第16話*危急-ききゅう-

「非常手段だ」

 ベリルの体は、あらゆる物質をエネルギーに変換する事が可能なため、エネルギーが必要な場合にのみ、こうして何か手近なものを口に入れる。

「あまり頻繁に怪我をすると回復が遅くなる」

 普段は周囲にある、目には見えない物質を取り込んでいる。もちろん、それをベリル自身が調整している訳ではない。

 欠損した部分の修復にはそれなりのエネルギーが必要となり、周囲に漂う物質だけではまかないきれない事もある。

 そうなると衣服やら手に持っているものまでエネルギーとしてしまうため、防止策としてとりあえず何かを体内に入れる事にしている。

「美味くはないが仕方がない」

「面白い体だな」

「私もそう思うよ」

 駆け出してボナパスの正面に立つと、手にしたハンドガンの引鉄ひきがねを連続で絞った。

「魔法の付与がなければ表皮にすらめり込まんな」

 これだけのサイズ、むしろ外す方が難しい。

 近距離で放たれた弾丸の痛みにボナパスは叫びをあげて荒れ狂う。魔獣の爪が木に当たり、その力が少しずつ弱まっているのをベリルは感じた。

「お!? ──っと」

 咄嗟にしゃがみ込んだ頭の上を、ボナパスの太い前足がかすめる。あの一撃をまともに受けていたら頭を持っていかれていた。

 攻撃をかわされたボナパスは憤慨ふんがいし、二つの口を大きく開く。

「リュート!」

 名を呼ぶと同時にベリルは手榴弾のピンを抜きボナパスの前に投げる。

 リュートはベリルの意思をすぐさま理解し、どちらの頭に投げ込むべきかと考慮した。いや──そんなことより、魔族化でティリスに影響が及びはしないかと逡巡する。

「リュート!」

 ティリスの声にはっとする。

「あたしたちなら大丈夫!」

 聞こえた刹那、リュートは輝く黄金色の瞳を開き、風を巻き起こした数秒後──大きな衝撃がボナパスの右の頭を破壊した。

 何が起こったか解らないボナパスはうつむき、沈黙する。このまま動かなければ残った頭が砲台だ。

 魔族化を解きボナパスの動きを注視する。

 しかし──

「違ったか」

 ベリルは眉を寄せる。

 魔獣は、ゆっくりと頭をもたげてベリルとリュートを瞋恚しんいの目で見つめた。

「すまない」

「問題ない」

 悔しげなリュートに応え、

「これで多少は楽になる」

 けれど、同じ手は二度と通用しない。

 ボナパスは思いもしない痛みに、それまでなかった懸念けねんを覚える。されど、それ以上に湧き上がる怒りは抑えようがない。

「かなり怒らせてしまったらしい」

「気楽に言うな」

 呆れて何げに口元を緩ませる。

 この緊張感のなさに余計な気を張らずに済んでいる。なるほど、上手いやり方だ。

「弱ってはいるがまだ速い」

「よし」

 リュートは足を狙うべく駆けたがしかし、ボナパスはベリルに向かって突進した。破壊された頭から血をまき散らし、それでも巨体を唸らせている。

「戦闘車両に追われている気分だ」

 経験が無いとも言えない自分に渋い顔をする。

 そうしてベリルは持っていたハンドガンを仕舞い、左のバックサイドホルスターから別のハンドガンを手に取った。

 すぐさま反転してボナパスに向かっていくベリルにリュートは素早く反応し、今にもベリルをかみ砕こうとするボナパスの左後ろ足を力の限り斬りつける。

 ベリルはリュートに頭を向けたボナパスのたてがみを掴み、その頭に飛び乗った。驚いて動きを止めたボナパスの人間でいう、うなじの部分に銃口を押しつける。

 ボナパスが振り落とそうとする前に銃声が三度、林に響き渡った。

 ──ボナパスはゆっくりと倒れ込み、そのまま動かなくなる。

「まだ生きている」

 微かな呼吸に目を細め、近づくリュートを制止した。

 終ったのかと駆け寄るティリスは、つっぷしているボナパスの眉間に銃を突きつけるベリルを視界に捉える。

