◆第六章-救出-
第20話*思わぬ一助
──ウェサシスカに遅めの夕暮れが訪れる。
ランタンを持ち地下牢の周囲を巡回していたリャシュカ族の二人は、いつものように虫の声を聞きながらゆっくりと歩いていた。
「のわ!?」
突然、一人が膝の裏に衝撃を受け、がくりと両膝を折ると首に何かが強く巻き付いて苦しみに悶えた。
「どうし──!?」
もう一人が驚いて振り返ったと同時に、激しい痛みが後頭部に走り地面につっぷす。
「うぐ……う」
男は遠のく意識のなか、倒れた仲間を薄らいでいく視界に捉え、何が起こったのか解らずに気を失った。
「もう、知らないからな」
マノサクスは半ば投げやりに、首を絞めて落とした男を抱えて茂みに隠すベリルに続いた。
それから守衛の二人を丁寧に縛り上げ、入り口に戻る。
「ここを動くな」
マノサクスに言って入り口の左側から見つからないように鉄柵を乗り越えて門番の背後に回り、先ほどと同じく膝の裏を蹴ってしゃがませ、今度は組んだ両手で背中を強く叩く。
「ぐふっ!?」
「なんだおま──!?」
残った一人が言い切る前にスタンガンを腰に押しつけた。バチバチという激しい音と共に男が痙攣し、あえなく気絶する。
「うは、すげえ」
あっという間の出来事に感心しつつ、この二人も茂みに連れ込んで縛り上げる。
ベリルはリュックから出ようとするスライムを押し込み、扉の鍵穴に門番からふんだくった鍵を差し込んだ。
「降りたとこに看守がいるよ」
音を立てずに階段を降りていくとマノサクスの言った通り、デスクに足を乗せて緊張感もなく鼻歌を歌っているリャシュカ族の男がいた。
ベリルはそれを見て、まあこんなものだろうと一気に飛び出す。
「なんだ!?」
まさか侵入者がいるとは思わなかった男は仰天して間抜けに転び、とにかく剣に手をかける。
「げふっ!?」
それも虚しく、スタンガンの威力になすすべも無く意識を失って床に転がった。
「それ、すげえな。どんな魔法なんだ?」
「電撃かな」
肩をすくめてスタンガンを仕舞うと当然のごとく手足を縛る。
「後は見回りが二人ほどいるよ」
「鍵はどこだ」
「え?」
持ってない? マノサクスも探すが、男のどこにも鍵の束がついていない。デスクの引き出しにも見つからない。
「見回りが持ってるかも、そいつから奪おう」
「ふむ」
それが良さそうだと立ち上がる。
捕らわれている人々を見れば、ここは男性牢である事が窺えた。
地下は薄暗く、壁に取り付けられている小さなオイルランプが申し訳なさ程度に幾つか灯されていた。
「なんだお前たち!?」
見回りをしていた一人が二人を見つけて剣を構える。ベリルはそれに、立ち止まる事なく低い体勢で看守に向かって
マノサクスも看守も思わぬ行動に驚くが、さらにベリルは剣を鞘ごと抜いて床を滑らせるように強く投げつける。
男はそれを避ける暇もなく足を取られてすっころび、気がつけば首にナイフを突きつけられていた。
「う……」
男はベリルの整った面持ちと鋭い眼差しとが相まって、見惚れるやら怯えるやらで喉を詰まらせる。
「抵抗はするな」
言うまでもなく、男の戦意はすでに喪失している。
「やっぱ、すげえ」
マノサクスはベリルの鮮烈な闘い振りに溜息を吐く。
小柄な体格を活かしているとはいえ、ここまで素早い行動には
これだけ強いなら、乗り込む勇気があるのは当然かと納得した。
「鍵を持っていない?」
ベリルは眉間のしわを深く刻んだ。
「ここの鍵を持っているのは、警備所長だけだ」
縛り上げられた男はベリルを見上げて怖々と説明する。
警備所長は鍵を開けるときだけ部下に渡したり直接、自分が開けに来る事がある程度で滅多にここには近づかない。
確かに最良ともいえる安全策だ。とはいえ、それを実施している彼らに感心している場合ではない。
ベリルは仕方がないと溜息を吐き出し、男の口を縛って捜索を続けた。
「なあ」
牢を確認しながら歩くベリルの背中に呼びかける。
「なんだ」
「さっきの奴に訊けば良かったんじゃないの?」
「こちらの情報を相手に伝える必要がどこにある」
