんだ」

「そか。ちょっと気になることがあってさ。報告したいんだけど。入っていい?」

 扉を指差し翼を小さくばたつかせる。

「報告? どんな事をだ」

 黒い翼の男は、ますますマノサクスをいぶかしげに見やった。

「えー……とね」

 困ったように頭をかき、にこりと笑う。

「ごめん」

 言って、マノサクスが両手を合わせたと同時に、彼の両側からそれぞれ影が飛び出した。

「──っ!?」

 突然のことに驚いた二人は対応が間に合わず腹を殴られ、その痛みに呻きながら背中をまるめたところで背中にダメージを受け、なすすべもなく床に倒れ込む。

「わお」

 二人ともすげえ。

「連携ばっちりじゃん」

 他の部屋はたぶん誰も使ってないから、そこに放り込んじゃおう。

 マノサクスの言葉通り、二人を縛って右側の扉を開けると部屋は真っ暗で誰もいないようだ。

 そうして、マノサクスは目指す部屋を指差した。

「ここは評議会がよく使う部屋なんだけど、中は広いから護衛とかも一緒にいると思う」

「なるほど」

 ベリルは唸り、正面からの侵入は不味いかと他の扉にするか思案した。

「こっちの扉は入りやすいと思うよ」

 マノサクスはそう言って左の廊下を進み、角で右側をちらりと覗く。当然そこにも警備はいて、先ほどと同じ方法で倒した。

「中に入ってすぐの所についたてがあるよ。オレが気を逸らすから、その隙にそこに隠れて」

 ずるずると縛り上げた警備を引きずって説明する。随分と協力的だが、あれは割り切ったか投げやりになったかのどちらかだろう。

 ひとまず、いつでも飛び込めるように開けた扉の隙間から中の気配を探りつつ、マノサクスの合図を待つ。

「よし──」

 マノサクスは再び気持ちを奮い立たせ、正面の扉を開いた。一斉に向けられる視線に顔を引きつらせ、

「やあ」

 近づいてくる友に軽く手を上げる。

「どうしたんだ」

 セルナクスはいぶかしげに友を見つめた。

 マノサクスは兵士でもなく、友人が評議会の近衛という事である程度の出入りは許されているものの、このタイミングでの訪問はいささか疑心が伴う。

「うん。ちょっとね」

 友の背後で無事に侵入したベリルの合図を視界に捉え、中央の大きなテーブルにいる見慣れない少女に目を留める。

「ちょっと、なんだ」

 セルナクスはマノサクスの視界からティリスを隠すように一歩、移動する。

「あのさ。本当に──」

「まだ言うのか。魔導師がそう見たのなら、疑う余地はないだろう」

 評議会の決定なら従うしかないと言ったはずだ。

「そうだけど」

 これまでも何度か言い合いをしてオレは結局、何も言い返せなかった。それに代わる方法が思いつかなかったし、魔導師の言葉に逆らう理由も見つからなかったから。

 でも、他に方法があるかもしれないって思って、実行を遅らせたかったんだ。この世界の人間じゃないのに、どうしてその負担を背負わせなきゃいけないんだよ。

 その見返りは用意するって言うけど、そんなのおかしいだろ。

「解ったなら出て行け」

「セルナクス」

 低く凜とした声に呼ばれて振り返る。

「そこに座らせていなさい」

 五十代前半の男性は静かな口調で命令した。白髪交じりの銀の髪を後ろで束ね、立派なブラウンの翼が威厳ある人物であることを表している。

 評議長レイノムスだ。まさに、マノサクスから聞いていた通りの風貌にリュートは眉間のしわを深く刻んだ。

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