 響き渡る破裂音のあと、ベリルは魔獣の死を確認し、その頭に優しく手を添えた。

「苦しませてすまなかったな」

 早くにとどめを刺せなかった事を詫びる。

 ベリルが持ち替えたハンドガンに込められていたのは、ホローポイントと呼ばれる弾薬だ。

 先端に穴があいていて、当たった弾丸はキノコ状につぶれ体内にめり込んでから砕ける事もある。

 貫通せず体内を暴れ回るもので拡張弾とも呼ばれる。必要以上に苦痛を与えるとして戦争では使用禁止とされている。

 ベリルはそれを、もしもの時のために数発だけ装填していた。

 ホローポイントは戦争以外の使用は禁じられていない。そのため、一般に市販されている。

 そも、これ以上に強力な武器があるにも関わらず禁止している事には、いささか滑稽とも思える。

「これで終わりだな」

「完遂だ。ああ」

 馬車に向かおうとしたリュートたちを呼び止める。

「すまないが。こいつを拾ってくれないか」

 言って、空薬莢を示した。



 ──今まで壮絶な闘いがあったことなどまるで想像も出来ないほど、林には鳥の声が響き渡っていた。

「おーい。そっちはどうだ?」

「こっちにはもう無いかも」

 ラトナの問いかけにレキナが答える。

「まったく。なんだってこんなものを」

 リュートは不満げにつぶやいて拾った空薬莢をベリルに手渡した。

「ありがとう」

 そのベリルはボナパスにめり込んだ銃弾を取り除いている最中だ。皮膚が硬いため作業に手こずっている。

「なるべく回収してもらいたい」

「面倒だ」

 確かに武器の威力を考えれば、それにつながるものは少しでも残したくはないだろう。

 空薬莢こんなものから、あの武器を想像出来る奴がいるとは思えないが気に掛かる気持ちは理解出来る。

 特に、ボナパスの体内にある金属の粒は想像をしやすくするだろう。とはいえ一体、幾つあるんだ。

 拾っても拾っても見つかるじゃないか。

「ついでにテグスと破片も頼む」

「ぐっ……」

 次から次へと要求しやがって。

「こっちにあったよ!」

「どこ?」

 レキナたちは教わったものを順調に回収していく。宝探しでもしている感覚なのか、ボナパスを倒した事もあり何やら楽しそうだ。

 ふと、リュートはベリルの様子を窺う。それは銃弾を取り除くだけでなく随分、丹念に解体しているようにも見えた。



 ──回収した物を麻袋に入れて馬車まで戻る。

「ああ、良かった」

 のんびりと草を食んでいる馬とカルクカンにラトナは安堵して積み荷を確認する。

「荷物も随分と減ったな」

「ええ。ベリル様の服は二着分、なくなりましたしね」

 レキナは血まみれのベリルに乾いた声で応えた。

 毎回、血染めになるのはどうにかならないものだろうかと眉を寄せる。相手が相手だったのだから仕方がないとはいえ、痛々しくて見ていられない。

「帰りに川がありましたね」

「そうだな」

 ベリルはシャノフに応えカルクカンにまたがった。

 戻りは気が楽になっているのか、早く集落に帰りたいという気持ちが強いのか、レキナたちの足取りは軽くリュートにはやや急いでいるようにも感じられた。



 ──陽も暮れて、食事の終わった一同にベリルが切り出す。

「奴は、生物としてあまりにも不自然だ」

 それにリュートはいぶかしげな目を向ける。

「戦闘車両に追われているといった事は、あながち間違いでもない」

 いつになく真剣な面持ちで口を開いたベリルに、何か気がついたことがあるのかと向き直る。

「それがどういうものかは解らんが、違和感があったということか」

 ベリルはそれに頷き、

「奴に感じたものは破壊衝動だけだ」

 ボナパスと闘っているとき、あちこちに動物の死体が転がっているのを確認した。それらには食べた形跡がない。

 まったく食べられていない死体が物語るのは──

「動いているものに反応したのか」