立ち止まる事なくマノサクスを一瞥し、顔をしかめて答えた。
「へ?」
「対象の口外は危険なだけだ」
「あ、そういうことね」
言われてみれば確かにそうか。
侵入した場所が場所なだけに、誰かを救出するためなのは明らかだけど、その誰かを知られると女の子の方がやばくなる可能性はあるよね。
なんか、熟練の戦士みたいな勇者だなあ。ベリルの職業を知らないマノサクスは呑気にそんな事を考えていた。
──地下牢は地面の鉄柵で囲まれた敷地の広さがそのまま地下の空間となっているらしい。狭いようでいて、以外と広さがある。
通路は階段から降りて真っ直ぐ通り、左右に三本ずつ分かれていた。
その構造にベリルはいぶかしげな目を向けて、なるほど随分と逃げやすいと思っていれば、鍵を奪われない対策をしているからかと感心する。
通路も広さがあるとは言えず、外に続く出入り口は一つ。その階段も狭いのだから、大勢での逃走には無理がある。
とはいえ、牢から出たところで地面は限られている。大陸からの逃走手段もそう多くは無いのだから、他種族にとっては、この大地自体が牢獄のようなものだろう。
ふと、ベリルは階段から右側の最奥にある牢に気配を感じ、鉄格子に取り付けられている文様を視界に捉えて牢の中の影に口の端を吊り上げる。
「ティリスの事でも考えていたか」
その声に影は体を起こし格子に近づいた。
「あんた──」
「助けには来ないとでも思っていたかね」
リュートの驚いた顔に不満げな声を上げる。そもそも仲間という
「別に」
視線を外したリュートに薄笑いを浮かべて
「ああ。それ、鍵開けの道具だったのか」
用意周到だなあ。
ベリルは鍵穴を見やり、適切と思われるピックを選んでいたそのとき、
「ぽよ!」
リュックから飛び出したスライムが鍵穴に向かって伸びていく。
「うわ!? なんだこいつ!?」
突如、動きを見せたスライムにマノサクスは叫びを上げた。ゼリー状の固まりが不定形に動く様子は、見る者によっては気味が悪いだろう。
「なるほど」
このスライムは解錠が出来るのか。鍵を手に入れられなかったときのためにロックピックを用意したのだが、これはさすがに予想外だ。
「ぽよ!」
あっという間に鍵は開き、ベリルは飛びついてきたスライムを顔から引き剥がしてリュックに詰め込む。
「さて、ティリスはどこかな」
「たぶん、西の塔だと思う」
女の人は牢じゃなくて、西の塔に入れられるんだ。
「塔はここよりも扱いや待遇がいいよ」
それに、リュートは随分な差じゃないかと顔をしかめ、同時に安心もした。
「なんだお前ら! え!? ちょっ──!?」
巡回していた看守が声を荒げて剣を抜いたとほぼ同時にベリルは疾走し、少しも怯むことなく剣も抜かずに向かってくるベリルに動転した。
「こいつ!」
なんとか気を張り、目の前まで迫ったベリルに剣を振り下ろすけれども、それは甲高い金属音と鈍い腕の痺れに変えられる。
「──!?」
どうしてだと見下ろすと、その腕には逆手に握られたナイフがあった。
「な!?」
まさかそんな守り方を!?
驚いたのも束の間、ベリルの艶美な微笑みに思わず魅入られ、押しつけられたスタンガンにあえなく失神する。
「はーい。一丁上がり!」
マノサクスは毎度のあっけなさに、もはや慣れてきた。倒れた男を縛り上げ、軽快なリズムで空いている牢に放り込む。
「うん?」
ベリルはふと、リュートがいた牢にだけ不思議な文様の描かれた丸い物が取り付けられている事に気がつく。
「ふむ」
なるほど、ティリスが関わっているというのに、まるで動きがない事に疑問だったが、これがリュートの力を封じていた訳か。
「えー……と」
マノサクスは睨みつけるリュートに困って目を泳がせる。
「悪かったよ。でも、オレは評議会の決定を疑問に思ったから、知らせに行ったんだぞ」
オレが悪い訳じゃないのに、なんで怒られてるの。
「手遅れだったがね」
決断は早めに願いたいものだ。
「うう」
痛いところを突かれてぐうの音も出ない。
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