 リュートは眉間にしわを寄せる。

「どういうことですか?」

 レキナはベリルとリュートが難しい顔をしている事に首をかしげた。

「モンスターならそれも当然なのでは?」

 ラトナの意見はもっともだ。しかし、

「組織を調べてみたが、ガルムやキャノムとよく似た部分が確認出来た」

 シャズネスの魔女は実体のあるモンスターだったが、明らかに生物とは異なる事が見て取れる。

 けれど、ボナパスはモンスターというよりも生物としての印象が強く、それでいて意識はモンスターと似通っている。

「何が言いたい」

 リュートは結論ありきの言葉に顔をしかめた。

「あれは何者かに作られた生物の可能性が高い」

 それにレキナたちはどよめく。

 ボナパスに集落を襲われたけど、確かに食べられた仲間はいない。みんなが逃げ込んで誰もいなくなったら去って、しばらくしてまた襲いに来るを何度も繰り返していた。

「この世界ではそういう存在も一般的にいるのだとすれば、私の見解が間違っている事になるが」

「いいえ! ボナパスのような奴は初めて見ました」

「辞書にも、そんな系統の生物は載っていません」

「僕たちはてっきり、モンスターだとばかり……」

 ベリルは愕然とするレキナたちを見やり、

「そうなると申し訳ないのだが」

「何かあるんですか?」

 重々しい口調にラトナは身構える。

「他にもいるかもしれない」

 早く集落に戻った方がいいだろう。

「ええ!? どうしてですか!? 作られた生物なら、むしろあの一頭だけという可能性の方が高いのでは!?」

 レキナは狼狽ろうばいし、立ったり座ったりと落ち着きがない。

「あれが初めの一頭でなければ他にはいないかもしれない」

「初めの一頭だと、どう変わる」

 リュートの質問にベリルは目を伏せる。

「大抵は幾つもの試作を同時に行うものだ」

 もちろん、私のように成功が一体だけという可能性は捨てきれない。

「一度目の成功で満足のいくものが完成する確率は非常に低い」

 求めるものに出来るだけ近いものを生み出すため、成功したものから情報を得て試作を重ねていく。

「成功は多くの失敗のうえに成り立つものだ」

 束の間、ベリルの瞳が曇ったのをティリスは見逃さなかった。

 成功したのは自分だけと言っていた言葉を思い出す。生命を造る事の失敗──よくは解らないけれど、ベリルは沢山の失われた命を一身に背負っているのではないだろうか。

 そう思うと胸が苦しくなった。

「まだ存在している可能性があるのだとすれば体勢を立て直したい」

「なるほど」

 リュートは説明に納得し小さく唸る。

 これで何もなければそれでいい。問題は、何かあったときに対処出来ないことだ。防衛とは、そういうものなのだから。

「ボナパスの出所でどころも気に掛かる」

「早く戻りましょう!」

 レキナはベリルの言葉に半ば食い気味に応えて荷馬車に飛び乗る。

「寝ないのか」

 私は睡眠を取る必要はないが。

「そんな暇なんてありませんよ!」

 それにラトナとシャノフも急いで続き、一同はその場をあとにして急ぎ集落に戻る事にした。

 ボナパスを倒したはずなのに心は晴れない。疑問の全てを解決しなければ、この問題は終わらないのかもしれない。

 果たして、それは敵うのだろうか。

「風が──鳴いている」

 激しく回る車輪の音が響くなか、耳に届く風のにリュートは目を眇めた。

 心の奥底にくすぶるモヤは何なのか、嫌な予感がしてならない。それらを振り切るようにベリルたちはカルクカンの足を速めた。





-----

瞋恚(しんい):1 怒ること。いきどおること。「―に燃える」

        1 仏語。三毒・十悪の一。自分の心に逆らうものを怒り恨むこと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る